第8話

「Gで良かった…」


 普通の人は、人生でこんなこと一回も思わないと思う。

 にも関わらず、私は今日だけで3回目。最初は木から落ちて、2回目は今回と同じく空からだ。


 飛行は難しかった。

 そもそも、Gの羽は人の体で飛ぶことは前提にされていない構造だ。簡単な訳がない。


「っていうか、Gが飛んだとこ、見たことないんだけど。…もしかして使えないとかある?」


 …あるかもしれん。

 たしかにね。飛べるなら飛んでるよな。


「まあ、やるだけやってみようよ」


 そう、私は目覚めてしまったのだ。空を飛ぶ快感に!数秒だけど!


 ◇


 そうして飛行訓練を始めて、1日経ち、2日経ち、3週間が過ぎた。


「あのさ、申し訳ないんだけど、いいかな?」

「何?」

「無理じゃない…?」


 恐る恐る桃が聞いてきた。


「だよね」

「ひええごめんごめん!もう言わないから!…って、え?」

「気づいちゃったんだよ。無理だよね、これ。3週間やって低く前に2メートルだけとか、もはや無理だよね。しかもさ、それができたの二日目だよ?試してすぐだよ?これはもう、さ、それが限界って気づくしかないよね。もうこれ以上続けたらただ見栄張ってるだけだよね」

「静香?大丈夫?なんかめっちゃセリフ長いんだけど?」

「姉ちゃん、簡潔に言うと?」

「諦める」


 気づいちゃったよね。もうそれしかないよね。

 でもさ、Gは飛べないってわかったんだから、それでいいよね。人化も上達してあの恐怖のフォルムともさようならだし。


「……最後に、一回飛ぶ?」


 私の寂しそうな様子を感じ取ってくれたのか、日向が優しい提案をした。


「うん」


 私が頷くと、日向がジャンプして桃の幹に乗った。若木も育ってきて、そこからしか飛べないんだよな。


「ああ、これで最後か。思いっきり楽しもう」


 ごめんね、暗くて。これ飛んだら立ち直ると思うから。


「じゃあ行くわね。フォー!」


 翼を思いっきり広げて、滑空する。落ちてきて、これ以上飛んでも旨味を感じないあたりで、バク宙して着地。すっかり傷まないなあ。


「……ねえ、思ったんだけど。というか、ここ数日ずっと言いたかったんだけど」

「なんだい桃」

「君たち、めっちゃ身体能力上がってない?」

「…そういえば」


 たしかに、ビルの3階くらいはある幹にジャンプ一つでって…。そこからバク宙って…。着地ノーダメージーって…。


 ふむ、これは思わぬ副産物だな。


「やった!」


 落ち込んでたのが嘘のようなハイテンションですよ。これは仕方ないですよ。


「ねぇ、今度はこれを磨かない?」

「いいね!僕も賛成だよ!」


 それから一ヶ月、私達は身体能力を磨いたのだった。

 なんか、磨きグセがついたな。


 ◇


「そろそろ居場所がなくなってきたわね…」

「だいぶ育ったからね」


 訓練も一段落ついた頃、桃の若木が育ってきて、居場所がなくなった。


「木の上で寝泊まりできるくらいには能力も上がったけど、流石にこのままはきついよね」

「かと言って、行く宛もなしか…」


 ここでの生活が快適すぎて外で生きていける気がしない。


「じゃあ、おすすめがあるよ」


 今思いついたというように桃が言った。


「ここから30キロ先ぐらいに、知性を得た魔蟲の街があるんだよね。行ってみたら?」


 なぜそれを言わない。


「なんで、今言うの?それ、めっちゃ大事な情報だよね?」


 日向の言うとおりだ。私達が元人間だと、最初に説明したはずなんだけどな。


「なんで?魔蟲がいっぱいいるんだよ?普通、人は近寄らないと思うけど」

「だって街でしょ?異世界の街とか浪漫じゃん」

「うんうん」


 心から同意する。全力で支持だ。


「そうかなあ」


 な・ん・で不思議そうなんだよッ!桃だって異世界に行ったら待ちに行ってみたいだろうが!


「まあいいや、じゃあ早速出発だね。桃、今までありがとう」

「え…。そんなあっさり…?」

「冗談だよ。でも、そうだな、これでお別れかな?」


 そうか…。桃とはお別れか…。


「大丈夫、他に気があれば話せるから」

「そっか、そうだよね」


 うんうん、それなら大丈夫だ。


「でも、あんまりないんだよな…。めちゃくちゃレアなんだよな…」


 そうなんかい!って、これは結構悲しい…。


「まぁまぁ、道々桃を増やすから」

「そうだね!」


 そっか、作ればいいのか。いやでも、それってその分虫が死ぬってことでは…。


「さて、早速出発するか!」

「そうね!」


 エアーリュックを背負って意気込むと、


「道わかるの?」


 桃が言った。


「ワカリマセン…」


 そういえばわからないんだった。


「異世界観光は諦めるか…?」

「そうだね…」


 そっかぁ。楽しそうだと思ったんだけどなぁ。


「じゃあ、この木を持ってきなよ。毎日新しい土をつければ、生命力強いし」


 そう言って、桃は一番小さい20センチくらいの若木を指し示した。と思う。

 小さいのは、蛹から孵化した若いハチの墓だからだろう。


「そうか。じゃあそうしよう!…って、それなら桃とも会話できるのでは…?」

「あ」


 桃がポリポリと頭を掻いた…気がする。


「じ、じゃあ、出発しようか」

「そうだね。異世界の街へー出発だ!」


 この日から、私達の異世界生活が始まった。そう言っても、過言ではないだろう。

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