第5話

 私達は走っていた。あのハチから逃れられる場所に向かって。


「姉ちゃんありがとう。助かったよ。それにしても、異世界のハチは孵化してすぐに飛ぶのか?」

「仕方ないわ、異世界だし。とりあえず、あそこの影に逃げよう」


 そう言って、桃の若木の下に隠れたのだが、ハチはすぐそこまで迫っていた。


「ああ…」


 大きくなったらゴキ…Gになるというのは、死ぬと同義語だったらしい。


 名前も覚えていない神様、できれば幸せな来世をお願いします。ああ、でもできれば、日向だけでも助けてくれたら…。


「姉ちゃん、どうしよう。どうしたらいい?」

「わからないわ」


 途方に暮れ、死を覚悟したその時。


 ベチョ


 桃色の物体がハチに向かって飛んできた。


「た、助かったぁ」


 影になるところにいたおかげで、若木の葉が桃から守ってくれたらしい。


「良かった。本当に良かった。ありがとう」


 思わずそう言った。


「どういたしまして」


 …なぜか声が聞こえた。


「え?」

「え?」


 日向と顔を見合わせる。どうやら、日向にも声が聞こえたらしい。


「あなたは誰?」


 恐る恐る聞いてみた。


「この木だよ」


 返ってきた声は、不思議な質感だった。でも、不快ではない。


「ってことは、桃?」

「うん?ああ、君たちはそう呼んでいたか。まあそうだね。ちなみに、この自我というか意識は、この世界に存在するこの木全てで統一されているよ。君たちに出会ったら話しかけるから」


 ファンタジーね。木が話しかけてくるなんて。


「それで、どうして私達を助けてくれたの?」

「当たり前だよ。君たちは、めったに繁殖なんてできないこの木をこんなに芽吹かせてくれたんだからね」

「なるほど。それで、わざわざ話しかけてきたのはどうして?」


 日向が言った。


「うん。君たちと契約しようと思ったんだよ」

「「…契約?」」

「そう、契約さ」


 なんだか、よくわからない方向に話が進んでいるようだ。


「君たちには、これからゆく先々でこの木を増やしてほしい。反対に、こちらはいざというときに協力するということと、食料の供給を約束しよう」

「食料の供給ってことは、わたしたちにも桃が食べられるようになるってこと?」

「そういうことだね」

「じゃあ、木を増やすっていうのは?」

「食べられるってことは、つまり触れるってこと。常に『桃』を持ち歩いて、生物を見つけたら投げてほしいんだ」

「でも、私達腕ないわよ?」

「あ」

「…忘れてたの?」

「…。まあ、そこは協力してなんとかしよう」


 これは忘れてたな。というかなんとかするって、それでいいのか桃。ちゃんとしてそうだった契約が見る間に壊れていくぞ。


「それで、契約は受けてもらえる?」

「もちろんよ。悪い話じゃないもの。ねえ日向?」

「そうだね。いいと思う」

「それは良かった。じゃあ、最後に誓ってほしい。何かあったとき、絶対にこの木の味方をしてくれる?」


 ふむ?これは、本当によくわからないな。警戒すべきかもしれない。


「何かあったときって言ったけど、例えば何?」

「例えば、人間との殺し合いとか。…魔蟲との殺し合い、とか」

「ふうん。起こりそうなわけ?」

「まあね。ほら、この木はなかなか厄介だろ?だから、魔蟲からは嫌われているし、人間からは兵器として実験されそうになってる。人間の方は全力で阻止してるんだけど、そのせいで死人が出てね。かなり危ない。一斉に狩られる、なんてこともあるかもしれないんだ」


 人間と、か。ふう。


「日向、これは覚悟を決める必要がありそうね」


 もしここで断れば、わたしたちの命は終わるだろう。でも助かるには、人を殺すことも覚悟しなければならない。


「そうだね。って言ってもまあ、答えなんて決まってるけど」

「ふふ、そのとおりだわ」


 もう仕方ない。それに、人間も随分勝手だ。


「話し合いは終わった?」

「ええ。協力するわ」

「それは良かった」

「あ、ちょっと待って」


 日向が口を挟んだ。


「まさかあなたは同意しないの?」

「そうなのか?」

「いや、契約は同意するよ。でも、さっきの条件、僕らにとってはかなりハードなんだ。だからね、追加で約束してほしいんだよ」


 たしかに、割に合わないかもしれないわね。


「君には僕たちが頼むことを、君に危害を加えること以外全面的に協力してほしい」

「それはまた、酷い話だ」


 あれ、桃は断るのかな?


「殺し合いって、要は君の孤軍奮闘に手を貸せってことだろ?魔蟲との戦争なら、僕たちは高確率で死ぬんだ。それくらいはしてもらいたい」

「なるほど。私も日向に賛成だわ」


 できれば死ぬなんて嫌だものね。


「…わかった、誓おう。じゃあ、これで契約成立だね」

「ええ」

「そうだね」

「じゃあ、自己紹介でもしないか?」

「賛成ね。私は三ヶ日静香。Gよ。転生者なの」

「三ヶ日日向。静香の弟だ。同じくGで、転生者」

「名前は今日から桃と名乗ることにするよ。普通に桃と読んでくれ。ちなみに、性別はない。自己紹介が終わったところで聞きたいんだが、転生者ってなんだ?あと、Gという種族も聞いたことがないんだが」


 …長々と転生者の説明をすることになり、終わった頃には夜だった。


 その日、私達に初めての協力者ができた。

 食料も手に入れたし、上々だ。


 うーむ、やっと異世界生活が軌道に乗ってきたかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る