第3話

「おはよう、姉ちゃん」

「おはよう」


 私達は朝と思われる時刻に目を覚ました。太陽が眩しい。異世界の初日の出を拝めたらと思っていたのだが、寝過ごしてしまったようだ。


「じゃあ今日は探索?」

「そうね。でも、その前にお腹が空かない?」

「もちろん空いてるよ。昨日の夕方から何も食べてないもん」

「でも、Gってなに食べるのかしら?」

「わからないね。多分他の虫とかだと思うけど、生物を見かけない」

「あとは、果物とか食べるんじゃない?」


 あたりを見回すと、桃のような果物がなっていた。熟していて、美味しそうだ。


「あれ美味しそうだね。僕はあれがいいな」

「奇遇ね。私もよ」


 一度木から飛び降りて、隣の桃の木へ向かう。ゴツゴツしていて登りやすかった。


「Gって便利ね。生命力高いから数メートル落ちてもかすり傷一つないもの」

「うん。…なりたくはなかったけど。それにしても美味しそうな桃だね」

「ええ。でも…」

「あ、姉ちゃんも?なんか、危険な感じするよね」


 これが本能なのだろうか。桃を見つめているときだけ空腹が消え、食べたくないという思いがする。


「本能、ね」

「そうだね。あ」


 その時、向こうから私達と同じくらいのハチが飛んできた。スズメバチではなく、ミツバチに近いようだ。

 この世界に来て初めての生物との接触だったのだが、私達はそれよりも"ハチは危険"という意識が強く、葉の裏に隠れた。

 ミツバチは、花粉を持っているようだ。


「近づいてくるよ。桃を狙ってるのかな?」

「花粉が大きいわ。視界を遮ってるんじゃない?」

「見えないってことか」


 言っている間にハチはすぐ近くまで来た。そして、速度を落とさないまま、桃に突っ込んだ。


「!?グゴゴゴ!」


 なにか奇声を発しながら、ハチが落下していく。体の一部が黒く変色していた。


「…毒かしら?」

「…みたいだね」


 その日私達は、自然の恐ろしさを知ったのだ。いや、異世界の、というべきだろうか。


「おびき寄せて殺すなんて、桃の目的は何?」

「なんだろう。あ、姉ちゃん見て。落ちていったハチ、小刻みに動いてるよ」


 下を見ると、たしかに落下中のハチがブルブルと震えている。

 刹那、腹を突き破って植物の芽が生えできた。土に落ちたそれはあっという間に成長し、若木になる。


「異世界って恐ろしいわね。でもなんでここに桃は一本しか生えてないのかしら。食べただけで若木になるなら、もっと生えていても良さそうなのに」

「あのハチ、花粉を運んでいて前が見えてなかったでしょ?多分、そういったイレギュラーがない限り、生物は桃に近づかないんだよ」

「私達は奇跡の目撃者になったってこと?」

「いや、きっとこんな小さな奇跡が、この世界には溢れているのさ」

「かっこいいこと言うじゃない」


 危うく死にかけた上、食べ物も手に入らなかったが、サバイバルをしているのだということを、改めて実感した。大きな収穫だったと思う。


「とりあえず、食べ物を確保しないとね」

「そうだね。でも、もう果物は懲り懲りかな」

「じゃあ、虫を食べるの?」

「良し!りんごでも探しに行こう!」


 私達は木から降りた。その瞬間、日本という守ってくれた場所から離れたのかもしれない。

 それはまるで、独り立ちのような。でも、確実にひきはなされ、戻ることはできない。


 ただそれでも、今までのことは感謝したいし、お母さんやお父さんのことは、絶対に忘れないと誓おう。


 思った瞬間、ちょっと照れくさかった。

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