02「依頼と蒸気の少女」

 

 イエローキャブの車輪が格納され、代わりに浮遊装置が展開する。


 僕は焚き口に視線を向け、腰のダンプポーチから燃焼効率の良い錬成鉱石を取り出して放り込んだ。すると、ジェットエンジンが起動し、超圧縮された蒸気が放出される。


 車体はゆっくりと地面を離れ、数十メートルの高さまで浮かび上がる。漂い始めた黄色い塗装の浮遊型蒸気自動車──通称「イエローキャブ」の運転席から、僕は顔を出してリベットに声をかけた。


「それじゃあ、リベットちゃん。また今度な!」

「うん……」


 リベットは俯いたまま、小さく手を振った。彼女の寂しそうな表情に胸がチクリと痛む。

 考え直して再び窓から顔を出し、リベットを呼び止めた。


「なあ、リベット。僕が次の配達でスラムに来るまでに、あの造花をたくさん作ってくれないか?」

「えっと……造花って、さっきのゴミみたいなやつ?」


「いや、ゴミなんかじゃないよ。すごく素敵な花だと思う。全部買うから、いっぱい作っておいて!」

「分かった!  絶対作るね!」


 リベットに手を振り返し、ゴーグルを装着。マスクで口元を覆い、ハンドルを握り直す。車体を便利屋ハンドマンに向けて走らせた。



◆◆◆



 アンクルシティは地下に広がる大都市だ。壱番街から五番街まである中、五番街は貧富の差が最も激しい。僕たちの店、「便利屋ハンドマン」は五番街の中心地にあるが、近年、街外れのスラムが中心部にまで侵食しつつある。


 ガス灯とヘッドライトの淡い光に頼りながら車を進めると、ぼんやりとしたオレンジ色の明かりが密集して見えてきた。


 地上から数十メートルの高さでキャブを漂わせながら、空中信号の前で車を停める。自動運転に切り替えるとハンドルがロックされ、信号が青になるのを数十秒ほど待った。


 信号が青に変わったのに、僕はふと気を取られたまま、ハンドルを握る手が止まってしまった。


「おい!  信号が青だぞ!」


 後続の浮遊型自動車のクラクションがけたたましく響く。

 振り返ると、運転席の男が窓から顔を出し、眉をひそめながら怒鳴ってきた。


「あっ、すみません!」


 慌ててハンドルのロックを解除し、アクセルを踏み込む。後ろの車が迫る中、僕は速度を上げて信号を越えた。


「仕方ない。師匠には怒られるだろうけど、ちょっとだけ寄り道していこう」


 ふと視線を上げると、遠くに街外れのダムがあるのが見えた。

 ハンドルを押し込み、廃ダムの方向にキャブを向ける。



◆◆◆



 人気のないダム跡地へ続く道は、他の浮遊車がほとんど通らない。僕はネオンがちらつく路地を抜け、レンガ造りの建物が立ち並ぶハーレイ大通りへとキャブを走らせた。


 煙突からは絶えず煤煙が上がり、空を覆っている。

 窓には煙を防ぐ鎧戸が設置され、人々は煙を吸い込まないよう工夫して暮らしている。工場の立ち並ぶこのエリアでは、煤煙は日常そのものだ。


「やっと着いたけど……蒸気機甲骸スチームボットなんてどこにも見当たらないな」


 アンクルシティでも高所に位置するダム跡地。廃墟と化したその場所には、旧世代の文明が生み出した大規模な施設が眠っている。だが、生活水を確保する役割を持つダムは、浄化石の発明以来、完全にその機能を失っていた。


 ダム施設の傍にキャブを停め、荷台から焦土石と浄化石が入った一斗缶を持ち上げる。僕は施設の屋上へと向かった。


「やっぱり噂話だったのかな……蒸気機甲骸スチームボットなんてどこにもいない」


 ダムの跡地は不気味なほど静まり返っていた。建物の劣化が進み、人々もここを住処にしようとは思わないのだろう。だが、それでもこの場所は僕にとって落ち着ける場所だった。


 キャブの傍に戻り、遠くの街を見下ろす。

 アンクルシティの全貌が広がるその景色に、僕は思わず息を飲んだ。煤煙に覆われた空でも、この景色だけは僕に希望を与えてくれる。

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