02「浮遊型蒸気自動車」


 車体が可動領域の全てに動くのを確認した後、運転席のすぐ側にある焚き口へ視線を送り、腰の革ポーチから燃焼効率の良い錬成石をその中に放り込む。すると、格納されたタイヤの代わりに浮遊車輪が現れ、超圧縮された蒸気が放出していく。

 

 先程よりも車体は高く舞い上がった。


 黄色い塗装が施された浮遊型蒸気自動車。僕は運転席から顔を覗かせ、リベットに視線を送った。

 

「それじゃあ、リベットちゃん。また今度ね!」

「うん……」


 僕はそう言って窓から顔をだす。そのまま車を走らせようと思ったが、思い留まった。リベットが寂しそうな表情をして俯いてしまったからだ。

 スクラップの小屋に戻ろうとするリベットを呼び止め、僕は彼女に声を掛ける。


「なあ、リベット! 僕が次に来るまでに沢山お花を用意してくれないか?」

「えっと、お花ってさっきのゴミのこと?」

 

「いや、ゴミじゃないよ。綺麗な花だと思う。作ってくれたら全部買うよ!」

「分かった! いっぱい作るから、絶対全部買ってね!」


 リベットに向けて手を振り、額に乗せていたゴーグルで両目を守る。

 首に掛けていた防護マスクで口元を覆い、ハンドルを握る手のひらに力を込めた。その後、ハンドルを限界まで引き上げ、浮遊する車体を店に走らせる。

 アンクルシティは壱番街から五番街まである。その区画外にあるのが、リベットたちが住むスラムだ。

 等間隔に置かれたガス灯の明かりと、自動車のヘッドライトの明かりを頼りに視線を前方へ向ける。すると、ゴーグル越しではあったが、ぼんやりとしたオレンジ色の明かりが密集しているのが目に入った。

 地上から数メートルほど高く舞い上がり、そのまま浮遊した自動車を走らせた。

 ハンドルを押し込み、空中に浮かぶ信号機の前で車を滞空させる。ハンドルがロックされたのを確認した後、信号が青になるのを数十秒ほど待った。


「予定より早く店に帰れそうだな。どうしよう。団長は『ダムに蒸気機甲骸スチームボットが居る』って言ってたけど、ちょっとだけ見に行きたいな」


 川の様子を見に行く爺さんの気持ちが今なら理解できる。何かに巻き込まれると分かっていながらも、僕はダムの様子が気になっていた。

 このまま店に帰っても暇なだけだ。不景気なせいなのか、ここ最近は蒸気自動車の修理依頼が舞い込まない。


「このままだと、整備士じゃなくて本当に『便利屋さん』になっちゃうよ。それにしても、今日はお客さんが少ないな」

 

 ジャックオー・ハンドマン師匠が経営する『便利屋ハンドマン』は、迷い猫の捜索から荷運び、年上のお姉さんとムフフな展開を過ごす依頼も受ける。と言っても、相手はお婆ちゃんとかが多い。手作りのお菓子を食べながら話を聞く、といった簡単な依頼ばかりだ。

 そういう依頼は大抵、ジャックオー師匠が掻っさらうが、彼が食べ残した依頼を受けることもあった。

 五番街で生きる人々は、今日を生きるのに精一杯だ。その中には勿論、僕も含まれている。

 だけど、僕は恵まれている方なのかもしれない。こうやって浮遊する自動車を運転できたり、タクシー仕事という名目で街中を走り回る事もできる。


「おい! 信号が青だぞ!」

「あっすいません……」


 等と考えに耽っていると、後続の浮遊自動車にクラクションを鳴らされた。

 僕は固定されていたハンドルのロックを解除する。視線を上に向けてみると、そこには空中に浮かぶ青く光った信号の姿があった。


「仕方ない。師匠には怒られるだろうけど、ちょっとだけ寄り道していこう」

 

 引き戻したハンドルを深く押し込み、タービンと化した浮遊前輪の出力を最小限に下げる。

 車体が地面すれすれの所まで急降下した後、僕は再びハンドルを引き上げた。危険なまでの運転とは言えないが、多少の荒さを魅せながら蒸気自動車を自由自在に操り、”街外れのダム”まで走らせた。


 糸を縫うように他の浮遊車の間をすり抜け、五番街の町外れにある人気のないダムへと向かう。ネオンの看板が立ち並ぶ薄暗い路地を駆け抜けると、ハーレイ大通りと呼ばれるレンガ調の道路や屋根から煙突を突き出した建物が現れた。


 建物の窓には、石炭や錬成鉱石を燃やすことによって排出される煤煙を防ぐ鎧戸が設置されている。近くにそれらを燃やして稼働する工場がある以上、僕を含めたここに住む人たちは、煙を吸い込まないように工夫するしかなかった。


「着いたけど、本当にスチームボットが徘徊してるのかな。それらしいモノは見えないけど……」


 アンクルシティの中でも高所に存在するダムの跡地。旧世代の文明が残したダム施設は、今は稼働していない。数百年前にパラケルススという錬金術師が『浄化石』を精製して以来、水を溜めるダムは役目を果たして稼働しなくなった。

 人類は枯渇した水源を効率よく蒸気に変換するため、石炭を錬成して二つの鉱石に再錬成した。それが、『浄化石』と『焦土石』だ。

 汚れた水に浸すことで、その汚水から有害な毒素を取り除く浄化石。今となっては、子供のおこづかいでも買えるような粗悪品が売られているが、昔は錬金術師に頼まなければ手に入らなかったらしい。


「いつ来てもこの場所が落ち着くな。さてと……」

 

 浮遊する蒸気自動車をダム施設の傍に停め、車の荷台から荷を取り出す。焦土石と浄化石が入った一斗缶を持ち上げ、ダムの傍らにある施設の屋上へと向かった。


「やっぱりウソだったのかな。スチームボットの気配はないし、誰かが居るとも思えない」


 廃墟と化したダム施設。ここには誰も来ない。建物自体の劣化も進んでいることも関係しているからなのか、スラムに住んでいる者たちも住処すみかとしては心許なく思っているようだ。

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