01「地下都市の便利屋」
錆び付いた鉄パイプ、穴の空いたドラム缶、そして役目を終えた歯車が敷き詰められた廃材置き場。
僕──アクセル・ダルク・ハンドマンは、その中で配達の仕事に追われていた。
右を見ても左を見ても、目に映るのは瓦礫の山と、暗闇を照らす等間隔のガス灯。遠くから機械人形の足音が、規則正しく響いてくるのが聞こえる。
「はい、これが君たちのレーションと浄化石だ」
「ありがとう、助かるよ」
蒸気自動車の荷台から一斗缶を持ち上げ、待ち構えていた青年に渡す。それを何度か繰り返していると、風化したコンテナで作られたスクラップ小屋から、小柄な少女が顔を覗かせた。
リベット──この街の片隅で、同年代の子どもたちと暮らす八歳の少女だ。
「アクセルくん、ご飯と石を運んでくれてありがとう!」
「気にするなよ。仕事だからな」
痩せた体を包む衣服は煤煙で黒く汚れ、髪には泥がこびりついている。それでも彼女の笑顔は、そんなことを感じさせないほど無垢だった。
リベットが僕の太ももに抱きついてくる。しゃがみ込んで彼女の前髪についた汚泥を拭いながら、ふと気付いた。
「なあ、リベットちゃん。少し背が伸びたんじゃないか?」
「アクセルくんが来てくれたのは一ヶ月ぶりだよ? 私、獣人族だから大きくなるのは早いんだ!」
そう言って、リベットは持ち上げた一斗缶の中から固形の携帯食料を取り出すと、包装をかじり始めた。よほどお腹が空いていたのだろ。
僕は微笑みながら彼女を横目に、再び蒸気自動車の荷台へ戻る。
「さてと、仕事の続きだな……」
◆◆◆
それからしばらく、僕は青年団の団員たちに食料入りの一斗缶や浄化石を渡し続けた。その最中、武装した青年が駆け寄ってきた。
「やあ、アクセル。今回の浄化石は前より小さいけど、こんなので本当に汚水が綺麗になるのか?」
彼は麻袋から白い浄化石を取り出し、不思議そうに眺めている。
「それ、上層の人間が使っていたやつなんだ。 見た目は小さいけど、こっちの階層で売られているものより性能はいい」
「へえ……小さいけど優れモノってわけか」
僕はポーチから依頼書を取り出し、青年団の団長に手渡す。
「これ、受け取りのサインをお願い。名前と日付だけでいい」
「はいよ。ありがとうな、アクセル。ジャックオー・イザベラ・ハンドマンさんに礼を伝えてくれよ」
「ああ、伝えておくよ」
団長にサインを貰うと、僕は心の中で小さく息をついた。感謝する相手が師匠ばかりなのは少し面白くない。僕が配達したんだから、僕にももう少し感謝してくれてもいいのに。
◆◆◆
仕事を終えて自動車に戻ると、リベットが運転席の窓に寄りかかっていた。
「もう帰っちゃうの?」
「まあな。でも、そんなに落ち込むなよ」
リベットは肩を落としながら尋ねてくる。
「次に来るのも一ヶ月後?」
「仕事としてはな。でも、休みの日に遊びに来るかもしれない」
「本当? それなら我慢する!」
そう言うと、彼女はどこからか造花を取り出した。
「これ、廃材で作ったの。売れるかな?」
鉄クズや歯車で作られたアートスティックな造花。思わず微笑みながら、胸ポケットから小銅貨を取り出した。
「一本なら小銅貨一枚くらいにはなるんじゃないか?」
「やったー!」
リベットが嬉しそうに笑う。それを見て、僕も思わず笑ってしまった。
◆◆◆
エンジンをかけると、蒸気自動車は重々しい音を立てながら動き出した。
廃材の中に佇むリベットが手を振る姿が、少しずつ小さくなっていく。
今日の仕事は無事に終わった。だが、どこか胸の奥にわだかまりが残るのは、この街の現状が改善される見込みがないからだろう。
アンクルシティの空を見上げると、煤煙が視界を遮り、星すら見えない。
それでも、リベットたちのように笑顔を絶やさない子どもたちがいる限り、この街はまだ終わっていないのかもしれない。
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