第2話 保健室の二人
「おい、敷島! 授業中だぞ、ぼーっとするな!」
「…………あれ?」
「こらこら! 午後の授業だからって寝ぼけてるんじゃない! とりあえず、昨日出しておいた宿題をさっさと提出しなさい!」
「…………宿、題?」
「どうした、お前、熱でもあるのか? そう言えば、他の先生方からもぼーっとしてると言われてたな」
「…………?」
周りのクラスメイトもざわついている。
敷島の様子がおかしい。
今日の話題はそれで持ちきりだった。
「やぁ、おはよう。ミナ」
「うん、おはよう。敷島くん」
いつも控えめなポジションにいて目立たない敷島が、昨日転校してきたばかりの話題の転校生を相手に下の名前で朝の挨拶をかました大事件。朝一番のその珍事は学生同士のSNSで一気に拡散される。しかし、事件はそれだけで終わらない。
「ミナ、ちょっと来てくれないか?」
「うん、わかった! ごめんね、みんな、ちょっと席を外すね!」
休み時間、昨日と同じ様に生徒たちから質問攻めを受けていた椎田ミナを敷島が呼びだして連れ出していく。それも一回じゃない。今日の休み時間、そして、昼休みの全てで敷島はミナを連れ出してしまった。
「まさか、カツオの奴があんなに手が早かったなんて……!」
「あんなに冴えない敷島君がどうやって椎田さんを射止めたのかしら?」
「意外とプレイボーイなのかも」
放課後が近づいてきた今となっては、敷島の名前と存在は昨日のミナ以上に学生たちの好奇心を刺激し、多くの視線が注がれる存在にまで成長していた。
「先生、敷島くんはどこか具合が悪いみたいなので、保健室まで連れて行ってあげたいと思うのですが宜しいですか?」
「ん、ああ、そうだな……わかった。それじゃ頼んだよ、椎田」
「はい、任せて下さい。行きましょう、敷島くん」
「…………んあ?」
椎田ミナに手を引かれ、アホ面で教室を後にする敷島。
美少女の手をタダで握れる敷島に嫉妬を募らせる男子たち。
そんな男子の様子を見て呆れる女子たち。
「おーい、授業中にスマホを弄るな。没収するぞー」
敷島と椎田の関係性についての謎が深まり、授業そっちのけで加速するSNS。
先生の言葉に一度は中断するも、好奇心には勝てないのかすぐにスマホを弄り始める女子たち。先生は大きな溜息を零しそっと今日の宿題の量を増やす。
「……本当なら、敷島を連れてくのって保健委員の私の仕事だと思うんだけど?」
ぼそりと呟いた彼女の正論は誰の耳にも届かない。
保健室。
清潔なシーツと消毒用のアルコールの独特な匂いに包まれている。
学校の中でも特別で異質な空間だ。
今ここに居るのは敷島と椎田ミナの二人だけだ。
他の生徒や先生はいない。そうなるようにミナが仕向けた。
これから彼にすることは誰にも見られてはいけないからだ。
ミナは敷島をベッドに寝かせると服を脱がす。
上下全て、パンツもだ。
それから、全裸になった敷島の身体をスマホでパシャパシャと撮影し始める。
年頃の女子が年頃の男子の裸を接写している。
傍から見れば言い訳のできないインモラルな光景にしか見えない。
「うーん、肉体の方はちゃんと修復出来てる筈なのに……やっぱり、脳味噌に重い障害が残っちゃったのかなぁ……」
ミナがスマホを操作しながら難しい顔をする。
画面に映っている膨大な文字列や画像データは、全て敷島の身体をスキャンした解析情報だ。内臓のひとつ、細胞のひとつに至るまで精密に検査し、その生体のコンディションが最適かどうかを確かめている。
一般的なスマホに見えるが中身は完全に別物ということだ。
テクノロジーのレベルが完全に異次元を超えている。
昨日、襲撃者の銃撃によって胴体に大穴を開けられて敷島カツオは即死した。
その時の肉体の損傷は脅威のテクノロジーで完璧に補修されている。
しかし、ハードが同じ状態になったからと言ってソフトが同じ状態に戻るわけではない。敷島カツオの意識は今もなお混濁したままであり、意思のない人形と変わらない状態だったのだ。彼が一日中、呆けていたのはそういう理由だ。
「はぁ、どうしよう」
ミナは溜息を漏らす。
彼がこのまま目覚めないとなると非常にまずい。
場合によっては世界が終焉を迎える。
「それだけは絶対に避けないと!」
弱音を吐いてばかりはいられない。
ミナは自分に気合を入れなおしてスマホで検索を始める。
「私たちのデータベースに情報が足りなくても、この星の文献になら彼を蘇生するヒントがあるかもしれないもんね!」
凄まじい勢いでスマホの画面をスクロールする。
ぎょろぎょろと目玉が動き目にも止まらない速さで情報をのみ込んでいく。
そして彼女は一つの結論を得る。
「……キスしてみよう」
古今東西、キスで目覚める事例は多数存在する。
ミナの結論はあながち間違ってもいない。
思い立ったら即行動。
彼女は眠っている敷島の頬にキスをする。
「ほっぺじゃダメか」
額、瞼、鼻先。
それぞれにキスを落とすが特に変化は見られない。
「やっぱり、唇じゃないとダメなのかな?」
むむむと少し考え込む。
「……いや、ここで躊躇ってる場合じゃないでしょ! 銀河の平和の為になら、唇のひとつやふたつ……ひとつやふたつ……惜しくなーい!」
ぐっと握りこぶしを作り決意を固めるミナ。
深呼吸から軽くストレッチして緊張をほぐす。
リップを塗り直し、ブレススプレーで匂いも万全に。
「よ、よーし! やるぞー!」
ゆっくりと顔が近づいていく二人。
少しずつ距離が縮まっていくにつれて頬が赤く染まっていく。
あと少し、触れ合うまで数センチという距離まで近づいたところでミナはある異変に気付く。
「……ねぇ、もしかして、起きてる?」
ビクっと大きく跳ねる敷島の身体。
彼の顔はミナよりも赤く染まっていた。
「起きてるよね?」
「……はい」
「いつから?」
「唇じゃないとって声が聞こえて、それで、その」
「あわよくば私とキスできるかもって思ったんだ?」
「……はい」
「ふーん、そうなんだ? ……敷島くんのスケベ!!」
「わぁ、ごめんなさい!」
わっと怒鳴られて反射的に立ち上がる敷島。
スタンダップする敷島。ミナの眼前に現れる敷島の敷島。
「~~ッ!!」
それが何かは当然ミナにも知識はある。
あまりの驚きに咄嗟に手が出てしまう。
「――ァ!!」
声にならない悲鳴が上がり、敷島がその場に崩れ落ちる。
敷島は再び死んでしまった。
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