第3話 私はエイリアン

「いや、マジで死ぬかと思った」

「ごめんなさい」


 バツが悪そうに手をニギニギしながら謝る椎田ミナ。

 九死に一生を得た敷島カツオはきちんと制服を着終えている。


「それで、俺は一体どうなったんだ?」


 単刀直入に切り出す。

 その表情は真剣そのものだ。


「昨日のことちゃんと覚えてるの?」

「君の名前は椎田ミナ。昨日転校してきたばかりの謎の美少女。放課後に俺と教室にいたところを何者かに銃で撃たれそうになっていた。俺は咄嗟に君を庇おうとして……それで……おそらく死んだはず、だ」

「そこまでハッキリ覚えてるんだ。今日一日ずっとパッパラパーだったのにね」

「え、パッパラパー?」

「なら話が早いね。その通り、敷島くんは私のことを庇って死んじゃったの」

「待って、パッパラパーってなに? どゆこと?」

「だから、私はあの後すぐに敷島くんに――」

「パッパラパーって何だよ!?」

「パッパラパーは後にしてくれないかな!?」

「は、はい!」


 ミナの迫力に押し切られる敷島。


「いい、話を進めるよ? 私はあの後すぐに敷島くんに『デバイス』を使ったの」

「デバイス?」

「これのことだよ」


 そう言うとミナは敷島の胸に制服の上から触れる。

 そのまま胸の奥に手を突き入れるとするりと通り抜け、引き戻すと、その手には不思議な球体が掴まれていた。


 大きさは野球ボールぐらいで金属質な光沢がある。

 表面に浅い溝があり青白い光が波紋の様に規則的に走っていた。


 形状は全く似ていないのだが、自分の胸の中から取り出したことや、明滅している光のパルスのせいか。


(まるで心臓のようだ)


 と敷島は思った。


「これがデバイス?」


 自分の身体で行われたイリュージョンに目を瞑って話の先を促す。


「そう。各種族が選んだ『プレイヤー』に与えられる兵器だよ」

「兵器!?」

「デバイスは使用者の意志を汲んでどんな物にでも形を変える。そう、例えば……剣や槍、『銃』とかね」

「銃!! つまり、ミナの命を狙ったのはデバイスを持った他のプレイヤーってことか!!」

「正確には、狙われてたのは私じゃなくて敷島くんだったんだよ」

「え、俺が?」

「私と敷島くんが放課後に一緒にいたから、敷島くんのことをプレイヤーだと勘違いして襲ったんだと思う」

「なるほど」


 納得したと頷く敷島の態度を見てミナは溜息を零す。


「どうして敷島くんはそんなに物分かりが良いの? 普通の神経をしてたら、こんな命のやり取りが当たり前みたいに話されても絶対に信じられないと思うんだけど?」

「たぶん、一度死んじまったからだろうな……自分でも不思議なんだけど、あの時、死んだ瞬間のことをかなりハッキリ覚えててさ……だから、目の前の光景がリアルなんだって納得できるんだ」


 あっけらかんと言い放つ敷島にミナは再び溜息を零す。


「敷島くん。悪い人にすぐ騙されそう」

「えぇ!?」


 どちらかと言うと猜疑心が強い方だと自認していた敷島はショックを受ける。


「どこまで話したっけ……えっと、平たく言えばね、私たちはこの星で代理戦争をしているの」

「代理戦争!?」


 流石に敷島も兵器に戦争と、立て続けに出てきた単語の物騒さに驚く。


「この星の住人からプレイヤーを選んでデバイスを貸し与え、競い合わせる。勝ち残ったプレイヤーを擁立した種族がこの星を手に入れる。そういう戦争ゲームよ」

「待った!! 待て待て待て! いまなんつった? この星を手に入れる種族を決める? それって、戦争ゲームの賞品がこの星……地球ってことかよ!?」

「ええ、そうよ」

「マジかよ!?」


 さらっとした口調でとんでもないことを打ち明けられる。

 平和な世界で養われてきた思考が、倫理が、道徳が、理解を拒む。


 自分たちの知らないところで戦争が始まって、勝手に景品として扱われている。

 そんな非道な事が許されるはずがない。許されて良い筈がない。


「私たちはこの星を侵略しに来た宇宙人よ」


 ミナの声がやけに遠く聞こえる。

 敢えて突き放す様な冷たい声色で話した効果は覿面だった。

 敷島は目の前の美少女に初めて得体のしれない恐怖を感じた。


「やめろよ、そういう言い方するの……ミナは……椎田ミナは違うだろ? 俺たちのクラスメイドで同じ日本人! いや、地球人だろ!? なぁ!」

「いいえ。私は宇宙人よ」


 必死に自分の吐いた嘘を信じ込もうとする敷島を正面から見据え否定する。


「あたなは一目で私の正体を見抜いた。だから、接触しようと思ったの」

「!!」


 あの与太話を彼女は聞いていたのか、と敷島は思い至る。

 放課後に話しかけてきたのはそう言う理由だったのか、と。

 噓から出た実とはまさにこのことだろう。


「っ! ミナ、その目……その姿は!?」


 椎田ミナが変貌を遂げる。


「これが本当の私よ」


 横に開いた波打つ瞳孔はおよそ人類にはあり得ない形だ。


 さらさらと流れるような髪の毛の一本一本が束ねた房となり、八つの触手となってぬらぬらとした粘液を纏って妖艶に光り輝いている。


 手足は人のそれと酷似したものだがあるべき関節がなくなっている。


 全身が淡くぼうっとした青白い光を放つ。

 どことなくタコやイカに似た形質がある。


 人の形をした、人ではないナニカが、そこに居た。


「どう驚いたでしょ?」


 氷の微笑を浮かべミナが訊ねる。

 彼女の身体が宙に浮いているのも人間ではありえない現象だ。

 異貌と超能力を見せつけ威圧的な態度で接する。


 そんな彼女に対する敷島の答えは簡潔だった。


「綺麗だ」


 真っ直ぐな瞳でミナを見つめ彼はそう口にしていた。


「「え」」


 どちらともなく声が漏れる。


「あああ、ごめん、うっかり口が滑った! 今の無しで!」


 敷島は両手を振って真っ赤になった顔を背ける。

 その態度に今度はミナの頬が染まる。

 器用に宙返りをして回り込んだ彼女が、逆さまになったまま敷島に詰め寄る。


「今の無し!? なんでよ!? 嘘ってこと!?」


 天井から急に降ってきたようなミナの行動にぎょっとする敷島。


「嘘じゃないけど、なんか恥ずいじゃん!」


 美少女と鼻先を突き合わせて話すなんてできるわけがない。

 敷島少年にはまだ荷が重かったのだろう、再び顔を背けて背中越しに答える。


 そんな敷島の頑なな態度がミナはどうしても気にくわなかった。

 触手を使って敷島の頭を抱え込むと強引に自分の方を向かせる。


「はぁ!? 男なら口にした言葉にちゃんと責任持ちなさいよ!!」


 やいのやいのと騒ぐ二人。

 さっきまでの緊張感もどこへやらだ。


「全く、敷島くんと話してると何だか調子が狂っちゃうわ!」

「ごめんて……」

「そんなに謝らないでよ、私が悪いことしてるみたいじゃない!」


 ひとしきり叫んだあと、ミナは元の――椎田ミナの姿に戻る。

 瞳孔の形も見慣れたものになり肌の色にも赤みがさす。


 あっという間に「軟体生物系擬人化エイリアン」から「ただの美少女」に変身してしまったミナを見て、敷島は謎の感動を覚えていた。


 乱れたベッドシーツを軽く整えたミナが振り返る。


「とりあえず教室に戻りましょうか。そろそろホームルームの時間のはずよ」

「さっきの話の続きはいいのか?」

「詳しくは放課後、もっと落ち着いて話せる場所でしましょう」

「わかった」


 敷島はミナの言葉に軽く頷くと、躊躇いなく彼女の後を追いかける。

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