ブルーオーシャン - 異星人の代理戦争 -

柴又

第1話 ファースト・コンタクト

 彼女をひと言で表すなら『宇宙人』と呼ぶべきだ。


 プラチナブロンドの長髪、アクアマリンの瞳。

 コンパスの様に長い手脚に白魚の様な指。

 生まれて一度も日焼けしたことが無さそうな真っ白な肌。


 同じ人間とは思えない圧倒的な造形美。

 人間離れした美貌に誰もが息を呑む事すら忘れていた。

 普段は賑やかなクラスがしんと静まり返っている。


 こんな日本の片田舎の公立高校にポッと出てきていい存在じゃない。

 そう誰もが思っていた。


「椎田ミナ」


 日本語だ。


「――です。仕事の都合でこの町に引っ越してきました」


 彼女の口から日本語が飛び出してきたものだから誰もが驚く。

 にわかにざわめき始めた生徒たちを担任が咳払いで鎮める。


「あー、みんなが驚くのも無理はないが彼女はキミたちと同じ日本人だ。学年で一番成績が悪い英語に頼らなくても言葉が通じるからな。安心したまえ。今日からクラスメイトとして仲良くする様に」

「皆さん、よろしくお願いします」


 そう言ってミナがにっこりと微笑む。

 わっと上がる歓声。

 男女問わず、彼女の魅力にノックアウトされていた。


 休み時間は当然人垣に囲まれる。

 クラスメイトから浴びせられるあれやこれやの質問攻めに、彼女は嫌な顔一つせず笑顔で受け答えする。


「天使だ……」

「いや、女神だ……」


 遠巻きに彼女を眺めていた男子たちがそう呟く。


「もしかしたら宇宙人かもな」


 率先して彼女に声を掛けられない様なシャイな男子の集まり。

 その内の一人がそんなことを呟く。


 彼の名前は敷島カツオ。

 全国男子の平均スペックど真ん中に居る一般モブ男子高校生だ。


「宇宙人? ああ、なるほど……!」

「確かに似てる……!」


 最初はカツオの発言を訝しんでいた友人たち。

 しかし、改まって椎田ミナを見てみると合点がいったと納得する。


「だろ!?」


 そんな二人の様子を見てカツオは少し得意げだ。


「遠い銀河の惑星からはるばる地球にまでやってきて、異星人の侵略を受けた人類を助けてくれる謎のヒロイン、ミーナにそっくりなんだよな」


 うんうん、と頷く二人。


「椎田ミナとミーナ。名前まで似てるし、これはもう本人……は言い過ぎとしても、あいつが宇宙人だってことに疑いようはない!! ……だろ!?」


 わいわいと盛り上がる三人。

 そのまま話題は名作SFアニメのエピソード談義にスライドしていく。


「……」


 オタク話が盛り上がり、すっかり美人転校生の存在が頭からすっぽ抜けたカツオは、椎田ミナが人垣の隙間からじっと彼を見つめていることに気付かなかった。


 放課後。


 図書委員のカツオは図書室の貸出係の仕事を終えて教室に戻ってきた。

 教室のロッカーに通学鞄を引き取りに来たのだ。

 珍しく誰もいない教室で、ふと、カツオは気になって転校生の席を見る。


「あんだけ騒がれると疲れるだろうな。美人に生まれるってのも大変だ」


 昼休みには噂を聞きつけた他のクラスからも大勢の人が押し寄せてきた。

 人混みの中心で好奇の視線に晒され、矢継ぎ早に質問を投げかけられていた彼女の姿がカツオの脳裏に浮かぶ。アイドルでも見かけないようなとびっきりの美少女だ。浮足立つ人たちの気持ちも理解できるが、応対を強いられただろう椎田ミナの心労の方がカツオは気になっていた。


「放課後まで付き纏われてないと良いけど」

「大丈夫です。全部丁重にお断りさせていただきました」

「えっ」


 振り向くと椎田ミナがそこに居た。


「あっ、ちがっ! べ、別に、変な目で見てたわけじゃないから!!」


 放課後にクラスメイトの女子の席をまじまじと眺めていた変態。

 そう思われてもおかしくないと気付いたカツオは慌ててそう言い繕う。


「っていうか、なんで椎田さんがここに!?」

「なんでって、私も同じクラスですから」

「それは確かにそうなんだけど……!」


 くすくすと笑うミナの表情にドギマギする。

 カツオは同年代の女子に対する免疫がなかった。

 それでも必死になんとか無難な言葉を捻り出そうと頭を働かせる。


「職員室で先生方と転校に関してお話をすることがあって。だから、お誘いは全部断っちゃいました」

「あ、あー! なるほどなぁー!」


 両手を揃えて口元に当てるミナ。なんとあざといポーズか。

 カツオは大仰に相槌を打つことでなんとか心の均衡を保つ。


「引っ越してきたばかりで土地勘がない私に、みんなで駅前を案内してくれると言ってくれたのですが……残念です」

「あ、あー! なるほどなぁー!」


 既にカツオはポンコツだ。壊れたおもちゃと変わらない。

 同じ言葉と同じ動きを繰り返すことしかできなかった。


(な、な、な、なんで俺はミーナと放課後に二人っきりで話をしてるんだ!? こんなシーン原作にあったか!? どうしてこうなった、どうしてこうなった!?)


 繰り返すが彼は同年代の女子に対する免疫がない。

 そんな彼を絶世の美少女と同じ空間に放置してはいけないのだ。

 カツオの思考回路はショート寸前である。


「……残念だなぁ」

「あ、あー! なるほどなぁー! うんうん!」

「……残念だなぁ」

「あ、あー! なるほどなぁー! うんうん!」

「ねぇ、ちゃんと話聞いてる?」

「あ、あー! なるほどなぁー! うんうん!」

「……」

「あ、あー! なるほどなぁー! うんうん!」


 一人でテンパっているカツオに流石にミナも苛立ちを募らせた。

 微笑は崩れていないが温度は冷たい。

 しかし、カツオは当然それに気付けるわけがない。


「あ、あぁ……」


 薄く横に伸びた瞳で、じとっとした視線を向けられる。

 それを正面から受け止められないのでさっと身を交わす。


「ねぇ、こっち見てよ」


 ミナがずいっと顔を近づける。

 美少女の顔が迫ってくるプレッシャーで窓際に押し込まれるカツオ。

 もう逃げ場はない。流石の彼も観念して覚悟を決める。


「な」


 カツオは子供の頃に母親から教わったことを思い出す。

 相手の目を見て話しなさいと。

 だから自然と、ミナと視線を合わせようとして顔を上げる。


 そして、見た。


「何やってんだお前っ!!」


 カツオが叫ぶ。

 彼が見たのは教室の外、廊下からこちらに向かって何かを構えている人影。


 それは銃だ。本物の銃ではない。

 スペース銃とか、電気銃などと呼ばれる玩具の様な奇妙な形状をしている。


 だがあれは本物かもしれない。

 カツオは自らの全身を襲う寒気からそう直感した。


 そして、その人影が誰にその銃を向けているのかも瞬時に理解する。


「あっ!」


 目の前にいたミナを抱き寄せると身体を捻って表と裏を入れ替える。

 突然のカツオの行動に呆気にとられる。その次の瞬間。


――ズビビビーッ!!


 パラボラアンテナの様な銃口からレーザーが放たれる。

 空気を焼き切る音が教室に響き渡る。閃光。連続して三度。


 潰れたトマトが奏でる様な水音。

 真っ赤な鮮血と差し込む夕日が放課後の教室を紅く染める。


「……ミー、ナ……」


 胴体に大穴が開いた男子生徒が転校生を心配して声を発する。

 もう肺も喉もないのに、不思議と彼女の名前を呼ぶことだけは出来た。

 土色の顔がゆっくりと笑みを作る。


「う、嘘……何故っ!? どうして私を庇ったの!?」


 彼女は驚きを露わにする。

 上手く言語化できないのか唇がぱくぱくと開閉していた。


(……何故って、そりゃあ……)


 ぼんやりとした意識の中で彼は考える。

 何か言わなきゃダメだと。必死で考える。


「――――」


 砂の様に意識が零れ落ちていく。


 最後に見たのはミナの激しい怒りの表情。

 髪の毛が逆立ち、瞳が発光している。


 ああ、なんか、綺麗だな。


 敷島カツオはそんな暢気な思いを抱きながら息を引き取った。

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