第16話、コノワタ

 ナンバの操船で、”イワオ”は海面を、軽快に走る。

 車内は広く、窓も大きく、視界もいい。


「いや。想像以上に快適だな」


「そだね~。全然揺れないね」  


 海軍の、自家用船レンタル部の職員の含み笑いを思い出した。

 デートにはうってつけの船のように感じる。(実際、カップルに好評である)

 こうなることを見越してわざと”イワオ”にしてくれたのだろうか?

 ナンバは、次も”イワオ”を借りようと思った。



 昼食を予約していたレストラン”ヒルズ”に着いた。

 元は、約50階建てのビルだが、下の階は水没している。


「うわ。ヒルズじゃない。よく予約取れたね~」


「取ってた同僚に用事が出来て、譲ってもらったんだ」

(実際は同僚に用事など無く、土下座して何とか譲ってもらったのは内緒だ)


 料理の値段自体はそんなに高くない。

 この店の売りは、上の階の自家用植物プラントで収穫された、”野菜サラダ”である。


 店内に入った。

 遠くの方に、半分に折れて倒れている東京タワーがガラス越しに見えた。


「特大カモメの巣になってるんだよね」


 料理は魚メインのコースだった。


「ん~~~」


 ナンバは、幸せそうにサラダの野菜を食べているメグミを、眩しいものを見るような目で見ている。

 食後のデザートを食べながら、ナンバはメグミに博士号を取った学術論文の話を振った。


「私が、博士号を持ってること知ってるんだ」

「題名はね、”大ナマコのコノワタと再生医療について”だよ」



 ”大ナマコのコノワタと再生医療について”


 メグミが士官学校時代に、”科学論文投稿サイト”に投稿し博士号を取った論文のテーマである。

 大ナマコのコノワタ(内臓)の超再生について、実直に調べあげていた。

 わかりやすくまとめているので、講義の教科書に使っている大学もある。

 また、論文の中で、実験に使った大ナマコとコノワタを肴に、晩酌している文が随所にある。

 料理法とそれに合うお酒が、それとなく書かれていた。

 一般の読者が晩酌の文を読み探していくと、いつの間にか、大ナマコと再生医療の基本的な知識が身に付くと評判になった。


 沢山のしおりや、評価、”書籍化”ができた理由である。



 ナンバは、楽し気にナマコの話をするメグミを、憧れのまなざしで見つめていた。

 メグミを知ったきっかけが、上の論文を読んだことである。

 当然、しおりも付けたし、評価も星5である。

 書籍化された本は、何度も読んでボロボロになっていた。


「今度、新しい本にサインしてもらおう」

「そして、論文の中の様に一緒に晩酌がしたい」

 グッと心に誓うナンバである。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る