戦勝国日本

第139話 二度目のポーツマス

1945年10月15日


 イギリスのポーツマスにて日中対ソの講和条約が締結された。その名も「ポーツマス条約」である。日露戦争の「ポーツマス条約」と区別するため、非公式だが一般的には「第二次ポーツマス条約」と呼称された。


 ソ連の電撃的な日中侵攻は悉く失敗し、かつアメリカ政府の脅しが利いている。ソ連は南下を諦めたが、改めて西へ勢力圏を拡大することを選択した。主な被害者である中華民国は冷静を努め、侵攻前の国境線に戻す原状回復のみ請求している。これによって、中華民国対蒙古・ソ連の国境線はきっちり侵攻前に戻された。


 ソ連に賠償金は一切求めない。国境線を元に戻すだけで平和を求めた姿勢は称賛された。二度目の世界大戦が勃発した原因をよく理解していたが、中華民国の国土が荒れたことは否定できない。よって、国土回復には日本とアメリカから支援を受けることとし、回復と並行して農業と工業の開発を進めていった。アメリカはヨーロッパ復興計画を独占できなかった不満がある。今回の中華民国の復興で穴埋めにした。


 日本側も原状回復を求めて千島列島と南樺太を確実な日本領にしている。その上で電撃的な侵攻を許さない観点から、アメリカやイギリスなど旧連合国はソ連に北樺太を日本へ割譲し、樺太一帯を日本領とすることをソ連に要求した。ただし、バーターとして東ドイツをソ連影響圏に置くことを認める。


 ソ連側のモロトフ外相はスターリンに仰いだ。渋々ながら北樺太割譲に同意し、ドイツには気の毒だが、合法的に西へ影響圏を広げられる。決して悪い取引と言えなかった。そもそも、自分から攻め入った末に各地で敗北を喫しており、賠償金はなく北樺太だけで済むなら安い方だろう。


 最終結果は大日本帝国は千島列島を死守し樺太全土を入手した。政府は第二次ポーツマス条約の結果に国民の反発を警戒するも、意外と反発は極僅かな部分で収まり、大半は受け入れてくれる。日露戦争に続いて大国ソ連を打倒したことに満足したようだ。幣原喜重郎外相の巧みな交渉は言わずもがな、吉田内閣は戦時中に培った情報戦略を展開し国民を不要に躍らせない。


 もっとも、背後には総合戦略研究所が見え隠れした。


~東京~


「思えば、半世紀近くも地下で戦略を練っては改善を繰り返してきました。それが、ようやっと報われる」


「えぇ、表舞台の皆さんには大変な苦労をかけています。もう少し、上手いやり方があったのかなと、反省は尽きませんよ」


 総合戦略研究所は二度目の世界大戦に勝利する名目を果たした。ただし、激動の戦後に対応するべく解体されることはあり得ない。これからは政府から独立した機関として戦後日本の歩みを決めた。


「そろそろ、身を引く時が訪れました。この先は新進気鋭の若者に任せるとします」


「えぇ、我々より気力のある方が何よりも良い。二木さんもね」


「はい、ひっそりと引退するつもりです」


 初期から在籍するメンバーは高齢者に足を踏み入れている。戦後を裏から支えるには老体が足を引っ張った。したがって、帝大出身の若き天才や軍や官庁から退いた秀才に交代する。表舞台では幣原内閣が吉田茂内閣となり、米内海軍が山本海軍になるなど戦後に向けて整備が着々と進められた。


 イギリスはチャーチル内閣が倒れてアトリー内閣が発足している。チャーチル卿は首相の座を退いても強大な力を保持し、日英同盟の硬さから、日本とのパイプを有して影響力は未だ健在だった。


 アメリカは臨時大統領のトルーマンが正式に大統領に就任する。トルーマンは対ソを睨んで封じ込め政策を用意した。特に「トルーマン・ドクトリン」と呼ばれるヨーロッパ復興計画を発表する。しかし、ヨーロッパ自体は一枚岩でなくアメリカ主導に反発する国が見受けられた。国内はトルーマン大統領が副大統領からスライドしたことに不満を持ってアイゼンハワー将軍を推す声は少なくない。


「この戦いで多大な犠牲を払ってしまった。これを抱えて地獄へ参ります。得られたことものが大きいと雖も言い訳はしません」


「私も行きますよ。な~に、いくなら全員の方が良い」


「そうですよ」


 日本の国土自体は荒廃しなかったが、多くの兵士が戦場で散った。金も物も消えて国民は一定の負担を甘んじて受け入れることを強いられる。そして、得たのは戦勝国の立場であり、アジアと南太平洋を勢力圏に組み入れた。領土の拡大はならなかったが、領土を拡大するよりも穏便な終わりだろう。


 全て裏から仕組んだ総合戦略研究所の面々は一様に地獄行きを希望した。


「ここから先は、私達では対応しきれない経済の戦争になりましょう。日本製は第二次世界大戦で市場に多く流通しました。一定の評価を得ることに成功し、世界の軍需産業に食い込んでいる」


「ヨーロッパの復興は既に動き始めています。アメリカ政府が積極的に支援を申し入れています。フランスなどアメリカに反発する動きがあり、アメリカと並び日本がヨーロッパの大地に進出する機会です」


「我々が引退する時には高度経済成長期が来ているかもしれません」


「確かに、中島会長が民間向けの大型旅客機を売り込む。こう息巻いておりました」


 武力を伴った戦いは終わっても、経済の戦いは始まったばかり。荒廃したヨーロッパの大地を復活させるため、莫大なヒト・モノ・カネが必要となるのは誰でも理解できた。先も述べたがアメリカが超大国を自称して主導する計画を提示する。イギリスは対米借款などがあり受け入れざるを得なかった。


 しかし、フランスやオランダ、ベルギー等は反米感情が芽生える。彼らは一番にドイツの攻撃を受けた時は、アメリカは孤立主義で「助けに行く」と言っておきながら、実際はイギリスを優先して解放は末期まで行われなかった。レジスタンスへの支援はあっても、感情を改善するには至らない。


 日本の方が圧倒的に頼りになった。極東からヨーロッパは極めて遠いにもかかわらず、大艦隊を派遣して市民の脱出を支援し、フランスに機甲師団を派遣してドイツ機甲師団相手に遅滞を仕掛ける。オランダとベルギーの解放も日本軍の功績が大きかった。


「ありとあらゆる産業に進出して、メイドイン・ジャパンを浸透させる。そして、2000年を超えた先でアメリカと並ぶ国になった。恐ろしく難しい舵取りになりますが、未来豊かな若者たちの奮戦に期待しましょう。そのため、先の短い私たちは土台を作る」


「まだまだ仕事は残っておりますか。縁側で俳句でも読む老後は訪れませんなぁ」


 皆で笑い合っても人生を賭した覚悟は変わらない。


~ニューヨーク~


1945年10月24日


 この日に今まで温められていた『国際連合』が遂に正式発足した。ソ連の日中侵攻で遅延するだけ遅延したが、第二次ポーツマス条約が締結されると、急ピッチで作業が進められる。


 大日本帝国、中華民国、フランス、イギリス、アメリカ等々の国際連合憲章に署名した国々が批准して発足した。ただし、ソ連だけは非合法の他国侵攻行為を理由に排除されて、しっかりと後始末を終わらせるまで加入は許されない。


 国際連合は二度も勃発した世界大戦の反省を踏まえ創設された。三度目は絶対に起こさないよう全ての国が努力することを要求する。特に安全保障理事会の常任理事国は世界平和に限らず、誰も置いていかない経済発展の義務が課せられた。大国だけが世界を支配する時代は終焉を迎える。


 残念ながら、そう簡単に行かないものだ。


 正史通りにアメリカ合衆国とソビエト連邦は対立する。ヨーロッパは東西に分断された。後に冷たい戦争こと「冷戦」と呼ばれる状態が完成し、数十年に渡って両国の睨みあいが続くことになる。


 冷戦状態で強大な力を持つのは日本だ。


 日本は見事な勝利を収めて未来永劫にわたり圧倒的な力を有する。


 この戦いの勝者は日本なのだ。

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