第137話 モッティ・薪戦術
チチハルとハルピンに侵入したソ連軍(北部方面)は強烈なゲリラ戦に阻まれた。東西の要塞線を突破できないからと北部からの圧力を強める、しかし、両地は中華民国の大拠点で大規模な航空基地が整備された。要塞こそ無いが圧倒的な航空戦力の前に地上部隊は大損害を被り、制空権の奪取は進まないどころか、越境爆撃を許している。
この北部は米軍名「ポケット」と呼ばれて絶好の殲滅機会を提供した。両都市に侵入したソ連軍は、巧妙に仕組まれた日中軍のゲリラ戦の沼に嵌る。とある小さな集落ではT-34-85が歩兵と共に足を踏み入れた。
その途端に猛烈な砲撃が襲い掛かる。
「迫撃砲が終了次第に随伴歩兵を倒し、敵戦車は無反動砲で仕留める」
「了解」
実は集落は日中軍の仕組んだ罠である。戦車隊が休めそうな環境を敢えて整えて誘い込んだ。敵が入った瞬間に監視の兵が後方のトラック迫撃砲に連絡し砲撃させる。集落には幾つもの地下陣地が築かれており、友軍の砲撃で死傷することはあり得なかった。
後部の荷台に81mmまたは120mm迫撃砲をそのまま載せ、迫撃砲に機動力を付与した現地改造品は地味に活躍する。あくまでも、現地改造のため悪路の走破性など不十分な点は残った。しかし、元がトラックのため戦車よりも柔軟に行動でき、弾薬も一緒に運ぶため手間が省ける。戦闘以外に前線への輸送も兼ねられた。
迫撃砲のため直撃しなければ撃破できない。しかし、周囲の敵兵は砲撃をもろに受け倒れた。音で気づいて伏せるなど対処できた者は少数であり、生存しても急な攻撃に混乱を余儀なくされる。統制を失った虚を衝くように地下で息を潜めていた兵士たちが混戦に持ち込んだ。
「撃て! 撃て! 弾を絶やすな!」
「無反動砲出ます!」
敵兵は慌てて小銃を手に取る。いや、日中軍は銃器の火力で圧倒した。ソ連軍はモシンナガン小銃と各種短機関銃を標準装備に定め、この間を埋める自動小銃は鹵獲したStG-44を研究して鋭意開発中であり、かの有名なAK-47はまだまだ登場していない。
混乱の最中で抵抗を試みてもバースト射撃に撃ち抜かれた。近距離では短機関銃が有効だが精度は劣る。中間弾薬を用いた突撃銃のバースト射撃に撃ち負けた。日本兵は最新の五式自動小銃を携行し、原則として3点バースト射撃を繰り返している。
残念ながら、中華民国軍に渡せる数は揃っていなかった。彼らは許可を得てコピーしたステン短機関銃を使用する。9mmパラベラム弾を使用した「シンプル・イズ・ベスト」な短機関銃だ。様々な問題を抱えているが低コストで故障しても、直ちに余剰と交換して特に気にならない。現在はイギリス軍がスターリングSMGを配備し始め、かなりの纏まった数の余りが提供された。
もちろん、厚い装甲に覆われた戦車には敵わない。
敵戦車は敵味方交わるバトルフィールドに戦車砲を使えなかった。榴弾を下手に撃てば随伴歩兵を失う。お構いなしと雖もゲリラを封じる護衛の歩兵を誤射で失うのは避けたかった。したがって、車載機関銃を手に取って乱射するに限られる。
「履帯が切れたやつを狙う…落ち着けよ」
適当な廃材を積み上げて作った防護壁からT-34-85に向けて大きな筒が向けられた。目標にされた車両は迫撃砲弾の至近弾で履帯が切れ、本体は無事でも行動不能に陥る。
「後方に味方無し。安全を確保した」
「発射」
訓練で幾度となく繰り返した動きで狂うことは起こり得なかった。大きな筒から放たれた特徴的な形の砲弾は敵戦車に吸い込まれ、脆弱な側面に突き刺さるとボウっと砲塔と車体の間から炎が噴き出す。
「撃破を確認した。再装填する」
「いや、見られたかもしれない。移動するぞ」
「わかった」
大きな筒の正体は日本軍の九十粍汎用無反動砲だ。歩兵が対戦車砲に頼らないで戦車に対抗する手段に無反動砲が浮上する。火炎瓶や対戦車手榴弾を投げる古典から脱した。既にアメリカ軍はバズーカ無反動砲を開発し、ドイツ軍もパンツァーファウストとパンツァーシュレックを開発する。
日本軍も無反動砲開発したが各国製品と比べて改良の余地ありと判断した。イギリス軍のPIATも参考に含めて試行錯誤を続ける。最終的に生産性も考えた口径90mmの無反動砲を作成した。口径相応に重量が嵩んで歩兵一名は難しく、射手と装填手兼観測手を分けた二名運用とする。
90mmの口径は次期主力戦車であるチリと同じにし生産性を確保した。戦車砲と無反動砲は原理が異なり、当然ながら装填する砲弾も異なるが、生産ラインで一定程度の生産性を得られる。やはり、性能を損なわない範囲という条件がつくが、安いに越したことはなかった。
従来の国産無反動砲はRPG-7のような構造をするが、これはバズーカやパンツァーシュレックの構造をしている。携行性は対戦車擲弾筒に負けたが高威力の弾を投射できた。また、榴散弾や発煙弾、閃光弾、信号弾を発射可能な汎用性の高さが評価される。
「伏せろ、砲身を向けて来た」
「バレたか」
「いや、制圧のための榴弾だろう」
同僚を撃破されたT-34は堪忍袋の緒が切れたのか榴弾を発射し始めた。中華民国侵攻が計画通りにいかないため、部隊間どころか内部でも統制が取れていないらしい。流石に85mm榴弾を受けてはひとたまりもなく、すぐに塹壕に飛び込んで身を守った。
バズーカ同様に取り回しは面倒な代わりに精度は良好で有効射程も長い。数年後には同系統のカールグスタフ84mm無反動砲が登場した。グスタフは世界的なヒットとなり各国で採用される。しかし、日本製の90mm無反動砲も負けじと中東まで至るアジア諸国で爆発的に普及した。規格の都合を建前に掲げるが反欧米の感情から日本製を積極導入して、時代に合わせて改良を続けた末に70年以上も運用される。
「よしよし、いい感じに戦車が逃げてるぞ」
「それなら、後は任せる。俺たちは地下に引きこもるか」
特に忍耐力の強い日本兵は蹂躙を回避して地下壕に引きこもった。榴弾を撃ち込まれても損害は微小に収まる。中華民国軍は地の利を活用したゲリラ戦で敵歩兵を倒した。ただし、軽装のため戦車には手を出さず無視する。すると、敵戦車はこの場に居座り続けると迫撃砲弾か成形炸薬弾が飛んでくると理解した。ここから離脱することを第一に前進を試みる。
「撃てぃ!」
数両のT-34-85は一様に煙を噴き出して擱座した。咄嗟に乗員は脱出を図って外に出ると頭を撃ち抜かれる。なんと、道の左右には巧妙に偽装された47mm対戦車砲が置かれた。慌てて離脱する敵戦車の側面に至近距離から47mm徹甲榴弾を見舞う。貫徹力は57mmにも劣っても、小型軽量で偽装を施し易い点に注目した。至近距離から徹甲榴弾を撃ち込む伏兵に配置し、炸薬の詰まった徹甲榴弾は貫徹さえすれば、中戦車は一撃で破壊できる。
脱出を図る敵兵には情け容赦のない9mmパラベラム弾が出迎えた。短機関銃は携行できないため、砲兵は専ら九八式拳銃(ブローニング・ハイパワーのライセンス生産)を有する。
T34-85は機銃を左右に向けられず、長砲身で俯角を確保できなかった。至近距離の対戦車砲を攻撃する手段を持たず、仮に47mm弾の無効化に成功しても速射が利いて次が来る。
自分たちの実力を過信したソ連軍は、日中軍の仕組んだ罠に嵌ろ各個撃破された。
「これぞ我らの薪戦術(モッティ戦術)なり」
ソ連軍は北部から東西に浸透する都合で大軍を分散させる。戦力を小分けにすることは回避すべきと有名だ。しかし、ハイラル大要塞と虎頭大要塞を突破できない状況を打破するにはやむを得ない。ハルピンとチチハルへ迫るにつれて分散していき、各地で罠に嵌ったり、奇襲を受けたりして包囲殲滅された。
まさに、フィンランド軍のモッティ戦術である。もちろん、完全に真似しているわけがなく、地形や環境、装備などを踏まえてテコ入れした。中華民国の大地で繰り広げられる薪戦術によりソ連軍は確実に削られる。
そして、止めを刺したのがウラジオストク壊滅だった。
続く
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