第134話 シベリア鉄道崩壊!日仏同盟巨砲の威力!

翌日の虎頭要塞


「列車砲急げ!」


「砲弾よ~い!」


「目標はイマン川鉄橋! 繰り返す! 目標はイマン川鉄橋!」


 特設された標準軌の線路上に九〇式二十四糎列車加農砲4編成が姿を現した。装甲列車計画で誕生した大馬力ディーゼル機関車が電源車や砲弾運搬車も含めて牽引する。そして、イマン川を狙える地点で固定された。列車砲は転車台により一定の射角を得られるが、要塞に大掛かりな設備を作ることになる。残念ながら、そこまでの余裕が虎頭要塞になかった。したがって、列車砲はイマン川鉄橋破壊のみに絞った線路の上にある。


 本体後方には砲弾運搬車と電源車が付随して砲撃準備を進めた。いかにも大規模に見える。いや、実は列車砲の中で小振りな方だった。ドイツ軍の列車砲よりも小さく80cm列車砲とは比較にならない。


「一号準備よし!」


「三号よろし!」


「四号固定完了!」


「二号もよし!」


 猛訓練の賜物で固定作業はあっという間に完了し射撃準備に取り掛かった。砲撃に際して上空に観測機は不在で地上に観測車両もいない。これは虎頭要塞の地理的な優位を活かしているからだ。列車砲陣地は小高い丘陵に設けられ、シベリア鉄道を一望して見下ろす。敢えて敵地に観測兵を置かずとも陣地から視認できた。


 もっとも、列車砲のイマン川鉄橋砲撃を悟らせない陽動に航空隊が出撃している。双発の高速爆撃機は護衛機共々低空飛行で侵入して陸用爆弾を振り撒いた。高高度から侵入する四発爆撃機は陸用爆弾の絨毯爆撃を仕掛ける。護衛機はロケット弾と機銃で細かく叩いて回った。その中で気を利かせた偵察機が危険を冒して着弾の観測任務を買って出る。


「電源異常な~し」


「装填作業開始」


 九〇式二十四糎列車加農砲は上部の砲本体に限り、フランスの大砲屋であるシュナイダー社製だった。フランスと聞いて不安に思われるかもしれない。意外にも、フランス製兵器はどれもこれも優秀だ。シュナイダー社は75mm野砲に代表される大砲屋で、24糎列車加農砲は日仏同盟の連合ブロック経済の一環で輸出している。51口径の超長砲身から撃ち出される砲弾の最大射程は約42kmを誇った。


 本列車砲と別に長門級の41cm砲を参考にした、四十一糎列車砲計画が存在する。こちらは規模が肥大化し費用から運用まで非効率的と判断され、シュナイダー社に列車加農砲を注文した方が安上がりとした。更に、列車砲でなくとも要塞砲は空母化した戦艦の主砲を転用すれば安く仕上がる。


「一寸の狂いも許すな。僅かな緩みで鉄橋から外れる」


「砲弾及び装薬上げ」


 エレベーターで砲弾と装薬が持ち上げられ、次は屈強な兵士複数名がトレーに置いた。24cm榴弾は約700kgで済んだが、ドイツ軍80cm列車砲は榴弾で約5t、べトン弾で約7tもある。いかに80cm砲が規格外で常軌を逸するか理解させられた。砲弾の装填自体は油圧を用いた装填装置が行う。電源車からの安定した電力供給もあり、口径の割にスムーズに進んだ。それでも、一般的な重砲よりかは圧倒的に手間と時間を要する。


「装填開始」


 作業に従事する兵士たちは、額に汗を浮かべながらも冷静を貫いた。巨砲の宿命として射撃回数は圧倒的に少ない。一発一発が大事になり初弾必中どころか全弾必中が要求された。ましてや、狙いがズレてはいけない鉄橋だと尚更に引き上げられる。最大射程のイマン川鉄橋を砲撃する仰角は大きかった。全4門の九〇式二十四糎列車加農砲は数秒の差こそあれど一様にリマン川鉄橋を睨んでいる。


「爆撃の一時中断を確認した!」


 爆撃が生じさせる揺れで照準が狂う可能性は十分に考えられた。列車砲の砲撃前に爆弾とロケット弾を用いた攻撃は一区切りである。燃料に余裕のある機は影響が小さい機銃掃射でお茶を濁した。また、上空には百式司令部偵察機が残留し、自慢の高速を以て対空砲火を掻い潜る。偵察機は燃料が尽きるギリギリまで弾着観測と戦果確認を担当した。敵の補給を断つことに勝る手段は皆無と認識しているが故に限界まで粘り、仮に撃墜されても鉄橋を崩落させられたならば万歳を三唱するだろう。


「退避急げよ!」


「指定箇所で退避したら耳を塞げ!」


 作業を終えた兵士は急いで指定場所に退避した。口径が小さめの24cmと雖も射撃時の反動による砲の後退は大きく危険を伴う。音は容易く鼓膜を破るが配置の都合で近場の者は耳当てを着用し耳を守った。


「イマン川鉄橋に一号から四号まで順番に砲撃する!」


 観測所からの情報を基に全砲門を統括する現場指揮所が計画通りに進めることを命じる。一斉射しても面白いが相互干渉して僅かにズレが生じることを鑑みてタイムラグを敢えて設けた。


 全員の退避完了を確認次第に間髪入れず一号砲が雄叫びを挙げる。


 4発の24cm榴弾は一様にイマン川鉄橋へ突き進んだ。ソ連軍は虎頭要塞から聞こえた砲撃音に思わず身構えてしまう。しかし、砲弾はソ連兵を嘲笑するように図上を飛んでいった。後方の弾薬集積所を狙ったのかと訝しげだが、高位の者は顔面蒼白になる。


~ソ連軍陣地~


「ヤポンスキーの狙いは鉄橋だ!」


「馬鹿な!そのために迂回させたはず、届くわけがない」


 ソ連軍はシベリア鉄道が虎頭要塞から砲撃される危険を察知し、線路を数キロ程度迂回させる工事を行った。当時の列車砲では射程距離圏外であり安全に鉄道を運航させられる。しかし、航空機の発達で奥深くまで切り込む爆撃機が登場すると、シベリア鉄道専属の航空隊を組織した。臨時の貨物駅には高射機関砲と高射砲を設置して盤石を築き上げる。


「双眼鏡を貸せっ!」


 部下から双眼鏡を分捕りイマン川に架かる鉄橋を観察した。軍事列車の運行は終了して列車の巻き込まれは回避されたが危機は変わらない。砲弾が手前に落下するか外れるか祈るしかできなかった。鉄橋をコンクリートで覆う大工事を施す計画はあれど、あっという間に白紙に追いやられたのが口惜しい。


 小さなヤポンスキーが大祖国に牙を剥くなどあり得ないと慢心した。


 鉄橋へ大重量榴弾が直撃すると、弾頭にたっぷり詰め込まれた魚雷用の高性能炸薬が破壊をもたらす。シベリア鉄道破壊専用の高価な砲弾は相応の働きを敵味方へ見せつけた。


 合計4発は鉄橋に満遍なく突き刺さり、上部構造物をふっ飛ばしている。鉄の骨組みは拉げられて、切られて、捩じられて等々の凄惨な姿へ変わった。線路も完膚なきまで引っぺがされる。もっとも、大祖国の人海戦術を展開して一両日中とはいかなくても数日で復旧した。そうは問屋が卸さないと修正射撃が待っている。


「なんてことだ…なんてことだ…」


「あの丘だ!あそこにヤポンスキーの砲台がある!」


 要塞各地に設けられた砲台の中でも、一際目立つ丘陵に下手人が潜むと確信した。直ちに砲兵隊に対して反撃を指示する。しかし、203mm榴弾砲と280mm臼砲は爆撃の優先攻撃目標に設定され大損害を出した。更に、ソ連軍超重砲陣地には戦艦級の砲撃が降り注いでいる。


 これは虎頭要塞の扶桑砲台の仕業だった。射程距離は九〇式二十四糎列車加農砲の半分程度だが、20kmを超える長射程で前述した、ソ連軍超重砲の203mmB-4榴弾砲及び280mmBr-5臼砲を上回る。つまり、ソ連軍が列車砲陣地への反撃を試みた途端に扶桑砲台から36cn榴弾や三式弾改が降りかかった。


 特に三式弾改は対地用焼夷榴散弾である。内部に大量の黄燐弾がぎっしりとずっしりと詰められた。ナパーム弾に比べて燃焼の威力は劣るが毒を併せ持つ。そして、照明弾として敵兵の目を潰して行動を阻害し、友軍には敵兵の場所を分かりやすく示した。


「ヤポンスキーの雑兵どもめぇ!」


 恨み節を吐いても状況は好転しない。この後も鉄橋に対して迎撃不可能な砲撃が繰り返された。上部構造物から基礎の部分まで完膚なきまで破壊されていき、自重に耐え切れなくなってイマン川鉄橋は崩落する。


 虎頭要塞を攻めるソ連軍はシベリア鉄道の補給が絶たれ背水の陣となった。もう要塞を陥落させる以外に生き残る道は無い。しかし、日本軍は一切手を抜かなかった。シベリア鉄道を絶たれたことに追い打ちをかけるナパーム弾空襲が放たれる。


続く

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