第133話 始動せし列車砲はシベリア鉄道を睨んだ

~前書き~

 本当は1話完結にしたかったのですが、想像以上に文字数が嵩んでしまい、2話(予定)に分けてお送りします。ご理解の程よろしくお願いいたします。


~本編~


9月2日


 ソ連の電撃的な中華民国及び大日本帝国への侵攻は大半が失敗した。中華民国の斉斉哈爾と哈爾濱方面の北部は突破されたが、深く入り込んだソ連軍は補給に手間取っている。米軍の名付けたソ連軍の溜まり場こと「ポケット」へ空からの猛烈な攻撃が加えられるためだ。日本軍に鍛えられた中華民国空軍は供与された機が大半を占める。しかし、ようやく手に入れた中華の平穏を守り抜くと奮起した。失われた機材は多くても戦場はホームのため迅速に救助され、兵士の消耗はソ連軍に比べ抑えられている。


 占守島や択捉島、南樺太など日本領への侵攻は、ゲリラ戦の展開で遅延を余儀なくされた。島嶼部は海軍が出動して上陸隊を守備隊と挟み撃ちにしたり、追加の補給を断ったりして干上がらせる。樺太は陸続きのため苦戦が続きジリジリと押され、海軍の陸戦隊500名が援軍として送られた。


 さて、国境線の激闘が続く中で転機を見せたのが虎頭要塞である。


「シベリア鉄道への爆撃の首尾は」


「陸海空軍の爆撃機を総動員して鉄路を破壊しておりますが、なにせ防空体制は堅く高射砲と機銃が満遍なく敷かれました。空からの攻撃で断つことは困難です。やはり、我々の列車砲を用いてイマン川鉄橋を破壊しなければ、敵軍の補給を完全に遮断するのは難しいと」


「航空偵察では戦車隊の補充が相次いでおり、西のハイラル要塞の突破を諦めて、東からの南下を画策していると読みました」


 地図を見ればハイラル要塞から中華民国の要衝を目指すのは遠いのが分かった。東の虎頭要塞を陥落させて沿岸部を進撃し、一気に南部まで制圧した方が短期間で収束させられる。ソ連は電撃的な侵攻による短期決戦を望んだ。日中軍は泥沼化を狙い要塞線の防御やゲリラ戦、各国義勇軍の柔軟な運用を展開する。


 スターリンの「9月中には終わらせろ」との一言で計画を変更した。奥方まで入りこめている北部への圧力を取り払うため、虎頭要塞を直ちに落とすことで東と北からの押し込みを図る。西は日中軍を釘付けにする囮役を与えて動かさず、その代わり、工場で生産されたT-34とT-44、IS-3をシベリア鉄道で極東へ送り込んだ。


「そろそろ決断の時期ではないでしょうか。扶桑砲は健在ですが重砲の欠落が目立ちます。将兵の士気を維持するには巨砲の一撃が必要であり、シベリア鉄道の鉄橋を崩落させることで奮起しましょう。敵軍は弾薬と食料がすり減り、むやみやたらな突撃も嵐の砲撃も消えます」


「足りない。それだけではソ連軍が撤退するとは思えない。機甲師団を全滅覚悟でぶつけて来る奴らを甘く見積もってはいけない。あまり、使いたくなかったが、空軍にナパーム爆撃を要請する」


「鉄路ごと機甲師団を焼き尽くし、蒸し上げると仰りますか…」


「既存の焼夷弾とは隔絶した威力のため、安易な使用は躊躇われますが、社会主義に染まるよりは圧倒的にマシです。司令の決断を尊重いたします」


 虎頭要塞への攻撃は苛烈どころの話ではなく、要塞本体と周辺の陣地は常に砲撃に見舞われた。ソ連自慢の野砲が火を噴いては要塞を穿ち、防御の薄い陣地は破砕される。要塞に守られた砲台は健在でも着弾の音や衝撃が鬱陶しかった。士気の低下が懸念されて当然である。そこで、士気を維持するため航空隊が上空を通過し敵軍へ襲い掛かる一大ショーを演じたり、九八式臼砲や七年式三十糎榴弾砲といった巨砲が敵兵をふっ飛ばしたり工夫を凝らした。


 しかし、最前線のトーチカや塹壕で歩兵砲や速射砲を構える兵士への効果は薄い。彼らは最も過酷な環境に置かれた。そして、無謀な突撃を仕掛けるソ連兵への対応に追われる。小銃又は短機関銃を以て「ウラーッ!」と叫ぶ姿は勇ましいが、味方の機関銃及び野砲は彼らに向けられた。常識的に逃亡とは見えない遮蔽物の確保等でも背後から銃弾又は砲弾が飛んでくる。よって、前に進むしかない敵兵は12.7mmと7.7mmの重機関銃に薙ぎ払われた。接近に成功しても、歩兵砲と速射砲の榴散弾(キャニスター弾)が出迎える。目の前で倒れるソ連兵には同情こそしないが、何とも言えない複雑な感情が噴出した。


「ナパーム弾については米軍の許可も得るように。あれは米軍が開発したもので、筋を通しておきたい」


「承知いたしました。伝手を使って連絡を図ります」


 この突撃に重戦車と中戦車の機甲師団が加わると防御は崩れる。現在は航空隊の爆撃と米軍戦車隊の活躍で食い止めた。特にパーシング重戦車がIS-2と互角に立ち回る。主砲の90mm砲は122mm砲に威力は劣れど取り回しで勝った。砲塔だけ出したハルダウン戦法と相まって突撃を防ぐ。M4(76.2mm砲)も迂回攻撃で側面を衝き、確実に削った。備え付けられたブローニングも強力である。肉弾攻撃に頼る敵兵を振り払った。


 それでも、とにかくソ連は数をぶつけて、圧倒的な数の前には耐え切れるかどうか微妙である。もっとも、ソ連軍も大軍の運搬には鉄道頼りで戦車は自走するには遠すぎた。武器弾薬も併せてシベリア鉄道一本で移送せざるを得ない。つまり、鉄路を絶たれると攻城戦の性質もあって、大軍はあっという間に大軍は干上がった。


「速やかに本土の空軍と米軍に要請します。これは参謀である私のです」


「すまない」


「中華民国軍にも話を通して、ゲリラ襲撃の計画を変えてもらいます」


「頼んだ」


 シベリア鉄道の重要性は互いに理解して、日中軍は航空戦力を以て、貨物駅や線路を破壊しようと試みる。ソ連軍はノモンハンの反省から、シベリア鉄道専門の航空隊を組織した。海から日米空母機動部隊の圧迫も加わったが、ソ連領で防空体制が充実している。なかなか鉄道の完全な断絶には至らなかった。


 したがって、虎頭要塞の切り札である巨砲の出番が訪れ、迎撃不可能な列車砲の砲撃で鉄橋を破壊する。砲数は限られる都合で重要施設をピンポイントに破壊した。これだけでは不足が否めず、空軍への要請を介して秘密兵器を投入する。


「二十四糎列車加農砲全門の用意を急がせる。同時に対空車両を動員して察知された際の爆撃に備えさせろ」


「はっ、直ちに!」


 虎頭要塞を含めた東部方面総司令官の樋口季一郎中将は腹を括った。中華民国と大日本帝国ひいてはアジアを社会主義の濁流から守る。そのために鬼となってソ連軍を入念に叩くことを決意した。


 シベリア鉄道イマン川鉄橋砲撃計画は予め練られている。司令官から命が下ると即座に準備が進められた。ただ、規模が規模だけに大変な騒ぎであり、正確なピンポイントを追求する。どうしても翌日にまでずれ込んでしまった。この空白を是とせず察知された際の爆撃に備えて対空車両を集中させる。また、要塞砲に対する砲弾の使用制限を一時的に解除して敵軍の意識を奪い去った。


 特設された軍事鉄道が稼働して倉庫の中から、九〇式二十四糎列車加農砲の4編成全てが移動を開始する。列車砲の機動力は自走砲に比べてゆっくりでも、猛訓練の賜物でスムーズに作業は進められた。対空警戒のため軽戦車流用の対空戦車やハーフトラック改造対空戦闘車が出現する。


「噂の列車砲、是非とも拝ませてもらいたい」


「停車させたら、自分も見せてもらっていいですか」


「敵機が見られないなら、まぁ大丈夫だろう」


 装輪装甲車に押されて少数のみ生産された九八式軽戦車を流用し、製造された対空戦車が先に準備を整えて列車砲の到着を待った。オープントップ式砲塔にエリコン社20mm対空機関砲を連装で2門を装備する。これは一式対空戦車タキと呼ばれる車両で機甲部隊に随伴できる対空戦車だ。


「切り札を温存しておくのは勿体なさ過ぎるんだな」


 虎頭要塞の巨砲が咆哮する。


続く

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