第119話 山本五十六大将の隠し玉

1945年7月


 ドイツについては欧米に任せて日本は譲渡された委任統治領の独立を推進した。日本への留学を建前に亡命していた指導者が帰国すると加速する。その際に現地警察や軍を整備しなければならない。しかし、自前で全て用意できるほどの力を持たなかった。したがって、基本的には日本軍の中古品が無償譲渡される。弾薬の規格も日本製に統一され太平洋体制で融通を利かせた。東南アジアや島嶼部の国々は海軍も揃えるため、日本海軍から旧式艦を無償で供与される。


 軍備以外の内政や外交については現地第一の大原則により一切干渉しなかった。日本へ移管するに伴い総責任者となった今村均大将の方針が貫かれる。独立が遅れて未だに日本の統治下にある地域でも今村大将は「独立の父」と親しまれた。まだ全ての独立は完了していないが、極東から遥々欧州に来てドイツと戦ったことに加えて、日本の働きは国際社会で高く評価されている。


 アジア解放と独立が進むのと同時並行で対ソの防御を固めた。侵入が予想される満蒙国境には中華民国陸軍と日本陸軍(樋口中将指揮)が展開し、重要な制空権を確保し続ける空軍は柔らかい土の前線飛行場を設ける。更に報復措置としてウラジオストクを破壊する海軍も配置を転換した。陸上戦闘が大半を占めると雖も海軍の存在は大きく、世界最強の名に恥じない戦闘を見せつけるため、山本五十六大将は秘蔵の切り札を用意する。


~帝都~


「いわゆる、航空主兵の人間として皇国に匹敵する排水量7万トンから8万トンの超弩級空母は是が非でも実現したくありました。時代がジェット機に移ることを踏まえて装甲化を施して、格納庫なども将来的な改装を見据えた設計です」


「『江戸』と『大坂』の二隻だけでも200機に迫る艦載機を運用できるとは驚きました。本土に引き上げた空母にアメリカ海軍の機動部隊を加えればウラジオストクのみならず、内陸の方のシベリア鉄道も満遍なく破壊しモスクワを揺るがせた。そして、皇国に並ぶ超弩級空母の存在はアメリカに対し警告となるというわけですか」


「練度は十分なのですか。いくらなんでも早すぎると思いました」


「前線から引き上げた熟練兵と新兵が混じり、月月火水木金金を徹底しています。また、対艦攻撃ではなく対地攻撃では概して固定目標であり、ソ連軍は地上部隊に対空能力を付与することに劣りました。投入される戦闘機及び爆撃機は総じて頑丈な機体なので簡単に撃墜されません」


「基地航空隊もありますし、日本海は我々の領域です。万が一に備える救助も万全を期しております。欧州戦線に比べれば遥かに易しいでしょう」


「わかりました。とにかく、ソ連軍の濁流を食い止めて跳ね返さねばなりません」


 前提として、会議に出席している山本五十六大将は連合艦隊司令長官の椅子を降りている。しかし、現海軍大臣の米内光政氏の後継者に指名されると従前以上の影響力を有した。総合戦略研究所の下した航空主兵への切り替えた際に有力者となってから、世界最高峰の空母機動部隊を揃えるために全力を尽くし、アメリカ海軍キンケイド中将を介して日米太平洋艦隊の調整を続ける。海軍のみならず陸空軍を超えた国際社会で通用した。


 山本大将は航空主兵の人間として超超弩級戦艦『皇国』の建造を認める代わりに注文をつけた。皇国と同時並行で超弩級空母の建造も開始させたのである。日本は超大型空母を建造できるだけの技術力を培った。全国各地の工業地帯を活用したブロック工法を確立した。要求される資源を委任統治領及び友邦国(主にオーストラリア)から確保した。主力艦の損害もイギリス本土やスエズ等で修復できる範囲に収まり、国内の造船所に余裕があることを存分に活かした。


 艦船以外の航空機や戦車、小銃など多種多様な武器弾薬は、中華民国に委託生産したり、アメリカのレンドリースを受けたり、イギリス製品を活用したり等々の工夫で確保している。弾薬の規格は連合国軍で共通化させたことが甲を奏し、前線の将兵は急に外国製を渡されても、少ない時間で慣れて己の物とした。ちなみに、日本製の軽機関銃や重擲弾筒、ロケット砲が米英仏軍へ供与されることもある。


「そう言えば、私も江戸と大坂の実物を拝見しましたが、あの特徴的な…えっと、あれはなんという」


「英語でアングルド・デッキと言います」


「そうそう、あれは見事な発想です。我々は陸上機ですから、とても思いつくことではなく」


 本題に入り、超弩級空母は現段階で『江戸』と『大坂』の2隻が登場した。特に〇〇型(級)の括りはなく単艦同士である。これは新機軸をふんだんに盛り込んだ試作の要素が強いためだ。試作の色が濃くても日本空母の粋を集めて建造されて性能は圧巻に尽きる。


 その排水量は基準時点で7万トンを超えて全長は300mに達するが飛行甲板自体は290mと少し短い。横幅は特徴的なアングルド・デッキを含めた上で約70mという数値が浮上した。この時点で凄まじい大型空母であることは、皆様のご理解をいただけるだろう。もちろん、飛行甲板は大鳳型で得た装甲化が施されて重心が高くなるのを引き換えに重装甲を得た。装甲飛行甲板はドイツ空軍の近接航空支援機の爆撃に対し高い防御力を誇り、簡便な応急修理を済ませて直ぐに艦載機運用を再開させられる。設計にはイギリス海軍イラストリアス級の反省点が盛り込まれ、艦載機の不足を生じないよう格納庫には工夫が凝らされた。なお、アメリカ海軍もミッドウェイ級装甲空母を建造して、日本海軍と似た工夫が行われる。


 艦載機は最大で130機に達するが原則として100機少々の運用となった。艦戦は『烈風』を艦爆・艦攻は『流星』を暫く運用する。しかし、ジェットの波には遅れたくない。したがって、鋭意開発中の新型ジェット戦闘機とジェット爆撃機を扱える余裕を有し、仮に改装する必要が生じれば余裕を消化して対応した。


 そして、江戸と大坂で最も目を引くのは、言わずもがな、アングルド・デッキという飛行甲板だろう。従来は直線的な飛行甲板が当たり前で日英米は一様に採用した。ただ、イギリス海軍は着艦の失敗により、前方に停止する機と衝突する事故を懸念する。速度の遅い複葉機や初期の単葉機は訓練や工夫で防げたが、技術の進歩により高速化が著しくなると限界が否めなかった。特にジェット艦載機を考えると事故の危険は跳ね上がり対策は必須となる。


 そこで、彼らは斜めの飛行甲板を考案して空母先進国の日本を頼った。当時のイギリス海軍は空母の改良どころでない。ここは戦場から遠く離れて実験が容易な日本の地で合同研究した。中型空母の実験を経て直線から9度の角度を与えたアングルド・デッキが好ましいと判明する。着陸に失敗しても前方で停止する機は安全が約束された。また、着艦作業と発艦作業が別々に分かれて相互干渉しないため作業効率が上がる。カタパルトの設置数次第では同時発艦の数を増やすことが可能になった。


 もっとも、まだ初期のため手探りである。


「海上の空母は制約が多く地上基地程の余裕がありません。江戸と大坂は洋上基地と言えても陸上には敵わなかった。敗北主義と罵られるのを覚悟で申し上げます。どうか、陸軍と空軍のお力もお貸しいただきたい。海軍だけでは勝てぬ戦いです」


「創設から1年も経過していませんが、有り難いことに機材は十分に満ちました。爆撃機も戦略爆撃軍時代から引き継がれ、敵機に限らず母地を完膚なきまで破壊してみせましょう」


「陸軍も疾風と五式戦を押し立て制空権は絶対に渡しません。そして、高速爆撃機と襲撃機を以て戦車師団を片っ端から撃滅する。地上戦は中華民国軍が担当しますが、長き歴史に裏打ちされた戦いを期待しました」


「ありがたく、頼もしいお言葉です」


 空軍は自前の機体を用意するため各メーカーにジェット機を発注しているが、当然ながら間に合うはずがなく、陸海軍機と供与された機体を混在して運用せざるを得なかった。陸軍航空隊は主力機を三式戦飛燕から四式戦疾風へ移行し、余った三式戦を流用した現地改造機の五式戦が穴埋めする。両機については満州の守りを綴る際に回させてもらう。


「三軍の航空戦力を集中させ赤い濁流を叩き出す。約束を反故にした罰は必ず与えねば」


続く


~後書き~

※『大坂』については『江戸』に合わせて江戸時代の地名の大坂を採っています

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