第117話 ドイツ降伏

1945年5月1日


 ベルリン中心部にある国会議事堂に日の丸が掲げられた。


 同時に日本兵及びアジア系志願兵の「万歳」が叫ばれた。


「バンザーイ」


「バンザーイ」


「バンザーイ」


 ベルリン市街地の戦いは当初の頑強な抵抗から一転して、ドミノ倒しのように続いた守備兵の降伏により、拍子抜けするような終結を収める。東西から挟まれてベルリンを包囲され、ドレスデンが壊滅的な打撃を受ける等々が重なり、国家元首のヒトラーは覚悟を決めて自決すると勝負は決まった。ヒトラー自決後はカール・デーニッツ提督を首領に据えたフレンスブルク政府が成立する。そして、国防軍は好機到来と言わんばかりに連合国軍へ降伏した。ソ連軍よりも連合国軍に降伏した方が総じて好ましいため、前線の将兵は潔く武器を捨てるとベルリン中心部への道を案内した。


 連合国軍の最先鋒は日本軍戦車隊が務めた都合でベルリン一番乗りを果たす。ベルリン入城次第に国会議事堂などを制圧した。現場の高度な処理は中途半端な将兵では務まらないため、山下奉文大将がオランダから輸送機で急行する。それから暫く経ち、ソ連軍が突入した頃には国会議事堂には日の丸が翻った。国会議事堂前の広場には濃緑色に塗装されたチリ、ホリ、チト、チハⅢが並べられる。更に、イギリス軍のチャーチルMk-Ⅶやクロムウェル、アメリカ軍のT26E3パーシングも置かれた。イギリス軍とアメリカ軍の戦車隊は暫定的に山下大将の指揮下にある。多国籍戦車隊の主砲は漏れなくソ連軍に向けられた。あくまでも、ベルリンを制圧しているのは日本軍だと主張している。ソ連軍は高位の司令官を欠いた都合で一旦引き下がり体勢を立て直すため後退した。


 山下大将は正式な降伏文書の調印及び批准を進めたいが証人が要される。したがって、アメリカ代表のカール・スパーツ陸軍大将及びフランス代表のジャン・ド・ラトル・ド・タシニ陸軍大将の到着を待った。日本軍単独で降伏文書の調印と批准を進めては確立が危ぶまれる。連合国軍の代表者を証人として招聘して署名を加えたが、ソ連軍は戦闘に関与していないことを理由に除いた。ソ連軍が介入する前に降伏手続きを進めることはドイツ軍も望んで利害が一致して加速する。


 国会議事堂に設置し臨時の総司令官で山下大将は先に到着した栗林忠道中将とモースヘッド中将、一緒に来たパットン将軍と語り合った。


「これで大枠の戦いは終わりました。残すは親衛隊のみですが。1週間も経てば収束するでしょう。皆様のご尽力に心から感謝申し上げます」


「やっとですか。思えば、私達はトブルク要塞からでしたか」


「今となっては懐かしいことです。しかし、多くの兵を失ったことは否めません。後悔ばかり残りました」


「何はともあれ勝ちは勝ちだ。ベルリンからドイツ全土は約束通りアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍で統治するが構わないか」


 ベルリンを制圧したのは日本軍だが将来的な統治については日本を除いた連合国で行われる。あくまでも、アジアの大国でありヨーロッパではないため統治には関与しなかった。ただし、バーターとしてアジア圏の旧植民地は委任統治領として譲渡される。順次独立するが日本を盟主とした太平洋体制に組み入れられ、実質的には日本の影響下に残り続けた。


 太平洋体制は日本を盟主に据えて中華民国・ベトナム・インドネシア・ビルマ・タイ王国(元より独立国)・マレー&シンガポール・インド・その他(太平洋の島々)から構成される。これに友邦国としてイギリス、フランス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダが参加した。名前通りの太平洋に広がる一大国際体制であり、従来のアメリカ、ヨーロッパの二大巨頭を崩し三国志を思わせる。


 この他にも様々な利を見出したが、紹介してはキリがないため割愛した。


「これから世界はどうなるのでしょうか。我らの祖国も大変動が襲うに違いない」


「アメリカは大統領が急死されてトルーマン大統領が臨時で指揮を執っている。私としてはアイゼンハワー元帥にお願いしたいところだ。彼は軍人よりも政治家の方が才能を発揮出来るぞ」


「チャーチル内閣もいずれ倒れます。オーストラリアの軍人が言うことではないですが」


 大きな戦いが終わったことに安堵して各自が将来を考えた。これで戦争自体は終幕するが激動の戦後が始まることは誰もが容易に予想できる。ドイツが倒れてヨーロッパにはソ連が台頭した。アジアは従来の植民地支配から日本の太平洋協調姿勢に大転換する。


 アメリカは長らくフランクリン・ルーズベルト大統領が率いたが無念の急死を遂げた。本来は大統領選挙を行うが戦争中で余裕が無いため、トルーマン副大統領が議会の承認を得て大統領に就任している。イギリスはチャーチル内閣が忍耐強く戦い続けて勝利を収めたが、戦争が終われば新しき時代に移るため、近いうちに総辞職することが予想された。


 日本は戦前から幣原喜重郎首相が指揮を執り続け現在に至る。しかし、幣原首相は自ら首相の座を辞するつもりであり、自分の後見人として外交の後輩である吉田茂氏を指名した。しかし、吉田茂氏も戦後の取り纏めを完了次第に辞める予定を有する。本格的な戦後内閣は憲法改正を経て男女平等の普通選挙を通して組まれた。なお、有力候補として米内光政海軍大臣が阿南陸軍大臣の支援を受け滞りなく選出される見通しが立つ。


「そう言えば、海軍の田中頼三大将から、帝国海軍は陸軍の引き上げ船を除き本土へ帰投するそうです。陸軍も一部は警備のため残りますが、大半の戦力は海軍の艦に便乗して撤収を急ぎます」


「ソ連ですな」


「はい、ソ連軍が満蒙国境に空軍を集結させているのが確認されました。ドイツの敗北を見越して東にも戦力を割き、ノモンハンのリベンジとやらを仕掛けることが危惧されます」


 ヨーロッパの大戦は終わっても、極東の紛争は燻り続けた。1939年のノモンハン紛争でソ連軍は大敗を喫している。ソ連は対独戦が始まると大慌てで日ソ中立条約を格上げし極東不可侵条約を締結した。現在も効力を発揮し続けているがソ連軍は満蒙国境に空軍を集結させる。また、少しずつではあるが戦車師団を送り込んでいることが中華民国からの通報で判明した。前回は制空権を早々に奪われて戦車戦も未熟なため敗北したが、今回は制空権を確保し独ソ戦で研鑽を積んだ戦車師団を投入する。戦車師団は強力なT-34-85やIS-2、IS-3、SU-85、SU-152と新型を多く揃えた。


「勝てる見込みはあるのか聞いても意味がないな。そうだな、パーシングを援軍に送るよう紹介状を書ける」


「それは政府間の調整に任せます。ヨーロッパの戦いでは現場判断が利きました。しかし、満蒙国境の戦いは中華民国も含まれるため、軍人が関与するのは避けるべき外交に依ります」


 正式な表明でこそないが、アメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダの四ヶ国は義勇軍の名目で軍を派遣する用意があった。対枢軸国の戦いで連帯感を増して絆を深めたと言えば美麗だが、対ソを警戒するのは皆が同じであり、ソ連製新型戦車を相手に自国の兵器が通用するかテストしたい。これからは平和な時代が訪れるため貴重な実戦の試験場は提供されないからだ。


「仮に陸が押し込まれても本土の基地航空隊から発した重爆撃機が猛爆撃を加えます。ソ連空軍が制空権を確保するのに必死でしょうが、鍛え抜かれた中華民国空軍には及びませんよ」


 ソ連の戦闘機もMig-3やLa-5、La-7、Yak-7、Yak-9が揃ってドイツ機を圧倒した。もっとも、中華民国空軍及び日本空軍も飛燕や疾風、五式戦を運用して供与やライセンス生産するP-47とP-51も揃えている。前線から帰還し教官となったベテランに鍛え抜かれた戦闘機隊は牙と爪を磨き上げた。


「それに、あの田中頼三大将のことですから、報復措置としてウラジオストクへの艦砲射撃や空爆も想定しているでしょう。ソ連が我らの約束を反故にした際は憂い目に遭います。アジアの曙は沈みません」


続く

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