第115話 運命の日

1945年4月18日


 ドイツ・ヘルゴラント島の付近に大日本帝国海軍の新生四四艦隊が広がった。ドイツ海軍の水上艦は殆ど沈んだか、海上砲台に転用されており世界最強級の機動部隊には何らの脅威ではない。新生四四艦隊も含まれるが連合国軍は日英米の三カ国を主力に戦艦による水上打撃艦隊と空母による機動部隊を派遣した。沿岸基地を無効化したり内陸で戦う地上部隊を支援したりと仕事は多い。なお、末期の末期にまで至ると戦場はベルリンなど内陸に集中した。


 新生四四艦隊は空母『赤城』『天城』『加賀』『土佐』『隼鷹』『飛鷹』『白鷹』『大鷹』の計8隻が対地攻撃を担当する。空母の周囲には防空艦が多数置かれているが本来とは外れた対潜戦闘が多かった。その対潜戦闘も上空の四式飛行艇や東北改の対潜哨戒機による誘導に従い、爆雷や迫撃砲(ヘッジホッグ)を投射するだけの簡単な仕事である。対潜哨戒機は日英同盟に基づく技術協力で磁器探知機や逆探知装置の実用化、探信儀の飛躍的な性能向上と最新鋭が詰め込まれた。


 伝説のUボートはすっかり忘れ去られている。


「第三次攻撃隊、発艦始め」


「欧州に派遣されて4年が経過しましたが、我々は変わらず海から艦載機を発するだけです。あまり大きな声で言えることではありませんが、つまらないものです」


「それだけ、地上の友が踏ん張っているんだ。我々がつまらないで済むのは陸軍の大健闘のおかげである。祖国に限らない全ての陸軍のため輸送線を確保し続け、地上の敵防御線を端から端まで爆撃しなければならん」


 角田覚治大将は旗艦を『赤城』から波状的な対地攻撃を徹底させた。艦載機は最新鋭の『烈風』や『流星』に順次更新されている。イギリス本土から油槽船と輸送船のピストン輸送を受けられる点を存分に発揮した。陸軍による現在進行形のベルリン特急作戦の支援として、空母8隻から内陸の敵防御線に対し艦載機が差し向けられる。もちろん、フランスやライン川に連合国軍の航空基地や前線飛行場が整備された。主に陸軍航空隊が配置されるが、ドイツ空軍は最後の力を振り絞り抵抗する。緒戦から続く伝統的な近接航空支援を貫いては、連合国軍に多少なりとも損害を与えることに成功した。海上の空母機動部隊は移動できる強みを活かして神出鬼没の攻撃を与える。陸軍航空隊のように重装備の双発以上の爆撃機を運用できない代わりに機動力の高さを活かした。


 要は陸軍航空隊と海軍空母機動部隊で棲み分けを図ったのである。


「それにしても、流星は素晴らしい機体です。従来の艦上爆撃機と艦上攻撃機を一本化したのは大きな功績と言えます。陸軍は流星に触発されて汎用性を重視した多用途爆撃機を開発中と」


「連日のように整備に追われる兵士たちは大喜びです。流星を開発したことは大正解でしょうよ」


「これも外交と同盟のおかげだ。軍人が無駄に威張るのはいけない」


 基本的に艦載機は艦上戦闘機・艦上爆撃機・艦上攻撃機の三種から構成された。例外的に対潜哨戒機や艦上偵察機も見られるが基本は三種となる。日本海軍は現場の負担を軽減するため、統一されたマニュアルを作成して教育段階でも職人的でなく合理的を追求した。その一環として、新型機の開発でも部品数の低減など行われたが、抜本的な改革に攻撃機と爆撃機の一本化が浮上する。そもそも論で爆撃機と攻撃機を統一して爆撃と雷撃を両方担える機体を開発すれば解決してしまった。整備する機体を1種減らすだけでも負担は大きく減じられる。


 そして、誕生したのが艦上攻撃機の『流星』で日本の航空機技術の集大成の一つに数えられる。具体的には、積み上げた経験と日英同盟による2000馬力ターボプロップエンジン、九六式艦戦やF4Uで培った逆ガル翼、日本独自のフラップ、波板構造とオンパレードだった。しかし、特筆すべきは圧倒的なペイロード(兵器搭載量)に収束し、当初の爆撃と雷撃の両立が霞む程の最大2000kgを誇る。敵国ドイツは水上艦が少なく雷撃任務自体が稀なことで、航空雷撃は求められる練度の高さに伴う育成の遅さが足を引っ張った。流星の開発に際して雷撃の優先度が引き下げられたのが圧巻のペイロードを誘発する。


 流星(初期型)は対地攻撃で無類の破壊力を誇ったが、大型空母以外に運用できないため配備された数は少ない。先行生産型と称して着艦フック等をオミットした地上機型もあるが、こちらは陸軍航空隊に貸し出されて活躍を見せた。陸軍は対戦車に特化した襲撃機を爆撃機に統一したい思惑から流星を参考に新型機の開発を決定する。


「哨戒機より、B-29爆撃機が単騎で上空を通過すると入りました」


「単騎?気象観測機でしょうか」


「かもしれん。第三次攻撃隊には味方のアメリカ機と強く認識させるように。それと、B-29には職務の遂行と安全な飛行を祈ると送りなさい」


「はっ!」


 対空警戒に従事する五式飛行艇(空対空電探搭載型)が高度1万を飛行する1機のB-29を捕捉した。五式飛行艇はターボプロップエンジンを採用した四発機である。持ち前の長大な航続距離という超長時間の飛行能力を以て哨戒飛行に従事した。話題のB-29はイギリス本土から飛来してドイツ本土を目指す航路を採っている。当たり前だが、広義の友軍機のため発艦中の第三次攻撃隊に注意喚起を行った。そして、当該機に対しては英語で無事を祈るメッセージを送る。B-29が単騎というのは訝しむべき点でも味方ならば特段気に留めなかった。連合国軍は一致団結の協調して戦うと雖も何でもかんでも共有されはしない。むしろ、情報漏洩の恐れから共有は関係する極々限定した範囲に絞ることは十分にあり得た。


 B-29の無事を祈る新生四四艦隊は単騎である点から気象観測機と読む。重爆撃機が敵地の気象データを得るため、単騎で侵入することは珍しくなかった。航空機は技術進歩により飛躍が相次いでいる。しかし、自然の脅威は依然として恐ろしくあり気象観測を通じて有利か不利か見定めた。護衛戦闘機を付けるべきと思われようが、ドイツ空軍は燃料不足から飛べない。切り札のジェット機も整備不良から稼働率が逓減した。


 話は陸軍のベルリン特急作戦に移る。


「ベルリン入城はいつになりそうか?」


「ベルリン西部の郊外に進出しましたが頑強な抵抗に遭っています。ただ、戦意自体は東部戦線より低いらしく、日米英戦車軍団を目の当たりにして降伏する部隊も多いそうです。降伏部隊の移送等で時間を持っていかれることもあり、ベルリン突入は来月初旬と予想します」


「来月か。ソ連軍に先を越される前に入りたいが難しいだろう」


 ベルリン特急作戦は日米英海軍の支援もあり、ハンブルクを無視して一直線に突き進んだ。最初は快速戦車師団の速攻が成功して快進撃を続けたが、ライン川方面の守備兵力が転進して築いた防御線に遅延を強いられる。数少ないパンターやティーガーⅡ、ヤークトパンター、ヤークトティーガー、三号突撃砲、ヘッツアーとアニマル戦車軍団が立ち塞がる。迂回して側面を突こうにも、待ち伏せのゲリラ戦に苦しめられた。これに業を煮やしたアメリカ陸軍パットン将軍は日本陸軍山下大将と協議してT26E3パーシング重戦車、チャーチル歩兵戦車Mk-Ⅶ、五式重戦車チリ、五式砲戦車ホリの臨時的な多国籍突撃戦車隊を設定し投入する。強引に防御線を食い破り後続の快速戦車隊にベルリンへ急行させた。


「来月どころか明日にでも、一日も早く終わらせたいところです」


 角田司令以下は知る由もなかった。


 あのB-29がエノラ・ゲイであることを知らない。


 たった1発で終末の炎を巻き上げることを知らない。


続く

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