第114話 人類の業は再び ※前書き必読

~前書き~

 本話は特にアンタッチャブルな内容となっております。したがって、苦手な方は読まないことを強く推奨いたします。そして、本話を含めた本作は如何なる主義主張を行うものではなく、現実から切り離され一切関係のない架空世界の架空戦記であること、についてご理解の程よろしくお願い申し上げます。


~本編~


「その情報は間違いありませんか」


「はい、間違いありません。高度な信頼を置く筋からです。具体的には、マンハッタン計画の技術者と政府を結んでいたイギリス高官からの情報提供が基でした。B-29の特殊改造機がイギリス本土のニューベリー空軍基地に到着し、同時に海上輸送の船団から降ろされた荷物が軍の厳重な警備と共に運びこまれていると。我々はこれを原子爆弾と断定しましたが、ご出席の皆様はいかがでしょうか」


 総合戦略研究所は政府閣僚も集めた最後の大会議を開き、その場で河辺機関の河辺虎四郎中将から衝撃的な報告を受け取った。それはイギリス高官からの情報提供を挟むが信憑性は高く十分に信頼できる。


 その内容は大きく分けて二つに分けられた。


 一つはアメリカ軍が最新鋭のB-29重爆撃機の特殊改造機をイギリス本土ニューベリーのグリーナム・コモン空軍基地に移動させたことである。アメリカ軍は長らくB-17とB-24を戦略爆撃の主力機に据えた。しかし、遂に「カンザスの戦い」を経て欠陥を克服したB-29爆撃機が配備される。それがイギリス本土の空軍基地に追加されるのは特段のことではないように思われた。いいや、そのB-29は通常と異なる改造を受けている。従来の大量の爆弾を以て絨毯爆撃する方針にそぐわなかった。


 二つはアメリカ海軍によるガッチガチの護衛に囲まれた輸送船団がイギリス本土に到着し、直ちに陸軍の護衛へ交代すると同空軍基地に移動したということである。Uボートの脅威を排し切れていない以上、海軍が厳重な護衛をつけても気になることでなかった。気になるのは次の陸上に移った際も変わらずの厳重さがおかしい。苦楽を共にするイギリスの本土にもかかわらず、一切信頼していないと言わんばかりの警備の厚さは訝しんで当然だ。


 以上の二点からなるがイギリス高官はそれとなく捕捉の情報を漏らし、河辺機関は二点と断片的な情報から『原子爆弾』であると断定する。


「河辺さんが言うのですからね。しかし、問題はどこを狙うかでしょう」


 長谷川清大将の眼鏡が光ると同時に送られた指摘は尤もと言える。アメリカが原子爆弾を開発しているのは秘密会議で明かされていた。原子爆弾はドイツも開発中とされカウンターの手段に用意される。しかし、イギリスの情報機関は「ドイツが開発しているという傾向は見られないどころか熱意も皆無だ」と報告した。これにより、ドイツに対するカウンター手段という大義が消え去る。アメリカ軍が原子爆弾を使用する理由はなくなったと楽観に移行したが、まさか攻撃的な手段にスライドさせて実行に着手するとは思わなかった。


 今更であるが、河辺機関とは河辺虎四郎中将を長に置いた情報機関である。日英仏蘭四ヶ国同盟に基づくネットワークを活かし、24時間365日欠かさず情報収集から信憑性の確認など情報戦を一点集中で担った。河辺中将は陸軍の出身だが情報戦は軍・官・民は一切関係なく行われる。よって、出自を問わず幅広く人材を集めた。中には亡命フランス人や亡命ポーランド人など外国人の登用も見受けられる。


「まず第一に挙がるのはベルリンですが、違うのでしょうな」


「はい、私どもの分析ではベルリンはないと判断しました。無条件降伏を突きつけるため、国の能力を奪う真似はあり得ません。したがって、ベルリン以外となりますが沿岸の都市も除かれます」


「Uボート基地を破壊出来るのに、なぜですか」


「前線への輸送路が絶たれるからです。海上には海軍さんの大艦隊が展開してUボート基地ことブンカーを叩きました。更に前線への補給を一本でも多く通すか既存を太くするかで奮戦を続けており…」


 戦争に詳しくない者もいるため、素人の質問が飛び交った。河辺中将は表情一つ変えず粛々と答えては丁寧に説明する。嫌になってしまいそうだが常人らしからぬ精神力で職務を全うさせた。しかも、予算の都合で敵対しがちな海軍を持ち上げる配慮を見せるような、河辺中将の人間性が高く評価されて情報機関に抜擢されたのだろう。


「当ててもよろしいかな?」


「どうぞ、ご遠慮なく」


「私は思うに…ドレスデンだとね」


 別に正解を当てるゲームをしているわけではないが、陸軍大臣の阿南氏が行儀よく挙手し指名されてから答える。彼が発したドレスデンはドイツ南東部の都市であり、ソ連の大反撃を支援するため大規模な爆撃が相次いだ。一定の工業力も有して東部戦線に増援を送られることを理由に現在も爆撃を受けている。


「理由をお聞きしたい」


「簡単です。ソ連の反撃を支援するという建前で濁せる。本音は原子爆弾の脅威を見せつけて戦後を有利に進めたい。今のところ、原子爆弾を開発できているのはアメリカだけですからな。ソ連にアメリカの威光を見せつける最高の機会が訪れた」


「河辺機関も同じ読みです」


 ドレスデンは空襲を幾度となく受けているため、原子爆弾を投下する必要性を感じない。しかし、政治と外交を踏まえると対ソを念頭に置いて丁度良くなった。ソ連軍は誤爆を回避するためドレスデン方面には進出していない。仮に原子爆弾が炸裂しても被害を受けることはあり得なかった。それでも、原子爆弾の圧倒的な破壊力を目の当たりにする。ドレスデンへの原子爆弾投下は世界をリードする偉大なアメリカに反逆しないよう強く要求する意味が込められた。


「ベルリンの南方にあります故に無条件降伏を突きつける交渉も加速できます。いわば、政治・外交のためだけに、原子爆弾を使うと予想します」


「止める術はありませんか?」


「空からの投下ですから、可能性が高いのはジェット迎撃機です。ただ、現在のドイツは全ての物資が不足しています。ジェット機を飛ばす燃料も底を尽き始め首都防空に集中させている状況です。既存の戦闘機で抑え込もうにも高高度を悠々と飛行できるB-29に到達できるとは考えられません」


 ドイツ空軍の最後の希望たるジェット戦闘機の迎撃は物資不足から首都防空に限定された。海も陸も絶たれたドイツは絶望的な状況にある。あれだけ精強を誇った機甲師団もガソリン不足で動けなかった。所によっては、土に埋めて固定してしまい即席のトーチカにしているらしい。


報告の締めに河辺中将は淡々と述べた。


「私個人の意見を述べさせていただきます。日本は傍観者を貫徹するのがよろしく事後はアメリカ軍ひいてはアメリカ政府に任せましょう。日本は降りかかる火の粉から避けるのが最善と存じ上げます」


「まぁ、始めたのはアメリカですからな。日本が巻き込まれるのは御免でしょうに」


「えぇ、まったくです。全部アメリカに押し付け、我々は傍観していればよい」


 いつ決行されるのかは全て不明で予測することも困難である。もっとも、別に日本が止める等の特別なアクションは一切不要だった。アメリカのことはアメリカに任せる。それに、ベルリン特急作戦が現在進行中でも誤爆を受ける恐れは極めて低かった。そもそも論として、特別なアクションを採る根拠が無いのである。


 ただし、国内の科学者たちからの突き上げは否定できなかった。日本も原子力研究を進めるためにアインシュタイン博士らによる専門の組織を立ち上げる。彼らは専ら原子力の平和利用を進めた。したがって、原子爆弾の脅威を誰よりも理解して「使ってはならない」と再三にわたって警告する。痛いほどに理解できるが日本が自制しても諸外国をけん制するまでに至らなかった。


 原子力の怖さを知らない無知であるが故に機関車はブレーキを知らない。


 人類の業は再び現れる。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る