第113話 超重戦車最初にして最後の華

 ドイツ本土へ進撃するにあたり障壁となるのは防御線に限らず、後方に存在するドイツ自慢の大列車砲が厄介だ。列車砲は第一次大戦で終わった不要の長物と思われがちだが、防御では意外と活躍し連合国軍はアウトレンジで撃ち込まれる巨砲に苦戦を強いられる。制空権を確保して爆撃機で無防備な空から破壊すればよいと思われよう。いいや、ドイツ空軍は重要箇所に戦力を集中させ迎撃戦は航続距離の短さを無効化した。最近では最終型メッサーシュミットに最終型フォッケウルフが出現し、連合国軍のP-51やP-47、飛燕、疾風といった戦闘機と互角を誇る。しかし、数は少ないため連合国軍は損害必至の大量投入で無理やり撃破していった。


 とは言え、後方の列車砲は迎撃機と対戦車砲・野砲・高射砲・対空機銃でがっちりと固められる。ドイツ軍としても列車砲によるアウトレンジの大火力が守備の要であると認識した。この列車砲を排除しない限り進軍できても大損害を被る。速やかに列車砲を排除して機甲戦力と装甲歩兵戦力を突入させたかった。


 まず、敵機を抑えるため戦闘機に護衛された爆撃隊が先行する。一時的に敵航空機を封じて地上部隊が突入することが約された。連合国軍は多国籍でありアメリカ陸軍P-51&P-47(戦闘爆撃機)、イギリス空軍モスキート、日本海軍零戦&流星(先行配備)、日本陸軍飛燕&烈風が参加する。多国籍空軍が列車砲周辺の航空基地を襲撃している間に地上部隊が進むが、その地上部隊が既存の戦車師団や装甲歩兵なら様々な大砲に阻まれた。全ての砲撃を弾き返して列車砲を射程に捉えられる戦闘車両が欲せられ、戦車の歴史の中で「ロマン」と夢にしかならない、いわゆる超重戦車が雄たけびを挙げる。


「友軍航空隊が襲撃している間にドイツ列車砲を叩く。オニを信じて敵砲弾を無視し狙うは列車砲に絞る」


「偵察隊の情報から敵列車砲はクルップ38cmビスマルク砲を中心に据え、周りをクルップ17cmドイッチュラント砲で囲っているようです」


「38cm砲を17cmで補っているんだろう。てっきり、沿岸に置いて内陸には無いと思っていたが」


 装輪装甲車の偵察により列車砲の詳細が判明した。合計5門が確認されており列車砲陣地中央部に最大級のクルップ38cmビスマルク砲があり、その周りをクルップ17cmドイッチュラント砲が置かれる。38cmビスマルク砲は戦艦ビスマルクの主砲と同型だ。陸上で戦艦砲を振りかざす大威力の代償に再照準が面倒で速射が利かない。これを補うため17cmドイッチュラント砲が置かれた。口径に大きな差があれど地上部隊には脅威以外の何物でもなく速やかな排除が望まれる。


「列車砲破壊は本車だけじゃない。後方で待機するアメリカ陸軍の自走砲部隊が要請に応じてくれた。まったく、孤独じゃない。先を見れば味方機が激しい空戦をしている」


 意外と楽観的な空気が漂うが覚悟の現れだった。上空に多国籍空軍がいて後方にアメリカ陸軍自走砲部隊が控える。しかし、列車砲破壊任務に充当されたのは日本陸軍超重(120t)戦車オニが1両だけである。周囲に味方戦車も歩兵もおらず孤独かもしれなかった。それでも、オニの戦車兵7名は九死に一生を得るかどうかわからなくても志願する。自分達の犠牲で列車砲を排除して連合国軍が進撃できるなら万々歳を叫ぼうと。


 彼らの覚悟を無碍にしないため航空戦力は懸命に戦った。車長がキューポラから見える程に空は黒煙や爆発が支配し、後方の自走砲部隊も小粋なジョークを飛ばしてくれる。


 最初にして最後である出撃に超重戦車オニの花道を飾ろうではないか。


「対戦車砲だ!戦闘用意!」


 抜群の視力を持つ車長は対戦車砲を視認した。対戦車砲が前面に出て迎撃態勢を整えている。37mmに始まり50mmを経て75mmと88mmを主力に据えて中戦車や重戦車でも撃破されかねなかった。そんな傑作対戦車砲でも超重戦車の前には小口径に成り下がる。


ゴン ゴン ゴン


「損害無し。このまま突入します!」


「150mmの装甲を舐めるなよ」


 超重戦車オニは規格外の防御力を有した。20km/hが限界の鈍足で旋回も覚束ない足のため防御は入念である。全周旋回式砲塔の正面は150mmに防盾を追加し実質的に200mmに迫った。車体正面は150mm装甲に傾斜が加えられ数値以上の厚さに敵弾を滑らせる。75mmはおろか長砲身88mmも容易に無効化した。よって、車長は対戦車砲は無視して一直線に突っ込むよう命じるが、履帯を切断されては困るため後方の自走砲部隊に砲撃を要請する。足が遅すぎるため弾着に間に合うことなく、誤って直撃することはない。仮に至近弾を受けてもサイドスカートに75mm装甲が張られて履帯を守った。


 つまり、オニが狙うは列車砲のみに絞られる。


「歩兵が出てきたぞ、擲弾発射!」


「機銃掃射します!」


 アメリカ陸軍のM12キングコング自走砲とM7プリースト自走砲の砲撃によって対戦車砲は破壊された。しかし、列車砲を意地でも守ろうと決死隊の歩兵がパンツァーファウストを持って出現する。パンツァーファウストは成形炸薬を用いるため貫徹力は大型だと300mmに迫った。


 敵兵に対しては外付け式の擲弾発射機から40mm擲弾が吐き出される。歩兵用の八九式重擲弾筒を改良しただけに過ぎないが、絶大な威力は変わらず小型で重量も軽いため、戦車に外付けして装備できる点は高く評価した。しかし、辛うじて掻い潜った敵兵が残っている。頭を上げさせないよう車体の7.7mm重機関銃が猛った。車内には整備手の名目で便利屋の予備要員がいて今は機銃手についている。


「見え始めたぞ!破砕砲の用意急げ!」


「射程まだ!」


「もう少し足が速ければな…」


 残骸と化した対戦車砲を巨体を以て踏みつぶしては確実に迫った。鈍足でも一歩一歩踏みしめる。上空の味方機は敵戦闘機と死闘を繰り広げて爆撃機は列車砲の防御を崩した。自走砲部隊の砲撃も上空の観測機を介して誤射・誤爆を排して制圧を怠らない。連合国軍は所々で不協和音が聞かれると雖も現場の戦場は万物より堅し一体感が存在した。


「射程間もなく!」


「弾種は榴弾、装填!」


「装填いそげぇぇ!」


 オニの主砲は破壊力を重視したイギリス製オードナンス165mm破砕砲である。大口径で短砲身の大まかには榴弾砲に分類された。主に榴弾や榴散弾の発射に適したが対障害物にイギリス特製の粘着榴弾(HESH)、対戦車に対戦車榴弾(HEAT)を装填可能らしい。もっとも、今回は大柄な列車砲は装甲を持たぬため、大威力の榴弾を使用した。


「的は大きい!止まらず撃て!」


「装填完了ぉ!」


 砲塔内には破砕砲を装填する担当員が2名いる。ただし、重量軽減で補助装填装置は装備されなかった。屈強な兵士が2名がかりでも装填速度は分間で1.5~2発とされる。これは榴弾の重量が約30kgと凄まじく重い上に装填方法が一般的な分離式ではなく砲弾と装薬が一体だからだ。


 そして、砲手は冷静に努めつつ移動中の射撃を図る。オニは最速でも20m/hと遅くて大重量のおかげで移動中でも揺れが少なかった。それに列車砲は恐ろしく巨大で的が大きくあり外す可能性は低い。もちろん、列車砲のウィークポイントであるレールと車輪の間を狙った。完全に破壊しなくても脱線させるか線路を破断させて移動能力を奪う。


「発射ぁ!」


 解き放たれた榴弾は弧を描いてビスマルク列車砲へ驀進した。弾速が遅くても迎撃できるわけがなく、空襲で後退できない列車砲は格好の的となる。砲撃を察して付近にいた兵士は退避した。その直後に砲弾は列車砲の車輪部に突き刺さると大爆発する。たっぷりの高性能炸薬は驚異的な破壊力を発揮して車輪をふっ飛ばした。その他の構成する部品も破断させる。次第に38cm砲の自重に耐えられなくなり、着弾した側に負荷が集中して加わった。すると、たちまち破断が連鎖してレールから脱線する。


「まだだ!手を緩めるな!」


 まだ足りないと追撃を指示した。生き残っていた対戦車砲や歩兵が活動を再開しても気にしない。敵陣地へ突入を果たした以上は包囲され集中的に撃たれることを覚悟した。


 しかし、簡単にやられて目標を達成できなければ意味がなかろう。


「支援砲撃、ここに撃ち込んでくれ!」


「オニを信じる!」


 周囲の敵兵を払うべく自走砲部隊に支援砲撃を要請するが、驚くことに撃ち込む場所は自車周辺である。ここに10cmと15cmの砲弾が降り注ぐが構わなかった。超重戦車を信じることに貫徹する。弾着までにはタイムラグがあるため装填作業を1秒たりとも止めず次弾を発射した。


 次の165mm榴弾は先ほどから僅かにズレるが丁度良く土台に突き刺さった。装甲化されていない土台は容易に引き千切られて38cm砲を支える均衡が崩れる。足回りの破断と相まって主砲は基部から脱落した。


 これでは撃てるわけがない。


 オニは見事にビスマルク列車砲を無力化することに成功したが代償も大きかった。


「エンジンが破壊されました!」


「パンツァーファウスト…なんて威力をしている。だが、もうじき砲撃が到達する。それに17cm砲も航空隊がやってくれるだろう」


 危険を冒して接近した敵兵はエンジンにパンツァーファウストを撃ち込む。後部の装甲は薄くならざるを得なかった。圧倒的な威力を秘めるパンツァーファウストを食い止めるには至らない。エンジンを破壊されると戦車は命脈を絶たれたに等しかった。幸いなことに。砲撃は要請済みで上空の連合国軍航空隊が数をぶつけて17cm列車砲に銃爆撃を加えている。


 オニは立派に務めを果たした。


続く

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