第112話 空中発射式パンジャンドラム
~前書き~
ネタで構成されています。
~本編~
ドイツ本土への進撃を阻む防御線の中でも障害物が邪魔を極めた。連合国軍は概して機甲師団を前面に押し立て、歩兵が追従する形で進撃するため、どうしても障害物が通行及び戦闘の支障となって遅延を強いられる。車両から機動力を奪われると大幅な戦力低下に繋がった。いかに障害物を短時間で効率的に除去するかが焦点に定まり対抗策が練られる。
そこで、イギリス軍の研究者は空中発射式のパンジャンドラムを提案した。パンジャンドラムはノルマンディー上陸作戦時に投入され、見事に分厚いコンクリート防護壁を破壊する大戦果を挙げている。それを重爆撃機に搭載できるまで小型化し、且つ空中発射に耐え得るよう改造した。これをドイツ軍防御線に撃ち込む。パンジャンドラム自体は内部に高性能炸薬をぎっしり詰め込んでおり、対象が分厚い防護壁ではなくチェコの針鼠や拒馬であれば小型化しても十分に破壊できるはずだ。
そして、母機が重爆撃機であれば柔軟に運用できる。制空権さえ確保していれば護衛戦闘機を付けることを前提に各地へ投入可能だった。パンジャンドラム自体は特段複雑な兵器ではなく直ちに用意され、研究者たちは日夜改良に明け暮れて空中発射式パンジャンドラムを完成させる。なお、母機を用意する空軍は既存のハリファックスMK-Ⅵの爆弾槽を改造した。
空中発射式パンジャンドラムの初陣はニュルンベルクへ至る幹線道路に構築された防御線破壊作戦である。
モスキート(戦闘機仕様)に護衛された3機のハリファックスMK-Ⅵは地上部隊の援護も受けて防御線に迫った。ニュルンベルクはドイツ南部の大都市であり下方からベルリンを目指せる。イタリアから北上して攻める友軍と合流して道を確保するため陥落させたかった。もちろん、ドイツも重要性を認識しているため防御は極めて厚く、伝わる幹線道路には大小さまざまなトーチカや障害物が置かれ、「絶対に通さない」という意思がヒシヒシと伝わってきた。
「パンジャンドラムの安全装置解除始め」
(解除始めます!)
ハリファックスMK-Ⅵは低空飛行で可能な限り幹線道路に沿うルートを採る。空中発射式パンジャンドラムを安定して走行させるためだ。また、車両が多く通過する幹線道路へ集中的に攻撃対象が確認されたことも挙げられる
爆弾槽では機銃手が銃座から降ろされた代わりにパンジャンドラムの発射補助を担当した。低空から投下次第にロケットが起動して道路を驀進する。しかし、実行は至難の業であり、短期間で詰め込まれた猛訓練を重ね、辛うじて目標に侵入させられるまでに至った。
空中発射式に改良されたパンジャンドラムは小型化だけではない。本体を走らせるロケットモーターの出力強化、安定性に直結するジャイロ装置の高性能化、衝撃による破損を防ぐ車輪の衝撃吸収能力を向上が施された。これらの改良によって小型化しても爆弾槽に入りきらない。よって、端から全部を格納することは諦めて車輪の一部は剥き出しにした。ちなみに、剥き出しにしていた方が慣性の法則で意外と円滑に発射できることが確認されている。
剥き出しに伴い生じかねない飛行中の脱落を防止する安全装置を手順通りに素早く解除した。特殊な兵装のため安全装置も特製品であり簡単に解除できない。敵地に迫って発射までの短い間に手早く解除するため訓練を通じ頭と身体に叩き込んだ。
(解除完了!)
「発射コース乗った! 発射用意!」
「対空砲火は弱い! イギリス空軍の魂で臆せず突っ込め!」
護衛戦闘機を務めるモスキートが危険を承知で突入し、100kg爆弾を放り込んで対空火器を減殺してくれる。圧巻の高速性能で肉眼頼りの野戦用対空機銃では捕捉し切れなかった。その隙にハリファックスが理想的な高度と体勢を維持し、パンジャンドラムを勢い良く発射する。
「発射ぁ!」
「フルスロットルで離脱!」
発射後はフルスロットルで最高速を目指しながら離脱した。重爆撃機のため簡単には撃墜されないが自爆を回避するため大慌てとなる。パンジャンドラムの炸裂に巻き込まれる危険は少ないが、障害物だった破片が散弾となり襲い掛かる危険は否めなかった。とにかく逃げの一手を打つのが吉と言える。それに、仮に直撃しなかった場合に敵へ僅かでも損害を与えるため時限式の自爆装置が追加された。絶対に安全と言うためには過剰と思われる程に離れる必要がある。
さて、発射されると直ちにロケットが点火されて着地後は直進を開始した。1機当たり1発のため計3発が投下される。しかし、1発だけは微妙に窪んでいた箇所に嵌って横転した。時限式自爆装置の働きを以て役目を全うしてもらうが、残りの2発は直線的で平坦な幹線道路に乗っている。小型化と軽量化の副産物として最高速度は120km/hまで上昇した。ロケットは周囲の環境に左右され辛い利点を有して瞬く間に最高速に達する。
モスキートの襲撃から免れた兵士は悪魔の出現に恐怖を抱かざるを得なかった。
「た、退避ぃ!」
「車輪爆弾がくるぞぉ!」
ノルマンディーのコンクリート防護壁に穴を開けたパンジャンドラムは車輪爆弾と呼ばれる。プロパガンダの一種で嘲笑する名前だが実際に遭遇した際の恐怖は洒落にならなかった。考えて欲しいが、自分達へ大きな車輪がロケット噴射の時速120キロで迫って来る。上空を飛ぶ敵機よりは鈍足と雖も地に足のついた戦車の数倍では恐ろしくて堪らなかった。
それでも、冷静になって機関銃や小銃で簡単に迎撃できるかもしれない。
いいや、末期の兵士たちに余裕はなかった。
一切の迎撃を受けない2発はそれぞれ職務を完全に全うした。1発は進路がズレたのが甲を奏しコンクリートブロックに衝突する。もう1発は真っ直ぐ進み車両通行のため開けられた穴を通り、ややカーブする箇所にある建物に勢いそのまま突っ込んだ。
「た、助かった」
「ダメだ…片耳が聞こえてない」
暫く経ってから生きていることに安堵する。彼らはコンクリートブロックに土嚢を積み上げた簡易的な避難所に隠れ爆風や散弾から逃れられた。しかし、高性能炸薬の炸裂が生んだ耳をつんざく音によって鼓膜が破れる。恐る恐る潜望鏡で周囲を確認すると、せっせとこしらえた障害物が弾け飛んでいた。金属製の針鼠は解けている程度で済んだが木製の拒馬は完全に消える。コンクリートブロックも砕け散って車輪爆弾と笑ったパンジャンドラムの威力を思い知らされた。
「全部壊れやがった。これじゃ、碌な剣も盾も持たないで、敵を迎え入れることに…」
「なんて脆いんだ…」
本国の工業地帯に対する爆撃の影響が大きい。兵器以外にも工作で用いる資材の質が低下して本来発揮できる力を漸減された。一見して堅牢そうな防御でも脆くて壊れやすい。大元を締められると派生先は忽ち崩れ去った。
敵に遅延を強いる障害物が破壊されて敵戦車の侵入を招き入れる。味方戦車はおらず対戦車砲も主要都市に送られて満足な火器を持たなかった。小銃よりもパンツァーファウストが多く送られているが、歩兵携行式で簡素を突き詰めた兵器は何の工夫も無しに使うべきでない。障害物で足止めされている虚を衝いて撃破するのが常道だった。パンツァーファウストの効果的な運用まで封じられると事実上の丸裸だろうに。
また、最重要と言える通信所を破壊されたのが致命的だった。ニュルンベルクとの通信が途絶えると一気に孤立する。他の拠点へ移動したくても同様の被害を受けている可能性があった。情報を伝えるか得る手段を失うと抵抗する力から意思まで低下する。この数時間後に案の定で戦車軍団が出現すると守備兵は最後の抵抗と言わんばかり、最も数の多いパンツァーファウストで懸命に応戦するも敢無く散った。
パンジャンドラムを甘く見ないでほしい。
続く
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