第111話 ベルリン特急作戦

オランダ・アムステルダム


 古来より海運で栄えたオランダは二度目の世界大戦でドイツに占領されて統治が続いた。しかし、日本海軍陸戦隊の強襲上陸が成功して港を確保すると後続の陸軍が雪崩れ込み解放が続く。また、強襲上陸に呼応したカナダ軍が空挺奇襲を仕掛ける速攻が成功して瞬く間に解放が進んだ。現在は連合国軍の下で重要な補給拠点を構築して、ドイツ本土ライン橋頭保からデンマーク方面まで各地へ輸送を伸ばしている。


 アムステルダムの日本軍臨時司令部の上空を最新型空対空電探を搭載した四式飛行艇が哨戒飛行する中で、栗林中将と山下大将という機甲師団の巨頭が対独最終作戦について話し合う。2月に入り、連合国軍はバルジ攻勢のカウンターを仕掛けライン川の橋頭保を確保した。大きな橋をひっきりなしに車両と兵士が通過した。このライン川を前線にアメリカ・フランス・イギリスが不協和音を生じさせながらも進撃する。


「ベルリン特急作戦ですか…マッカーサー大将が承諾されると」


「はい。マッカーサー大将は日本陸海軍が北部から圧迫することにより、連合国軍が西方からの進撃を容易くできる利点を理解してくれました。特に敵Uボート基地を抑え込める点は絶大とも」


「確かに、連合国軍の輸送船団は未だにUボートにやられています」


 山下大将は栗林中将より単純に階級が高いだけでなく総合的な地位でも上だった。しかし、栗林中将の機甲師団と機械化砲兵師団を巧みに操り、あのロンメルを煙に巻いた指揮を称賛している。よって、敬意を以て緊急時でない限り基本的には敬語で丁寧に接した。


 山下大将は先日に連合国軍の総大将であるマッカーサー大将と密談の場を設ける。そこでは日本軍やカナダ・オーストラリア軍による、ベルリン特急作戦の了承を取り付けることに成功した。


 ベルリン特急作戦とは、デンマークより南下してハンブルクに代表される工業地帯は無視し、一気にベルリンを足の速い機甲師団・機械化砲兵師団で目指すという迅雷戦を指した。工業地帯にはイギリス本土航空基地やフランス本土前線飛行場より陸海空の基地航空隊が爆撃を続けて敵軍を押し留める。同時に沿岸部には海軍の機動部隊と打撃艦隊がUボート基地を破壊した。Uボート基地の破壊は直接的には関係せずとも、全連合国軍に共通する輸送船団の脅威を取り除ける。


 余談だが、海軍の打撃艦隊にはアメリカ海軍も参加した。ただし、同盟艦隊ではなく臨時的に旧式戦艦を貸し出されている。貸し出すと言っても便宜的なものであり、実際は期限の迫った砲弾の処理を図った。旧式戦艦は低速だが戦艦砲の威力は圧倒的で艦砲射撃に価値を見出せる。そして、期限の迫った砲弾は処理するのにも費用が嵩んだ。敵に吐き出した方が遥かに安価であり利益を上げられる。貸し出された日本海軍は戦艦が少ないため、アメリカ海軍旧式戦艦を借りて艦砲射撃に充当した。お互いに旨味のあることだろう。


「ベルリン特急作戦に際して、栗林中将の機械化砲兵師団及びモースヘッド中将のカナダ・オーストラリア機甲師団と我々の機甲師団を纏めたい。纏めると言いましたが、二方向からベルリンを目指すため、指揮自体は各々で執っていただいて構いません」


「そのような事を頼まれると思っておりました。私もモースヘッド中将も端から快諾のつもりです。ただ、ご存知と思いますが、私の戦車隊は損害甚だしくあります」


「はい、なんせ航空機に艦船、大砲と我が国だけでは賄い切れない消耗が続いている。幸い、アメリカから提供があるため何とかなっている状況と理解しています。M4に10cm砲を載せた急造戦車の活躍は聞いていますが、本国に補充を問い合わせたところ、北方のソ連を警戒し中華民国軍に渡す車両もあり送れないと」


「厳しいですな」


 日本軍主力戦車であるチトとホイは大量生産されている。しかし、ドイツ戦車のパンターやティーガーとの戦闘で消耗は激しかった。機動戦術で対抗しているがアウトレンジで撃破されることが多く、栗林中将の卓抜された指揮でも損害は必至で不足が生じている。穴埋めのため供与されたM4の主砲を10cm砲に変えた急造品を投入し、対戦車榴弾・HEATを込めて戦った。チトとホイの補充は北方の対ソを念頭に置いた防衛線に割かれる。追加の生産も航空機から艦船、各種大砲と資源を潤沢に得られても生産が追い付かなかった。山下機甲師団は敵戦車隊と交戦することが僅かのため健在である。なお、機械化砲兵師団は間接砲撃が多く直接戦闘が少なかった都合で多くが健在だった。


「代替として、チハⅢ型なら提供できるそうです」


「恥ずかしながら、チハⅢ型とは…」


「チハの車体はそのままに砲塔をチトに変えた改造戦車です。ただし、主砲は別の75mm戦車砲を搭載しており、さしずめ新砲塔チハとでも言いましょうか」


「チハⅡ型とは違うのですか」


「あれは無理やり75mm野砲を載せただけです。Ⅲ型は本格的な対戦車砲を真っ当な砲塔に収めている」


 チハⅢは余ったチハⅠとチハⅡの車体を流用して、砲塔だけ挿げ替えた後期型である。砲塔は生産性に優れるチトを流用するが、主砲はまた別の75mm対戦車砲に換装した。主砲はボフォース75mm高射砲を基にシュナイダー社が改良した対戦車砲とされる。チトの75mm砲は強力でティーガーも撃破できる代償に大柄で砲弾までも重かった。これでは体格に劣る日本兵には扱い辛さが否めない。そこで、多少は性能を犠牲に使い易い対戦車砲を作成した。開発期間短縮のためライセンス生産するボフォース社製75mm高射砲を選択しており、軍とシュナイダー社が手入れして対戦車砲に改造する形で生産する。全体的に軽量化されており扱いやすい対戦車砲に変貌したが、貫徹力と威力は低下して敵の側面及び背面を衝く機動戦術が一層求められた。


「チハⅢとチト、機械化砲兵の混成でどうでしょう」


「ないものねだりはしません。あるもので最大限努力します。ただ、モースヘッド中将にイギリス本土から優先的にクロムウェルとチャーチルを回してもらえるよう働きかけても?」


「はい、お願いします」


 トブルク要塞から栗林機甲師団と共同戦線を張る、モースヘッド機甲師団も順当に強化されている。当初のマチルダⅡやバレンタイン、クルセイダーからチャーチルとクロムウェルに一本化された。チャーチルは言わずもがなである。クロムウェルは優秀な巡航選手で中戦車と言って差し支えない。欲を言えば、ファイアフライも欲しいと思われた。いいや、モースヘッド中将はファイアフライは不要と断じる。M4に17ポンド砲を搭載した大火力は魅力的でも機動戦術に追従できないからだ。鈍足なチャーチルは囮役や歩兵支援で重宝する。


「それと、対空戦車は頂けますか」


「改造車でもよろしければ供給できます。イギリス本土に引き上げた損傷車を改造した物なら用意できるはず」


「構いませんので、一両でも多くお願いしたい」


 栗林中将は対空戦車を求めた。


 対空戦車は近接航空支援機から友軍を守る。機銃で弾幕を張り敵機の撃墜よりかは投下の阻止や照準の狂いを目的に定めた。低空に近づけば近づく程に大小さまざまな機銃弾が襲い掛かる。未熟なパイロットが増えたドイツ空軍は近接航空支援を効果的に使えなかった。もちろん、ベテランパイロットは綺麗に回避しては地上車両を確実に叩く。


 対空戦車は概して20mmと12.7mm機銃を装備する。機銃を水平射撃させると極めて有効な制圧力を発揮した。12.7mmは地上でも使用される傑作重機関銃のため言うまでもない。20mmは対機関銃陣地に絶大な威力を発揮してドイツ軍を苦しめた。


 対空戦車は専門車両と改造車両に分けられるが、現在では後者が大半を占める。元々が現地改造で生産されて一定の評価を得たことにより改造が拡大した。本格的な対空戦車は遅れて開始された都合で間に合わない。改造はトラック及びハーフトラックの荷台に12.7mmや20mmを単装又は連装で装備することに始まった。次第に損傷した戦車の流用が加わり、車体に簡易的な盾が付いた大口径機関砲を装備する。戦車の車体であれば大口径でも反動を受け止められた。37mmや40mmの大口径対空機関砲が選択されることが多く威力を重視する。しかし、時には12.7mmや20mmを四連装にする多連装の投射量を重視する改造も見受けられた。


 そして、日本軍は現地改造を広く認めている。専業の対空戦車は僅かで殆どは改造車だ。国産かフランス製か供与か問わず貨物車の荷台に機銃を搭載する。軽戦車の車体や損傷激しい中戦車の車体に多連装機銃の砲塔を追加することもある。とても数え切れない種類と数が登場した。


 もっとも、今回のベルリン特急作戦は機甲師団に追従できることが要求される。栗林中将の要請を山下大将は快諾したが、対空戦車自体はイギリス本土に問い合わせて本格的な対空戦車を送ってもらう。


「作戦開始まで準備は万端にお願いします」


「はい、この戦いを一日でも早く終わらせましょう」


続く

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