第110話 外交の勝利

~前書き~

 タイトルから分かる通り政治・外交が主となります。苦手な方は読み呼ばすことを推奨いたします。毎度毎度クドクド申し訳ありませんが、政治的な主張を行う意図は一切ございません。あくまでも、フィクションの仮想であることにご留意ください。ご理解いただけない場合は対応いたしかねます。


~本編~


1945年2月17日


 ヤルタの地で連合国首脳会談が閉幕した。この会談は後にヤルタ会談と呼ばれ、戦後のヤルタ体制を築き上げる。内容は主に戦後ヨーロッパの処理と極東の現状維持である。前者は世界(欧州)大戦のため難航したが、後者は確立された日本の利権を確認するだけに過ぎなかった。これにプラスαでアジアの解放という民族自決が承認され、日本の要求は殆ど通っている。ソ連の動きを警戒するも極東不可侵条約の無期限延長で合意した。


 かくして、世紀の大仕事を終えた幣原首相と吉田外相ら、日本外交の重鎮はチャーチル首相の私的な茶会に招かれた。ヤルタ会談には東久邇宮稔彦特別大使も参加していたが、彼は対米切り札としてアメリカとの個別調整の予定が組まれる。チャーチル首相は私的な場を強調し、本人が葉巻を吸いながら思案を纏める特別な場に通された。諜報対策がバッチリ入念に行われており、余程の事がない限り関係者以外は入れない。


 最高級の紅茶を啜り職人のスコーンを嗜みながら参加者は朗らかに語り合った。ヤルタ会談はソ連も加わって、あのスターリンがいる中で行われた。したがって、いつ何時も気が抜けず人生の中でもトップクラスに緊張する。戦前から世界の外交を席巻する外交の匠と雖も緊張は隠せなかった。半世紀に迫る旧来の友であるイギリスとの密会なら安心は確約されている。


「想像よりスターリンは極東について欲を見せませんでしたな。不可侵条約の無期限延長を自ら申し出たまでに。私は満州はともかく日本委任統治領の共産勢力を保護を画策すると思いましたが」


「私もそう予想しておりました。しかし、我々が思っている以上にソ連は大打撃を受けている。ここで極東の我々に手を出すような真似は慎んだと見たいです」


「陸上戦力が削れているとはいえ、海軍は健在で日本=ロシア帝国戦争の二の舞を避けたか」


 前々から交友のあったチャーチル首相と幣原首相、吉田首相は親しげに成果を確認し合う。両国共通の点は日英同盟を基礎に、仏蘭を加えた日英仏蘭四ヶ国同盟の堅持が約された。そして、各国の隣接する海洋について自由な航行と積極的な貿易を推奨する。旧イギリス領については日本委任統治領から独立国となる事が当然のように承認された。委任統治領と称しても、現在は現地指導者が政府を置いて実質的には独立国家である。彼らが出来ない範囲は日本が援助の名目でテコ入れするが、日本側担当者の今村大将が掲げる「現地最優先」が徹底された。むしろ、現地は今村大将を含めた日本を「独立(解放)の父」と呼び敬愛する。


「復讐を叫ぶかと読みましたが外れたようです。しかし、ドイツがしたように不可侵を破り奇襲を仕掛けることは否定しきれない」


「イギリスは大いに懸念しております。友を失くたくはありません」


 聞いている限りではイギリスの利益は皆無だった。いや、チャーチル首相はとても満足している。なぜなら、インドに代表される旧領では反乱が絶えず発生すると鎮圧に軍隊が出動しては出費が嵩んだ。そのような手間は面倒で下手を犯して共産化されては困る。よって、日本へ委任統治の名でお任せする方が穏便で圧倒的に安上がりに仕上がった。日本には留学の形で亡命した指導者がいて委任統治領への移管に伴い帰国を果たし独立の準備を進める。イギリスは独立国になった旧領と日本を介した交易で利益を得て十分に補填できた。


 余談で、これは俗説に過ぎないが、チャーチル首相は日本を除いたアジアに興味がない。日本は議会制民主主義で議院内閣制を採るなど親近感を覚えて日英同盟の堅持が契機となり親日外交を展開した。日本以外のアジアを日本に任せるのはチャーチル首相個人としても好ましいと思われる。


「その際に備えイギリス本土及び周辺に置いている艦隊を引き抜かせてください」


「もちろんだとも。何なら王立海軍を合同訓練と称し派遣しましょう。空軍も演習と称し貸し与えます」


「なんと、それはありがたい」


 中華民国を含めたアジアの日本中心体制をソ連は極東不可侵条約の無期限延長を以て承認した。突如として、独ソ戦が勃発した都合で極東不可侵条約を即座に締結している。とにかくドイツを押し返すことに忙殺され遅ればせながら連合国内の外交を開始した。日ソ交渉は戦後欧州に次いで難航すると思われたが、日本は戦後欧州に関知せず不干渉を貫くことを約束する。つまり、戦後欧州は日本を除いた連合国で決めて欲しいと宣言した。その代わり、ソ連は極東からアジアを認めることのバーター取引を持ち掛ける。


 スターリンは日本を刺激して北進されることを恐れて取引に応じた。ソ連は強大な戦車軍団を整えてノモンハンのリベンジを挑むことは十分にあり得る。しかし、日本本土が島国で海に隔てられて直接侵攻は無理と判断された。満州から侵入し中華民国を共産化するのが想定される。


「ただ、決まらなかったのは中央アジアです。ここをどうするべきか」


「私は根っからの共産嫌いなので南下は防ぎたい。しかし、アメリカを抱き込むのも避けたい。お分かりですな」


「それは要請と捉えてよろしいのですか?」


「えぇ、是が非でも日本に入ってほしい。正しくは中央アジア諸国について日本を参加させて仲介役をお願いする。アラブとユダヤの間に立てるのは日本だけです」


 ヤルタ会談で戦後欧州は纏まったが中央アジアについては持ち越されている。第二次世界大戦の中で中央アジアは重要な輸送路が通った。よって、主に利用するアメリカとソ連がレンドリースの都合で強硬姿勢で接する。イギリス保護領以外の独立国は米ソに侵攻を受けて占領される事態も生じた。これは愚行として歴史に刻まれる。


 イギリスは傍観を貫くも処遇に困り果て交渉の場に公正な仲介人として日本を招集したかった。ソ連に南下されるのは最悪のため呼ぶわけがない。アメリカは強硬策を実行した愚行より誰よりも現地が嫌った。よって、仲介人には必然的に日本に絞られる。日本はイギリス寄りに見られるが開戦前からアジアの民族自決を訴え、アメリカとソ連の強行策も痛烈に批判し、中立を見せつつ実は中央アジア寄りであることを行動で示した。東アジアを解放した実績から中央アジアもと希望する声は少なくない。


「将来を見据えて中央アジアを延々と持っている事は著しく危険と思います。かと言って、再び委任統治領とすればアメリカやソ連が黙っていなかった。現地を独立させるしか策はないため、日本を入れるが超大国を排した交渉が望ましい」


「極めて難しい問題ですが、精一杯に頑張りましょう」


 中央アジアには様々な問題が点在して燻っている。イギリス単独は到底無理で友人を呼ぶのは賢明な判断だ。日本は巻き込まれた形だが膨大な石油資源を狙い影響力を及ぼすため無視は出来ない。資源を持たぬ国である以上は卓抜された外交で確保に尽力するしかあるまいて。


 さて、ここから先は本当の密談になった。チャーチル首相と幣原首相らの外交は表向きこそ協調外交として戦後に称賛される。しかし、その実態は何重にも秘密のベールに包まれ半世紀が経過してようやく明らかとなった。


 そして、後世に幣原喜重郎男爵は外交の勝者と恐れられる。


続く

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