第109話 五式重戦車チリ

1945年1月中旬


「いつ見ても凄まじい戦車を頂いた。上層は航空戦力の拡充で既存戦車の改良に努める言ったが、勝ちを確信して試作車の投入に踏み切ったのだろう」


「半でも自動装填装置があると戦い易くて仕方ありません。チリの90mm砲が虎や豹の装甲を破れるか微妙ですが、ホリの150mm砲があれば間接砲撃はもちろん直接砲撃で撃破できます」


「ホリは最新型でチリ同様に試作車しか来ていない。チトとホイⅡを基本にして各種自走砲の支援を受けて戦う方針に変わりない。将来的には主力戦車を一本に絞って自走砲を置き、多目的装輪装甲車に歩兵が乗る戦闘車両が開発される見込みが立った。この戦いが学んだことを活かして装備を充実化させていく」


 ベルギーのアントワープ港には本土発アメリカ経由で試作戦車が到着した。ヨーロッパの戦いはアメリカを主とした、米英仏の多国籍軍が押し込みをかけている。バルジ攻勢を防御すると反撃に転じてライン川まで到達した。対して、日本軍は栗林機甲師団がアメリカ軍と共同戦線を張り、山下機甲師団が速攻を仕掛けてライン川の要衝を確保する。見事にドイツ軍を撤退に追いやった。ただ、殲滅するよりも早く撤退されてしまい、追撃しようにも殿は堅く逃げを許してしまった。


 この戦争で多くの資材と人員を消耗した都合で末期には航空戦力の拡充に注力した。機械戦力はM4やM3ハーフトラックに代表される、圧倒的な量で押しつぶすアメリカ軍に任せる。航空戦力の中で五体満足の海軍空母機動部隊はUボートを躱しつつ沿岸の工業地帯を空襲して回り、機材の補充でB-17やB-24を供与された現空軍(旧戦略爆撃軍)は内陸の工業地帯を破壊していった。


 ほぼ勝ちは決まっているため、陸軍は試作兵器の実戦試験を開始する。


「チリの数は私たちを含めて3両、ホリの数は5両と心許なさすぎる数です。虎も豹も化け物もわらわらいます」


「そういうが、チトとホイⅡの機動戦術で互角に戦えている。真っ向勝負は挑まず徹底的に迂回し、敵の側面を衝いては背面も断った。本土は海で隔てられて海軍の仕事と割り切り、守るべき北方はノモンハンのような平野が多い。快速車両で動き回り防御するのが好ましい」


「つまり、次は90mm砲を持って、チト並みの足を持った、戦車が主力になると?」


「そういうことだ。チリは重戦車に分類したが、チト並みの足が欲しい。強力な90mm砲を快速で振り回せれば。その前にチリで一旦確かめる」


「アメリカはT26という重戦車を作って、今のM4と同時並行させると聞いています」


「負けていられないな」


 日本軍はチトを主力に据えるがティーガーⅠ&Ⅱ、パンターに火力と防御力で及ばない。快速性能を活かした機動戦術で正面切っての戦いを避け、敵の側面を奇襲し背面を遮断し対抗した。広大なヨーロッパの大地では有効的な戦術と評価され、基本的な対戦車戦闘に収められる。なお、機動戦術が通用しない場合は10cm以上の大口径砲を持つ自走砲が仕留めた。


 しかし、各国は主力級戦車に大口径砲を搭載することを急いだ。日本が置いてけぼりを食うわけにはいかない。ソ連は85mm砲のT-34-85やT-44を開発し、極めつけの122mm砲のISシリーズを投入した。イギリスはセンチュリオン巡航戦車を決定してアメリカはT26パーシング重戦車の生産を開始する。


 日本軍は何もしていなかったわけではない。強力な大口径主砲を体格で劣る日本人が満足に扱え、チト並みの快速性能を有して機動戦術に対応し、必要最小限から敵弾を受け止められる十分な装甲を持つ、隙の少ない主力戦車をコツコツと開発した。かなりハードルの高い開発であり、技術を熟成し独自性を得た国内メーカーでも厳しかった。帰化したヴィッカース社に始まりソミュア社、パナール社、ルノー社を含めても大変である。


 そうして、最終的に組み上がった一先ずの試作車が五式重戦車チリだ。火力と重装甲はクリアしたが、機動戦術に対応できる足は得られずチリの名でも重戦車に落ち着いた。これから足回りを改良して徐々に機動力を高め中戦車に仕上げる。


〇五式重戦車チリ

主砲:試製50口径90mm戦車砲(半自動装填装置)

副砲:キューポラ部12.7mmM2ブローニング×1

装甲:砲塔80mm+防盾

   車体80mm(傾斜装甲)

エンジン:試製600馬力水冷12気筒ガソリンエンジン

最高速度:35km/h

特筆事項:半自動装填装置


以上


「少なくとも、この90mm砲があれば火力で負けることはない」


「装弾筒付徹甲弾の試射を見て、滑りやすいのに目をつぶれば素晴らしい大砲です。傾斜の多いソ連戦車相手には対戦車榴弾の使い分けを」


 最初に目を引くは長大な主砲だろう。90mmの長砲身戦車砲であり従来の75mmから大転換を果たした。ホイが25ポンド(84mm)砲を採用してさほど意外に思わない。しかし、90mmという口径はアメリカのM1高射砲と同じと誤解された。実際は鹵獲したドイツ製88mm対戦車砲を日本の規格に合わせている。90mmに拡大したり、砲身を切り詰めたり、様々な改良を加えて開発した。あのアハト・アハトのため装甲貫徹力は極めて高い。イギリスが開発した装弾筒付徹甲弾(APDS)を使用した際は1000mで120mmの装甲を破る。しかし、APDSは傾斜装甲に弱く滑りやすい弱点を有した。よって、国産対戦車榴弾(HEAT)も用意され距離に関係なく高貫徹力を誇る。


 主砲で最も注目すべきポイントが半自動装填装置である。前提として、自動装填装置はパナール装輪装甲車や軽戦車で実用化に成功した。しかし、大口径の75mm砲はおろか90mm砲では難易度は跳ね上がった。リボルバー式では弾数が少なくドラム式やベルト式が考案されている。現在は75mmに固定して各方式の研究が続き完成は当分先が見込まれた。


 これでは間に合わないと半自動装填装置という妥協案が呈される。装填手が砲弾を装填トレーに置いてボタンを押すと、後方から装填帽がニュっと現れては砲弾を押し込み装填を完了する。装填手は砲弾をトレーに置くだけでよく押し込みが省略されて疲労を軽減した。完全には至らないが90mmの大口径砲弾の装填作業を半自動化できるのは大きい。


「問題はデッカイ砲塔です。チトから大型化して車高が上がると、発見される危険性が高まる。半自動装填装置を置くためとはいえ、ちょっと厳しいですよ」


「所詮は試作車だから正式な量産型では改善される。欧米人に体格で勝てない以上、機械を頼らざるを得ない」


 砲塔に半自動装填装置を搭載すると大型化が激しい。一体式鋳造砲塔は大柄で車高も上がり被発見率が高まる。あまりに高すぎると障害物から頭が見えて先手を許した。これはM3リー/グラント中戦車で指摘されたが逆に敵を発見し易い利点もある。ただ、被弾面積の増大も招いて装甲強化は必須だった。よって、正面は素の装甲80mmに防盾を加えて実質的に150mmの厚みを得ている。


 同時に車体も対応するため大型化したが傾斜装甲を採用する。傾斜装甲は車内容積を減少させるが元が大きければ気にならなかった。素の80mmに傾斜がかかり実質的に110mmの防御力を確保したが、操縦手バイザーやハッチ等の弱点を抱えて過信は禁物である。


「エンジンの調子はどうだ?」


「悪くありません。しかし、補給が細くなる前線だと焼き付くかもしれません。戦闘機で使われるエンジンなので、やや頑丈との触れ込みですが」


「わかった。進軍は低速で負担を可能な限り減じよう」


 主砲に半自動装填装置、装甲の強化と重量は嵩み続けて機動力の確保は難しい。それでも必要最小限の移動能力を確保するため、新しく航空機用を転用した600馬力12気筒ガソリンエンジンを搭載した。イギリスがマーリンを車両用に転用したのを倣った。まだ荒削りのため最高速を出し続けると焼き付きの恐れがあり、進軍中は低速で止めて負担をかけない運転が求められる。もっとも、最高速は35km/hと快速とは言い難く機動戦術に対応できなかった。


 つまり、総じて和製重戦車と言うべき戦車なのである。


「後身のため取れるだけの情報を取り、経験できるだけ実戦を経験するぞ。各員奮起せよ」


 和製重戦車は試作の役を全うしようと決意した。


 しかし、実は歴史的な戦に放り投げられることに。


続く

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