第108話 戦略爆撃軍から空軍へ

(これからは海軍ではなく空軍となるのか。祖国は絶妙な時期に変わり始めている)


 本土にて新規建設された航空基地では一人の士官が感慨深げに立つ。彼は元海軍士官であり特殊な辞令を受けて一航空隊の長に赴任した。普通はおめでたい栄転だが母たる所属先が変わって複雑を兼ねている。


(大日本帝国空軍の芙蓉部隊の長になるとは予想していなかった。戦争は全てを変えてしまう。吉と出るか凶と出るかはわからない)


「何を複雑そうにしているんです。もうすぐで彗星の検査が始まりますよ」


「仁井か。少し考え事をしていたが大丈夫だ。海軍から空軍に転身するなんて思わなかったから。未だに信じ切れていない自分がいる」


「あぁ、それは自分もです。お互い様ですね」


 士官に駆け寄ったのは馴染みの整備員である。海軍時代からの付き合いで航空隊で運用する機体の整備を担当してくれた。稼働率に直結する整備は統一されたマニュアルと新しい教育で合理化される。故障時には質問に対し「はい」か「いいえ」で突き止めた。そして、適切な応急修理を記したフロー方式の本が作成される。


「美濃部さん。見て行きませんか?」


「お言葉に甘えさせてもらう」


 その士官の名は美濃部正大佐といい大日本帝国海軍の航空隊を率いたが、新設された大日本帝国空軍の精鋭航空隊の隊長にスライド昇格する。彼は人命を重視して部下に容易に散ることを許さなかった。航空機の運用でも整備から出撃まで合理化を徹底する。彼が指揮する航空隊は被害少なく確実に戦果を挙げた。ドイツ軍は地上部隊が大半を占め対艦戦闘は無い。総じて地味であるが上層は高く評価して空軍創設に伴い彼を精鋭航空隊の長に据えた。


 1945年と末期と雖も戦時中であるが、大日本帝国は航空戦力の最適化及び合理化を掲げ戦略爆撃軍の格上げを決定する。戦略爆撃軍は文字通りの戦略爆撃機を運用する軍だった。陸海軍から敢えて切り離して重爆撃機を効果的に運用する。それ以外の戦闘機や爆撃機は陸海軍の基地航空隊が運用した。しかし、イギリス本土防空戦を通じて専門の空軍を構える必要性を得ると、1942年時点から検討が始まって入念な下準備という根回しを経て1945年から仮空軍が設置される。


 空軍は未熟のため戦略爆撃軍に陸海軍のベテランを引き抜いて新兵の育成が続いた。前線から引き抜くにはいかないため負傷や年齢等々の理由で戦闘に耐えられないベテランを充当する。実際に運用する機材は陸海軍と共通した。練習機には赤とんぼに始まり九六式艦爆・艦攻、九九式襲撃機など旧式が充てられる。実戦投入には海軍機から零戦、烈風(F4U-J)、F6F(供与)が挙げられた。陸軍機は飛燕、疾風、P-47(供与)、P-51(供与)である。現段階では従来機が占めるが将来的には独自の機体を揃える予定が組まれた。


 例外的に極々少数で収まるが最新鋭のジェット機も配備される。


 それこそ精鋭航空隊の芙蓉部隊に与えられた。


 本土のため前線飛行場に比べれば圧倒的に充実した。本土工場から絶え間なく部品が送られ、中国や委任統治領から油が潤沢に供給される。つまり、繊細で気難しい機体の運用を円滑に行える環境が整った。


「これが彗星爆撃機。我が国が誇りドイツに次ぐ実用的なジェット機であると」


「ドイツ空軍の機体は主翼にエンジンを吊り下げています。彗星は胴体後方にエンジンを備えて前方に吸気口を持ちました。これで空気抵抗を減らせるので速度性能向上が見込めます。その代わりに手入れは難しく自分もこいつには随分と手を焼かれて」


「実戦投入は無いと思う。それでも、一定の稼働率を維持できるよう頼みたい」


「ジェット燃料と部品さえ揃えば可能ですが最前線になると無理ですね。ドイツ空軍は母地なので辛うじて運用できているでしょう」


「そうだろうなぁ」


 芙蓉部隊は陸海軍から集められた精鋭で構成されて機材も豪華を極めた。


 彗星と呼ぶ爆撃機は日本の誇る国産ジェット爆撃機である。ジェット機はドイツが先に飛ばして特にMe262、シュヴァルヴェは局所的な迎撃戦に猛威を振るった。レシプロ機を打ち負かす速度性能を活かし、連合国軍の重爆撃機を一撃離脱戦法を以て撃墜して回る。しかし、末期の物資不足から大々的に扱えず戦局に与える影響は僅かで動じない。日本は連合国のため潤沢な資源と物資を糧に無理せず確実を重んじた。なお、試作機扱いの戦闘爆撃機『慶雲』及び『火竜』が存在する。『彗星』は全く別のジェット爆撃機で海軍は『慶雲』を艦載機に振り分け陸軍は『火竜』を局地戦闘機に置いた。


 本題に入り、空軍の彗星は純粋な爆撃機に分ける。本音は技術蓄積の学習用でも建前を用意していた。それは本土に迫る敵艦を襲撃しては対空砲火を掻い潜り撃沈することにある。したがって、操縦手と爆撃手がいる複座で爆弾を格納する専用庫もあって大柄にならざるを得なかった。自機が高速過ぎるため魚雷は持たずに専ら爆弾を投下する。また、主翼に追加で大小ロケット弾を吊架可能だ。固定武装は機首に20mm機銃4門と自衛兵装には十分だろう。


 肝心のジェットエンジンは機体後部に備えられる胴体埋め込み式が採用された。主翼吊り下げ式に比べて空気抵抗を減らし速度性能の向上が見込める。しかし、剥き出しでなくなるため整備に手間が重なった。万が一に丸ごと取り換える際は更に面倒が積み重なる。戦闘では好ましい方式かもしれないが現場の整備性も捨てきれない。それでも最高速は圧巻に尽き、Me262を上回る最高速910km/hを記録したが、著しく燃料を食うため滅多に出さない。


「ジェット戦闘機の研究も進んでいる。アメリカも動き出した以上は競争となるぞ」


「これは自分の勝手な予想なんですが、真っ当に飛べる日は随分先ですよ。とにかく燃費が悪い。よって、防空戦に限られます。結局のところ、彗星も本土に島嶼部、沿岸の拠点を守る防衛思想の爆撃機と聞きました」


「まったくその通り。暫くは防空向けの戦闘機が続くのは三軍の共通認識になっている。遠方まで進出する爆撃機や重爆撃機は当分不可能と見る。50年あたりまでレシプロ機の運用を続けたい」


「難しいですねぇ。ジェットは」


 ジェット機は戦闘機か爆撃機か問わず局地的な防衛に従事させた。遠方まで進出する任務はレシプロ機を継続することが約される。ターボプロップエンジンの開発に成功し高燃費且つ大馬力を両立したのが大きい。現在は大型機に限定されたが行く行くは単発機にも採用する。


 すると、再び美濃部大佐に駆け寄る人物があった。若い新兵だが腕を見込まれた有望株だろう。


「失礼します!」


「敬礼はいらん。要件を申せ」


 美濃部大佐はスマートな人物であり緊急の場合は端折らせ速やかな報告を求めた。


「はい、先ほどイギリスの海軍基地航空隊から報告が入りました。敵Me262と思われるジェット戦闘機の撃墜に成功したと」


「本当か!」


「間違いありません。しかも、撃墜したのは零戦です」


 元海軍の人間である以上は空軍になってもパイプは保持された。本土はもちろんイギリスに派遣されて指揮を執る同期がいる。その同期が最前線の情報を優先的に送ってくれて芙蓉部隊はタイムラグ無く対応できた。今回も限りなく新鮮な報告が寄せられるも衝撃的過ぎる。


「れ、零戦が撃墜したんですか?」


「はい、報告にはそのように」


「いや、理解出来ることだ。これが烈風やヘルキャットだったらねじ伏せられた」


 若手と整備員は理解出来ないと頭上にはてなマークを浮かべる。対して、美濃部大佐だけは大枠を掴み理解した。最前線で過酷な戦いを経験し零戦を含めた機体に精通するからこそ解る。


「どうせだ。手の空いている者を集めて講義を開くぞ。招集をかけろ」


「はっ!」


 報告を踏まえて美濃部先生の授業が始まった。


続く

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