第106話 バストーニュ救援には噴進砲の威力

 アメリカ軍は苦境続くバストーニュを救出するため、ベルギー方面の戦力を再編し救援軍を組織した。敵の包囲は機甲師団と装甲擲弾兵で構成されており、とてもだが歩兵は太刀打ちできないだろう。したがって、主力戦車M4後期型及び発展型で固めた少数精鋭の救出部隊を組織した。物量で叩くが先に包囲された味方が退避できる突破口を作るのが優先である。ドイツ戦車の放つ大火力を受け止めて身体の硬い装甲を破るには重防御と大火力の両立が必須だった。ドイツ軍にはティーガーⅠ&Ⅱが存在するのに対し、アメリカ軍はM4の大量投入を基本にし数で押しつぶす。一応でも対ティーガーのT-29やM26重戦車計画は存在した。もっとも、M18が高火力・高機動による一撃離脱戦法に徹し敵戦車を撃破すると不要となる。


 そのM18はフランス方面で手一杯であり余裕がなかった。重装甲のM4突撃型を用意するのが精々である。アメリカ軍単独だと火力に欠けるため同地に展開する山下大将の紹介を貰った。奇しくも、ドイツ軍と似た極少数生産の突撃砲がバストーニュに向かう。


(日本人の考えることは突飛だが、敵にすれば未知の攻撃を被る。あのオリジナルがドイツを打ち負かしているんだ)


 最先鋒を走るM4はM4A3E2であり通称で『シャーマン・ジャンボ』である。M4の中でも重装甲を盾にして基本は歩兵支援を担った。しかし、実際は専ら敵防御線を突破する突撃戦車で運用される。全体の生産数が少ないためバストーニュ救援にはコブラ・キング号の1両しかない上に、ジャンボでも前期型のため主砲は75mm砲でM4前期型と変わりなかった。装甲があっても対戦車火力が不足するコブラ・キング号を補うため、76.2mm砲搭載のM4後期型が4両追加され米軍合計5両で小隊を構成する。そこへ日本軍の突撃砲が1両参加した。


(そろそろ、敵の防御線に入るはずだが…)


 敵のスナイパーから狙撃される恐れからキューポラから顔は出さない。敵が自ら位置を暴露してくれれば暇が省けた。


「対戦車砲だ!」


 微妙に隠しきれていない対戦車砲を視認して素早く榴弾での破壊を指示する。しかし、戦車が生む独特の音や地響きから敵は素早く察知して待ち伏せを整えた。大きな幹線道路には土嚢など障害物を並べ、88mmが用意されても未だに主力の75mmPaK40が配置された。これが普通のM4なら一撃で破壊されるもティーガーⅠを凌駕する、約150mmの重装甲の前に75mm徹甲弾は通用しない。


「損害無しだ。HEで叩く!」


「Fire!」


 75mm砲の装甲貫徹力は76.2mmより劣れど榴弾の威力は相応に高かった。再装填を急ぐ対戦車砲に対して有無を言わさぬ反撃を与える。対陣地攻撃には76.2mm砲よりも75mm砲が威力を発揮した。もっとも、こちらも再装填する以上は反撃に次ぐ反撃を受ける危険性が高い。僚車は通常のM4後期型のため集中的な砲撃に耐えられなかった。


 そんな中で期待の日本軍突撃砲が破滅の一撃を撃ち込んだ。


「衝撃に備えろ!」


 その弾着時に生じた衝撃波は40tを超えるシャーマン・ジャンボを揺るがした。十分に距離を設けていたつもりだが150mmを超える重装甲が震える。噂に聞いていた大威力を目の当たりにした。しかし、概して大口径砲は再装填に多大な時間と労力を要する。自分達のカバーが必要だった。驚いている間もなく榴弾を込め直し、制圧砲撃に精を出す。歩兵がパンツァーファウストを隠し持っている危険があり、車体に備えられた機関銃も掃射を始めた。


「コブラ・キングは倒れないぜ」


 コブラ・キング号の後方で砲弾を運搬するのは噂の突撃砲である。日本軍は原則として砲戦車及び自走砲を運用した。しかし、時には堅牢に作られた防御の前に火力不足が指摘される。逐一重砲や臼砲を前線まで運搬するのは面倒が積み重なり、大口径砲を搭載した突撃砲の需要が生じ始めた。急造だが旧式チハの車体に三八式十五糎榴弾砲等を搭載した突撃砲が存在する。その150mmの榴弾砲でも破壊出来ないトーチカや要塞、広範囲に並べられた対戦車砲や野砲等々を破壊したかった。


 そこで、旧式の要塞砲を転用した自走式臼砲が開発される。自走式臼砲はハルファヤ峠突破に貢献した。あくまでも、自走式臼砲は急造品のためオープントップ式で防御は無い。航空機の機銃掃射から搭乗員を保護できるよう、密閉式戦闘室の本格的な突撃砲を開発した。同時に最新の大口径砲の中でも異質の噴進砲の搭載を急いでいる。


(あの75mm砲にやられた友の仇を討つ。俺は大口径の大砲が好きでお前と正反対だった。悪いが、今日ばかりは勘弁してくれよ)


「装填完了!」


(照準、角度修正マイナスの2)


「撃て!」


「てい!」


 車体前部から砲弾が飛んでいくと同時に猛烈なガス放出で周囲が煙たくなった。


 この突撃砲は仮称四十糎重突撃砲とされる。その名に等しい圧倒的な火力を振り上げては敵を破壊した。大口径砲を搭載するためチト2両分の車体を連結して土台を作る。戦闘室は密閉式のため角ばった箱型を有し正面装甲は55度の傾斜がかけられた。厚さは50mmとチト同等でも傾斜装甲で撃たれ強いがパンターには劣る。よって、随伴の味方戦車と一緒に行動することが多かった。


 主砲は四式四十糎重噴進砲という口径40cmのロケット砲である。ロケット砲は弾も砲も簡便で安価に製造できる強みがあった。比類なき破壊力を求めて大口径にしても軽量に収まり、戦艦砲並みの砲弾を打ち出せる点は絶大と言えるだろう。もちろん、砲弾重量は驚異の300kgに達して人力頼りでは装填不可能だった。自走式臼砲と同じく装填トレーと補助装填装置の機械の力を借りる。それでも最速で数分を要して速射は効かなかった。更に、ロケット砲の精度が悪いという弱点を備えるが砲弾を有翼弾にし安定性を増している。焼け石に水程度の改良だが馬鹿げた威力で補えた。


 あまりの威力に着弾地点の至近にいた戦車は爆風で破壊された。四号戦車は吹っ飛びティーガーⅠは外形は保っても内部は戦闘不能に追い込まれる。75mm対戦車砲から対空機銃まで、周囲のありとあらゆる物が瓦礫と化した。たった1両による砲撃でも40cm弾の炸裂は破滅を与える。


「コブラ・キングは何十発も耐えられない!急いでくれ!」


「またM4がやられたぞ!」


 40cm砲弾の装填は機械に装填手2名がかりでも重労働が過ぎる。装填作業数分の間にM4が続々と撃破されていった。辛うじて砲撃を耐えた対戦車砲が果敢に立ち向かい。案の定で潜伏した歩兵がパンツァーファウストを持ち出す。榴弾を吐き出しては車載機銃を乱射して怯まず進むM4はポツリポツリと撃破された。コブラ・キング号は自慢の重装甲で何とか耐えている。しかし、被弾し過ぎると装甲の疲労で貫徹されかねない。


 しかし、シャーマン・ジャンボのコブラ・キング号は簡単には撃破されなかった。アメリカ魂を押し立てる。40m重噴進砲の初弾で敵戦車の大半を撃破したのが功を奏した。厄介な四号戦車後期型とティーガーⅠを無効化したことで、戦車が戦車の相手をする基本形を崩している。パンツァーファウストという強力無比な歩兵携行対戦車火器があっても、所詮は簡素な無反動砲のため命中率は悪くならざるを得なかった。ましてや榴弾と機銃弾が飛び込む環境では正確な狙いは困難を極める。


(こいつで決める)


 寡黙ながら心は騒がしい砲手は戦友の敵討ちで燃え上がる。戦友は57mmの中口径砲を好んで大口径砲を志向する砲手とは反対の道を歩んだ。最終的にはホイⅡに乗り込んで支援砲撃に従事する。友は防御線突破作戦にて対戦車砲の前に散った。友には悪いが今ばかりは大口径砲の一撃を手向けとさせてもらいたい。


(靖国に送るぞ。この砲弾!)


「てーっ!」


 二発目は綺麗な放物線を描いて防御陣地の中央部に突っ込んだ。高性能爆薬がギュウギュウに詰め込まれた砲弾の威力は表現のしようが無い。着弾地点には深さ4mの穴が生じ、周囲約350mに衝撃波が到達した。戦車猟兵は漏れなくふっ飛ばされる。兵器を破壊し切れなくても操作する兵士を無力化するのだ。


 その轟音と爆炎は残りのM4を奮い立たせる。コブラ・キング号とM4後期型はすかさず突入した。至近距離まで近づき大砲を無効化しては歩兵を掃射で薙ぎ払う。こうなると噴進砲は使えないが車載機銃で可能な限りの支援を続けた。M4と突撃砲は激しい戦闘で残存は2両まで落ち込む。しかし、辛うじてバストーニュまでの道を切り開いた。後続の救出部隊が雪崩れ込んではバストーニュの包囲を解くにまで至る。

僅か10両の生産に終わった噴進砲の突撃砲だが、友軍救出に大きな活躍を果たしきっと後世に語られた。


コブラ・キング号と突撃砲にはこう刻まれた。


「バストーニュ一番乗り」


続く

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