第102話 EBR75

「止まるな! 加速し続けろ!」


「無茶言うよ…まったく」


 ドイツ軍はバルジ攻勢にてアルデンヌを突破するも食い破り切れなかった。フランスで突出した軍は一旦体制を立て直すが、北部のベルギー方面は日米の防衛線に苦戦するも国境の突破に成功している。ベルギーを守る日本軍は機甲師団を持たないため、国境線の水際防御を放棄しゲリラ戦に徹したのが理由になる。


 しかし、交通の要衝であるサン・ヴィットだけは死守する、又は敵軍に甚大な損害を与えて撤退する。ここは例外的にアメリカ軍が滑り込むと徹底抗戦を図る。アメリカ軍は有力な戦車隊を配置してドイツ機甲師団を待ち構えたが、その実態は敗走した残存部隊の掻き集めであり指揮系統に大きな問題を有した。それでもサン・ヴィットの守備隊は孤軍奮闘を続けている。


 辛うじて持ち堪えた理由として、戦車がM4でも長砲身76.2mm砲を搭載したA3型だった。A3型は主砲を75mm砲から高射砲がベースの76.2mm砲に換装している。徹甲弾の貫徹力が大幅に向上しており、ティーガーⅠとパンターは近距離に限り撃破可能だった。もちろん、榴弾や榴散弾も発射でき攻撃を仕掛ける擲弾兵を吹っ飛ばす。車載機銃の12.7mmが猛烈な掃射を行っては内部へ敵兵を近寄らせなかった。


 とは言えである。M4A3はすり減り歩兵の負傷者も多く組織的な抵抗は限界を迎えた。冬の過酷な環境だがサン・ヴィット守備隊は同地を放棄して転進する。西方に精鋭空挺師団が確保した防御陣地があり、安全の確保された地帯まで思い切って転進してみせた。これは奇跡的に成功して空挺部隊と共にサン・ヴィット奪還を狙い、突入したドイツ軍は損耗激しく制圧には数日を要してしまう。


 一連の報を知った日本軍は威力偵察を込めて敵戦車排除に動いた。


「死角に入った!」


「砲塔後部が奴の弱点だ」


 守りに就くティーガーⅠが呆気なく爆散する。M4A3の奮戦も含めた戦闘でティーガーⅠを失ったことの補充は無かった。母国の戦車工場は連合国軍の猛爆撃を被り生産数は逓減する。特に故障の多いティーガーⅠは部品不足が頻発し、優先的に供給される精鋭部隊でも満たされなかった。サン・ヴィットに突入した部隊も例外でなく、故障が起こりとりあえず固定砲台の役が与えられる。


「よし、全速後退!」


「後退ぃ!」


 日本軍の装輪装甲車は各所でドイツ軍を苦しめ続けた。無限軌道の戦車を圧倒する快速性を誇るため、仮に捕捉に成功しても回避されては撃破できないでいる。快速を活かした神出鬼没の如き偵察により動きは筒抜けだ。北アフリカ戦線の時点から奇襲攻撃は看破される。もっとも、純粋な偵察任務に限ればイギリス軍のフェレット及びダイムラー装甲車が存在した。日本軍はイギリス軍と差別化するため不相応の大火力を与える。開発を担当した国内メーカーとパナール社は既存のパナール47を活かした。パナール47の車体を延長して6輪から8輪に増やし、大型化させた新型EBR装輪装甲車を登場させる。


「一撃離脱、一撃離脱、ひたすらに一撃離脱!」


「正面の建物に隠れてから離脱する」


「おう、頼んだ。しっかし、こんだけ速いと装填もままならない」


「失礼! モンゴメリー軍のクロムウェルが救援に来てくれるそうです!」


「そうか! EBRより遅いが代わりに張ってもらおう!」


 威力偵察の名目で戦闘に移行したEBR装輪装甲車は特異を極める。8輪を備えた細長い車体に揺動砲塔を積載した。8輪は6輪よりも不整地走破能力が高くあり、ガタガタ道でも難なく走ることが可能である。多少の荒地でも約80km/hの快速を発揮し、既存の戦車を置いてけぼりにした。整地では最速100km/hとずば抜けて高いが、味方が追従できない欠点を有する。よって、原則として単独かEBR数両の小隊単位で偵察任務に従事した。


 中には一撃離脱戦法を掲げて敵戦車へ挑む車両もあるが。


 一撃離脱戦法に必要なのは「俊敏な快速」と「撃ち負けない火力」に収束した。EBRが前者を備えていることは明白だが問題は後者だろう。前身のパナール47は47mm戦車砲を搭載する。現在は貫徹力も威力も足りておらず対歩兵が精一杯だった。次の57mm(6ポンド)砲は小型軽量に貫徹力はそこそこで取り回しに優れるが、ティーガーⅠに代表される重戦車を相手にするには心許ない。したがって、必然的に主力級の75mm戦車砲が選択された。


 EBRの75mm戦車砲はチトと共通している。これはイギリス軍の17ポンド砲を和らげる方向で開発された。貫徹力こそ若干低下したが小型化と軽量化に成功し、装輪装甲車に丁度良い砲である。それでも砲塔は重量物となり揺動砲塔を継続させたが、自動装填装置はオミットさせた。75mm砲の自動装填装置は試作段階であり蛮用に耐えられない。


 最終的にEBRは75mm砲の大火力と快速性を両立させた。


 戦車にとって厄介極まりない装輪装甲車に仕上がっている。


「敵弾遠い!」


「追いつけるわけがない。戦車に求めるのは重防御だと思うのは間違いだ。戦車に必要なのは足の速さなんだな」


「当たらなければ何も起こらない。祖国の戦車が足を重視したのは僥倖じゃないですかね」


「まぁな。増援が来るらしいから一先ず下がって合流する」


「はいはい」


 EBRは建物を盾に高速で離脱した。ドイツの戦車が優れた冶金技術の生む高初速・高精度は健在だ。ただし、それを操る乗員の練度が不足しがちでは戦果も何も生まない。そして、圧倒的な足は良好な出力重量比が生む超加速のおかげである。操縦手がアクセルをグッと踏んだ瞬間に驚異的な加速を発揮する。前進に限らず後進もあっという間で60km/hを叩き出した。


 ドイツ軍は当初こそ快速の戦車を投入するが現在は大火力と重装甲を求める。四号戦車後期型と三号突撃砲は良い塩梅だが、主力に据えたティーガーⅠとパンターは過剰だろう。どちらも重量に対し足回りが対応しきれていない。証拠として、パンターは計画通りの速度を出せなかった。


 しかし、日本軍はノモンハンから大火力と高速を求める。チハからチトに交代した事実が証拠だった。チトは長砲身の75mm砲を持つが装甲は50mmで重装甲とは言えない。ただし、500馬力統制ガソリンエンジンに油圧サーボの組み合わせでスイスイ動いた。敵砲弾を分厚い皮膚で受け止めるのではなく、誰よりも速い足を以て翻弄し回避する。敵弾の直撃を耐えるのは効果的に聞こえても、装甲剥離や故障誘発など想定外を引き起こす恐れは否めなかった。


 サン・ヴィットを離脱したEBRは漏れ聞こえたモンゴメリー将軍所属クロムウェル巡航戦車隊との合流を図る。突出したバルジの押し込みを図るイギリス軍のモンゴメリー将軍はベルギーの防衛に介入した。事実として、空挺部隊の防御陣地へ転進させることを後押したのだ。


 敢えて道路を外れた不整地を走るクロムウェルを視認すると駆け寄る。ドイツ軍の車両にしては奇異が過ぎて直ちにフランス軍か日本軍と理解した。お互いに車長を出し合ってカタコトの英語とメモを駆使し、威力偵察という名の戦闘で得た情報を伝える。


「本当にティーガーⅠを撃破して脱出したのか?」


「そうでないなら、ここに来てない。訝しむなら突入して見るといいだろう」


「いいや、その情報からして突入は無謀だ。恐ろしく速い足じゃないと帰って来れなさそうに感じた」


 EBRの引っかき回すだけして引っかき回して脱出した様子から苦笑いを隠せなかった。しかし、具体的な敵の数や装備といった貴重な情報を知れたのである。彼らの働きは小さきながら称賛されるべき武勇に数えられた。


 EBRを単なる装輪装甲車と侮る事なかれ。


続く

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