第101話 珍兵器と共に最後の攻勢を砕け

12月


 日本本土で続々と新兵器が繰り出される同じ頃にベルギーを大動乱が支配した。栗林忠道中将とモースヘッド中将の懸念が見事に的中し、ドイツ軍は緒戦より遥かに強化された機甲師団をアルデンヌに集中投入して突破する。アルデンヌにはアメリカ軍が展開するも、練度の低い部隊や疲弊した部隊が大半を占めた。補給線が細く耐寒装備も持たない兵隊に受け止める術は持たない。


 いち早く突破したドイツ軍ヴァイパー軍団の快進撃が続き、あっという間にアメリカ軍は大混乱に陥った。しかし、パットン将軍やアイゼンハワー将軍が立て直しを図る。ベルギーには日本軍旧クレタ島守備隊がゲリラ戦の用意を整え、アルデンヌ方面へ栗林=モースヘッド機甲師団が急行した。モンゴメリー将軍のイギリス=カナダ軍も到着予定である。交通の要衝たる町や村に中戦車と対戦車自走砲を置き、川には砲兵師団を配置することで堅牢な防衛線を敷いた。


 ベルギーの日本軍は戦車部隊を持たない。

 

 その代わりに、磨き抜かれたゲリラ戦で抵抗した。


「こんな寒いのに暖かそうな戦車だ。もっと温めてやれ!」


 ベルギーの小さな村をドイツ軍機甲師団が急襲した。北部戦線と呼ばれるベルギー=ドイツ国境線を突破すると一先ず村を目指す。ドイツ軍は東部戦線で冬将軍の威力を大損害を以て知った。兵士の耐寒装備を充実させては戦車も耐寒オイルを用意している。一見して十分な装備だが日本軍は機甲師団以上を持った。日本は北陸や東北など豪雪地帯が多い。冬の辛さを歴史的に学んでおり、歩兵から車両まで耐寒充実化させた。そして、雪に紛れる偽装技術も図抜けて英仏米軍をあっと驚かせる。


 ただ、何よりも勝る点は忍耐力だ。


「かじかんでいる暇はないぞ。どうだ、見えるか」


「敵戦車見えますよ。確実に雪を踏みしめているようで、真っ直ぐにゆっくりと接近してきます」


「車種は」


「パンター10両に新型が数両。噂のティーガーⅡと思われる」


 ドイツ軍最後の攻勢は振り絞った一撃な故に用意された兵力も相応だった。栄光のドイツ機甲師団は三号戦車と四号戦車に始まる。客観的な視点で末期に分別される現在は四号戦車長砲身型と五号戦車パンターが主力中戦車を務めた。六号戦車ティーガーⅠと新型ティーガーⅡが重戦車を名乗る。その他、便利屋の三号突撃砲や四号駆逐戦車、対戦車特化のヤークトパンター、超突撃砲のシュトルムティーガーが登場した。


 防御線を突破する攻撃には中戦車と重戦車が注ぎ込まれ、蛸壺から望遠鏡越しにパンターとティーガーⅡの混成と見えた。パンターは周知されているがティーガーⅡは新型重戦車と未知の部分が多い。思わず身構えるが敵の決定的なミステイクを見破った。


「随伴歩兵が無いのはおかしいぞ。さては戦車だけ突出して、装甲車は置いていったか」


「なら…こっちの思う壺と」


「あぁ、PIATを出してくれ」


 農場が広がる村は雪が積もり積もった平地である。足を救われないようパンターとティーガーⅡは低速で確実に踏みしめた。概して、村や町には対戦車砲が偽装して置かれる。待ち伏せを看破する斥候役としても随伴歩兵は必須だった。しかし、敵部隊は戦車だけで随伴歩兵は見られない。おそらく、随伴歩兵を乗せた輸送車両は障害に引っ掛かって動けないようだった。迅速性を重視して随伴歩兵と戦車部隊を切り離して突出させている。


 アメリカ軍やイギリス軍と違って日本軍は単純な偽装を施さなかった。彼らは自然と調和した偽装を徹底して肉眼でも分からない。随所に設けられた蛸壺は砲爆撃から兵を守るが、入念な偽装は車長用スコーブ越しでは絶対に見抜けなかった。


 すると、敵戦車は急に停止する。


「バレたか」


「いや、主砲の動きからしてレンガの建物を狙っている。多分、建物に敵兵が潜んでいると考えた。予防の砲撃をするつもりだな。なら、好都合で敵戦車が発砲後にPIATを放つ」


「このバネ大変なんですがね」


 他の蛸壺でも各々が歩兵携行の対戦車兵器を構える。しかし、すぐには撃たなかった。歩兵が携行できる対戦車兵器は有効射程距離が短い上に精度も良くない。万が一に外したことで位置が露呈し、反撃を貰う危険を鑑みると確実性を重視した。敵戦車は砲塔を回して長砲身の主砲をレンガ造りの建物に向けている。建物内部に伏兵が潜んでいることを警戒したのか榴弾を発射する。蛸壺の中に潜んでも容易に発砲音を確認できた。蓋を僅かに開け優れた視力でひときわ大柄のティーガーⅡの主砲から煙が流れるのを見逃さない。


「パンターはそのまま。いや、車長が出て来たぞ…」


 全車が砲撃することはなく最高火力のティーガーⅡが砲撃した。長砲身88mm砲から放たれる榴弾の威力は絶大である。堅牢なレンガ造りでも容易に破壊して、車長は敵兵を確認しようと顔を出した。


 その瞬間に撃ち抜かれると、もんどりうって倒れる。


「今だ!」


 若干のタイムラグあれど蛸壺から対戦車兵器を構えた兵士たちが身を出す。そして、車長を失って指揮に支障をきたすパンターとティーガーⅡへ一斉射だった。実は積もった雪の中には雪洞を掘って待ち構える狙撃兵がいる。彼らは雪中偽装に包まれて自らを晒さない。寒さと降り積もる雪に耐えては九七式狙撃銃を携え続け、不用意に顔を出した車長を一発で倒した。


 どんな精鋭部隊でも長が失われると少なくとも混乱を余儀なくされる。ましてや、戦ったことのない日本軍のゲリラ戦では尚更を極めた。そこへ大量の対戦車弾頭が迫って直撃を受けた車両は擱座する。中には不運にも砲弾に誘爆した車両もあり、これは派手に吹っ飛び周囲を驚かせた。


「退避!」


 発射後は速やかに蛸壺へ退避した。仮に榴弾を撃ち込まれても爆風や破片は地上で留まる。地下に縦方向1.5mに掘られて横方向に退避壕もある蛸壺が守ってくれた。


「こんな色物でも重戦車を破壊出来るもんだ」


 日本兵に与えられた対戦車兵器は自軍の物と各国軍供与品の混ぜこぜである。


 自軍の物は三式四十五粍無反動砲とされた。これはドイツ軍のパンツァーファウストと同じ無反動砲である。口径80mmの対戦車弾頭(HEAT)を先込めで装填して発射した。その原理から有効射程は90m程度であり命中精度には期待できない。もっとも、静止した上に大柄のティーガーⅡには簡単に直撃させられた。


 次の供与品はアメリカ製とイギリス製に分けられる。


 前者はアメリカ軍のM1バズーカだ。対戦車(HEAT)ロケット弾を発射する兵器だが無反動砲同様に後方へ爆風を生じさせる。ロケット弾を再装填して何度も使用できる点や有効射程が約130mと長い点から最優秀に数えられた。しかし、冬のような過酷な環境では動作不良を起こしがちで必ず活躍するとは限らなかった。


 先述の三式とM1は後方への爆風ことバックブラストを生じさせる。したがって、後方10~20m圏内に障害物や人を置いてはならないと厳命した。今回はきっちり体をせり出し安全を確保した上で使用するが、蛸壺や障害物に身を隠す兵士には運用が難しい。


 そこで、イギリス軍のPIATの出番だ。


「このバネがきつい…と!」


 英国面と珍兵器に括られるPIATだが、絶大な利点から馬鹿にしてはならない。こちらは無反動砲やロケット弾発射機でもない擲弾発射機だった。その発射方法は独特のバネ式のため、後方への爆風のバックブラストは発生しない。具体的にはバネの反動により対戦車弾頭を発射する。バネの強みは簡易且つ小型なことに収束し携行性に優れた。そして、バックブラストが出ない利点は塹壕でも安全に使用出来る。


 同時に弱みはバネの反動を使うため、弾頭は弧を描く曲射で有効射程は短い。肝心の信管が正常に作動しない不発弾も発生した。また、再発射にはバネを縮める必要があり大変な労働を要する。これらの点から珍兵器に括られるが、前線の兵士にとっては貴重な対戦車兵器なのだ。


 バネを引く作業は力で劣る日本兵にとって大変な重労働になる。しかし、バックブラストが出ないだけでも絶大な利点と評価した。ゲリラ戦を得意として蛸壺や洞穴を多用する以上は無反動砲の使用は難しく、一転してPIATは安全に使用できる唯一の対戦車兵器のため重宝している。


「この重労働が報われるってんだ!」


 機関銃を乱射するパンターに狙いを絞り再び投射する。確かに弧を描くが上手いこと砲塔と車体の間に突き刺さり、小振りなHEATでも集中して撃ち込んで数を稼ぎ擱座させた。


 巧妙に仕組まれた蛸壺にPIAT等の活躍で突入した敵戦車隊は後退を開始した。見えない敵から攻撃を受けてしまい、ティーガーⅡやパンターを数両失うことは失態である。煙幕弾で視界を遮り随伴歩兵の必要性を感じながら後退した。


 しかし、バルジ攻勢は始まったばかり。


続く

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