第100話 超重爆『富嶽』飛ぶ

1944年12月


 大日本帝国全軍待望の純国産超重爆撃機が遂に初出撃を迎えた。


 前提として日本の純国産重爆撃機自体は確立されている。アメリカのB-17やB-24にイギリスのハリファックス、ランカスターに肩を並べる鋒山が開発された。しかし、それは四発重爆撃機に過ぎず戦略爆撃軍は太平洋を往復できる超重爆撃機を欲した。単純にドイツ本土を爆撃すると考えれば重爆撃機で間に合う。何も太平洋を横断する超重爆撃機を欲する意図が読めなかった。


 私的な必勝策を掲げた中島・川西社の中島知久平大社長(現会長)はZ機という六発超重爆撃機を軍へ提示する。内容は単純な戦争の道具としての軍用機に留まらず民間旅客機大競争に打ち勝つことも含められた。世界中の空を日本製が飛び回る未来を志す壮大な計画は政府及び陸海空軍に承認される。ただし、総合戦略研究所の微細な修正が加えられた。


 ドイツ戦の緊張が高まった1938年より始まったZ機計画は約6年をかけて成就する。前線基地と化したイギリス本土でも、大工場を務めるアメリカ本土でもない。世界を裏から動かす大日本帝国の北の広大な大地から飛び立った。


「爆撃目標はドイツ首都ベルリンと聞きました。私は例の新型爆弾でないことに安堵しています」


「アインシュタイン博士が言うには一つの都市が消し飛ぶ威力を秘めると。この富嶽でも搭載できてしまうが祖国では難しかった。会長曰くアメリカが製造しているが間に合うか微妙とも」


「そんなことより、軍から富嶽の月当たりの生産量を引き上げることを指示されました。新しく北海道に建設する工場が担当になりますが、対ソを念頭に置くとなれば…」


「そこは技術者の考えることじゃない。私達は富嶽の性能を引き上げ、ジェット化も考えるだけ」


 Z機こと正式名称『富嶽』は敵首都ベルリンに向かった。イギリス本土を利用したピストン爆撃は面白くない。帝国本土より太平洋を越えてアメリカの頭上を通過してベルリンに達した。重爆撃機はイギリス本土を拝借すれば簡単に爆撃できる。しかし、世界最大の海を越えて爆撃する常軌を逸した作戦を成功させることで大日本の威光を示した。


 もちろん、作戦は関係各所以外に共有されていない。その関係各所に大衝撃を与えて上層に伝えさせれば、戦後日本の影響力を底上げさせられた。日本は太平洋を横断できる航続距離の超重爆撃機を持っている。これでは下手に手を出せない。ましてや、日本でも研究が進む悪魔の兵器を持てるとなれば尚更だった。


 もっとも、日本は更なる先を見透かして皇国と潜水艦への搭載を急ぐが今回は省略させてもらう。


 技術者達の細かい話に入る前に最終的なカタログ値だけ挙げておこう。


〇超重爆撃機『富嶽』

全長:約47m

全幅:約63m

全高:約10.4m

主翼面積:約370㎡※1

エンジン:栄冠ターボプロップエンジン×6

     約3500馬力

プロペラ:4翅×2(二重反転)

最大速度:650km/h(10000m)

航続距離:180,00km※2

爆弾搭載量:最大15t

防護武装:20mm×8


※1後退翼にフォークト博士提唱の形状のため見方によって変わる

※2爆弾を減らしたり増槽を付けたりで延長可能である


以上


「何を難しいことを考えているのです。今は今です」


「中川さん。ご自慢のターボプロップは良い音出して飛んでいきましたね」


「最初は会長の命じた5000馬力を目指しましたが、結局は3500馬力に妥協を余儀なくされています。技術者として恥ずかしいばかり」


「何を仰りますか。今はジェットまでの中継ぎで5000馬力を目指しているのに」


「まだまだ足りませんよ」


 超重爆撃機を遥か遠くまで飛ばすエンジンは最重要と言って差し支えない。無理難題と匙を投げそうな要求に立ち向かったのは、中島・川西社の若き天才エンジニアの中川良一氏だった。彼は欧米の優れたエンジンを手に入れては隅々まで研究している。挙国一致と並ぶスローガンの独創性を遺憾なく発揮し、数々の傑作を世に送り出した。


 具体例を挙げれば、零戦など多くの機体で採用されては未だ使われる空冷星型複列14気筒の『二光』を生み出した。また、アメリカから両国海軍を通じて手に入れた『ワスプ』を参考に空冷星型複列18気筒の『誉』を制作する。誉は2000馬力を発揮しては二段二速過給機や排気タービン式過給機を加えた。現在は空冷志向の強い海軍の主力発動機として多種多様な機体に採用される。アメリカ製を倣い各所に余裕を持たせた設計により、重量と大きさは嵩んだが工場での生産性と前線の整備性が両立された。


 それから中島大社長肝いりのZ機用エンジンにとりかかる。当初は大社長直々の要求である5000馬力を発揮するため、22気筒を複列の44気筒案や誉をタンデム結合した36気筒案などが出された。しかし、エンジン開発を良く知る天才は全て蹴って新規を選択する。


 それがターボプロップエンジンだった。当時の認知度は低かったがジェット機研究第一人者の種子島氏により急速に浸透した。その際に低燃費で航続距離を稼ぎ易いターボプロップがZ機に向いていると知る。所属する中島・川西社が巨大航空機メーカーと雖も所詮は民間企業だ。彼が入手し辛い情報や物自体は種子島氏の軍人特権を活用して強引にも手に入れる。それでも国内だけでは無茶があった。よって、日本に帰化したロールスロイス社の力を借り、且つアインシュタイン博士に代表される国内外の物理学者が参加した。


「ロールスロイス社は独自の物を作るに違いありません。世界初を果たした我々が遅れてはならない。この栄冠の出力を増強した5000馬力を遅くとも、来年に完成させるつもりです」


「そんな直ぐにですか」


「当たり前です。我が国の航空機用エンジンは発展途上にあります。アメリカのダブルワスプにイギリスのマーリンと客観的に見てきました。二光と誉は傑作と評価してもらっても、私は全く満足していません」


 己が日本の航空機技術の飛躍的な発展に貢献しても満足していない。日本という特異な立場を最大限活かし、欧米の様々なエンジンを見て来た。参考という真似事をしてはいつまで経っても成長できない。


 彼は日夜問わず開発に没頭して44年初頭に世界初の実用的なターボプロップエンジンである『栄冠』を完成させた。挙国一致の下に生まれた栄冠は約3500馬力を誇る。ガスタービンエンジンのため純粋なレシプロとは違うことにご留意いただきたい。3500馬力の凄まじいエンジンだが大きな弱点も有した。各部に希少な金属を使うため生産数は極少数で大量生産は難しい。3500馬力の図抜けた出力であるが故に整備も面倒を究めた。現段階では超重爆撃機のような少数精鋭に絞っている。なお、栄冠の富嶽向けはオプションとして水エタノール噴射装置が追加された。


 開発の中で一番の問題だった高温に耐え得る合金は新しく製造された。Z機計画に伴い住友金属が担当している。ニッケルやクロム、コバルトなど希少金属を混ぜて新しい耐熱合金を作り上げた。希少金属自体は委任統治領のインドネシアから産出される。鉄は中国とオーストラリアの金属鉱山から直接供給された。


 エンジン話に熱が帯びると機体開発に携わった技師が登場する。


「菊原さん! 四式と五式の開発は順調と聞きましたよ」


「はい、本当は今日も現場にいる予定でしたが、上が気を遣ってくれました。流石の私も富嶽発進を見届けたく思い」


「いやはや、菊原さんの知恵がなければ富嶽は生まれなかった。当然でしょう」


 その技師の名は菊原静男といった。


 日本が世界を突き放す飛行艇の第一人者でありZ機開発で実績を買われた。飛行艇を(部分的に)重爆へ転用することは珍しくない。彼は自身が二式大艇の開発で培った徹底的な軽量化を超重爆撃機Z機に注入した。具体的には機体構造に段ボールの波板構造を採用し。零戦と同じく超々ジュラルミンを使うことで大幅な軽量化に成功する。また、主翼には中島技術者と共同開発した親子式フラップで操縦性を改善した。


 現在こそ川西社で九九式飛行艇の後継である四式飛行艇、二式大艇の後継である五式大艇を開発中である。日本は島国で海に囲まれている都合で潜水艦は最たる脅威だった。ドイツのUボートにより大きな損害を受けると認識を改める。軍は潜水艦を即座に発見しては撃沈する対潜哨戒機を欲した。イギリス軍が九九式をスワン飛行艇と名付けて輸入し主力飛行艇に据えた経緯から外国への輸出も含まれる。


「これだけの化け物を作り上げるためには一日では足りません。途方もない数の問題に対し一つ一つ丁寧に潰していく。特に主翼は苦心しまして私だけではどうにもならない」


「えぇ、大変なご苦労と察します」


「リヒャルト・フォークト博士の主翼案は『瓢箪から駒が出る』でした」


 主翼で素晴らしい設計を繰り出したのは奇才リヒャルト・フォークト博士だった。非対称機ばかり注目されるが、航空力学に多大なる貢献をしている。航続距離を伸ばしたい富嶽開発に颯爽と現れては後退翼と延長翼を提示した。後退翼は言わずもがなのため省略するが延長翼は斬新を極める。後にウィングレットやウィングチップと呼ばれる延長翼は燃費向上に寄与した。いくら高品質燃料を確保していると雖も消費が少なくなるに越すことはない。


「富嶽空技廠が開発した対空電探やら、対地電探連動爆撃照準器やら、何もかも装備している」


「えぇ、アメリカから貰った与圧装置もありますし」


 富嶽は対空電探や対地電探連動爆撃照準器を装備した。更には高高度飛行の対策で与圧装置も備えている。特に与圧装置を日本で実用化することは困難を辿ったが、日米関係改善に先行して、B-29を急ぐボーイング社から試作機丸ごと与圧装置を入手した。これを磨き上げて国産の実用化に至る。


 これら高度な電子機器については空技廠が担当した。Z機は数えきれない人員が注ぎ込まれる。ただし、各々の得意とする分野に分かれていた。艦船のブロック工法のようにZ機開発は分業が敷かれる。高度な技術を有する空技廠は内部の電子機器に集中させ、機体本体の設計には口を挟む余地を与えなかった。空技廠は素晴らしい頭脳を有した集団である。しかし、時に生産性・整備性に欠ける設計を施すため電子機器に限った。


「これの月産数を上げるのは相当です。出撃した5機は先行生産機で正式な量産機じゃない事が証拠になる」


「苫小牧と室蘭の工場が本格的に稼働すれば月10機を目指せる。それまでに戦争が終わっていそうなのがもどかしい」


「国土や資源を鑑みれば祖国日本は大健闘していましょう。今は戦時中でつぎ込む先が多すぎる。平穏が訪れれば我が社は軍民問わず大型機を生産しますから」


 世界を驚かせる一大爆撃作戦はZ機単体の力では実現できない。爆弾搭載量を500kg爆弾20発に減らし、主翼下に増槽を吊り下げ航続距離を延ばした。飛行ルートは太平洋を横断する渡洋でベルリンを目指す。爆撃後はイギリス本土北部の空軍基地に着陸して給油を受ける。そして、行きと同じ太平洋横断ルートで基地に帰投した。ユーラシア大陸を通過するルートも考えられるが、信頼性に欠けたソ連への警戒心が大きい。また、日本しか把握していない偏西風を活用したく太平洋横断ルートが採られた。偏西風のジェット気流は現時点だと日本しか真っ当に研究対象として確認していない。これにいち早く気づいては効率的な飛行ルートを導き出したのだ。


「無事の帰還を祈りましょう。先のことより今のことを考えなければなりません」


 この爆撃作戦だけで途方もない努力が注ぎ込まれている。


 見上げる技術者達は成功を祈るばかり。


続く

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