第103話 ツイン・ゼロファイター

 イギリス本土爆撃は日英空軍が奮戦したバトル・オブ・ブリテンの勝利で皆無に等しくなった。今度は逆にイギリス本土からドイツ本土への戦略爆撃を開始し、各地の工業地帯を滅多打ちにしている。これに怒りを覚えたドイツは逆襲と言わんばかりにUボートを差し向けたが、多量の駆潜艇や海防艦が配置されて飛行艇や爆撃機を転用した対潜哨戒機が封じ込めた。


 もはや、ドイツに打つ手なしかと思われたが逆転の報復兵器が撃ち込まれる。再び無視できない甚大な被害を受けた。幾つか迎撃手段を講じる中で最効率を誇ったのが異形の戦闘機なのは面白い記録である。


「これで3発目か。景気よく撃ち込めるだけ、末恐ろしい国だぞ」


「チョコレートをかじる間があるから操縦頼む。俺達が迎撃している間にアメリカ軍がB-17を飛ばして発射場を破壊してくれるさ」


「B-24が登場しても空の要塞は健在ってのはアメリカの国力を思い知らされる。噂ではB-29って新型があるって」


「らしいな。超大国はとんでもねぇ」


 空中の会話からして複座の機体だが姿形は正に異形だった。思わず興味深そうに寄って来た友軍機のパイロットは苦笑いを隠せない。友軍機というもののイギリス本土は多国籍軍の一大基地を誇った。実際はアメリカ陸軍の最新主力機P-51戦闘機と見える。アメリカ陸軍はP-51とP-47を主力に据えるとドイツ空軍を徹底的に叩いた。前者は爆撃機を護衛しつつ迎撃機を撃墜して回り、後者は飛行場に並ぶ敵機や設備を爆弾とロケット弾で破壊する。


 日本陸軍は三式中戦闘機『飛燕』と四式重戦闘機『疾風』を併行させ、日本海軍は艦上戦闘機『烈風』と零式艦上戦闘機を併行した。もちろん、これら以外に局地戦闘機や双発重戦闘機、水上戦闘機などが確認されている。しかし、日本軍以上にアメリカ軍は自慢の国力を糧に多種多様な機体を投入した。改めて、超大国の凄まじいパワーを学ばされたが、祖国は負けず劣らずのオリジナリティで勝負する。


 P-51を笑顔で見送ってから操縦を交代した。


「やっとチョコレートをかじれる」


「サイダーも飲んでおけよ」


「わかってるさ。にしても、これこそツイン・ゼロにしか出来ない芸当よ」


 報復兵器の迎撃に活躍するのは日本海軍のツイン・ゼロだった。漢字の多い和名でないのは試作機に尽きる。前線ではアメリカ兵から頂戴した渾名をそのまま使用した。試作機を投入するのは気が引けても性能は特段悪くなく、報復兵器の迎撃任務に適合する。


 ツイン・ゼロの名から察せるかもしれないが、その見た目はゼロ戦を並列に連結した。2機の零式艦上戦闘機を連結した双胴式戦闘機がツイン・ゼロである。零式艦上戦闘機の五二型を選択して主翼と水平尾翼を連結する。一応は双発機となり操縦席が2つ用意された。なるほど、これならパイロットが交代制で操縦することにより、長時間且つ遠距離の飛行を可能している。


 ただ、いかにも安直な考えと言われるに違いなかった。


「V1の発射は性懲りなく行われている。ありゃ時代を変える兵器だ」


「そう思う。今まで爆弾を飛ばすなら有人の爆撃機が担ったが、V1は完全に無人だから人材を気にしないでいい。確かにハチャメチャな所へ飛んで行くが、馬鹿に出来なかった。あれが精度を高めて速度も上がったら迎撃できなくなる」


「時代は変わっている。俺達は置いていかれるかも」


 ツイン・ゼロは専ら報復兵器のV1飛行爆弾を迎撃することに注がれる。ただでさえ、航続距離が長い零戦を連結している。飛行可能時間は従来機を引き離して長時間無補給で飛行でき、パイロットも交代制のため適宜休養を挟み集中力を保持した。


 それにしても。V1とは何ぞやだろう。


 V1はドイツの最新兵器であり、簡単に言えば極初期の巡航ミサイルと言える。厳密には違うが、分かり易いため便宜上で呼称させてもらう。V1は完全無人の飛行爆弾でロケット弾とは根本的に異なった。推進機構はパルスジェットエンジンを採用して1t近い炸薬を200km以上も飛ばせる。それでいてコストパフォーマンスに優れる報復兵器だった。パルスジェットエンジンはジェットの中でも簡素で安価が強みである。また、使用する燃料は自動車向けの低オクタン価ガソリンでよかった。窮乏の激しい末期ドイツには使い易い上に人的資源を消費しない。精度は劣悪で低速でもコスパの良さから数を撃ち込んで補った。


「ほら、さっきのP-51が撃墜した。簡単に撃墜できても技術が進めば厄介な兵器になる」


「スピットファイアが翼を当てて進路を狂わせたって逸話も聞いたな。それも今だけの笑い話になるのか」


「そういうことだ」


 先ほどのP-51が難なくV1を撃墜する。所詮は無人機のため単調な飛行しかできない。自衛の手段も持たないため悠々と銃撃できた。しかし、何よりも速度性能が大したことなく600km/h程度しか出ない。ツイン・ゼロは簡単に追いついて軽く観覧できてしまった。イギリス空軍の中には勇気あるスピットファイアが翼を軽く当て、進路をずらして何もない海へ突っ込ませた笑い話がある。


 もっとも、撃墜するのが確実なため原則として銃撃を行う。


 ツイン・ゼロは形状の都合で機首や左右の翼に機銃を持たなかった。機体中央の主翼連結部(内翼)に集中して機銃を配置する。当初は長距離護衛戦闘機として開発された都合で三式12.7mm機銃6門を有した。安心と信頼のM2ブローニングだが国産化に伴って改良を加える。使用する弾薬は素のM2ブローニングと共通するため前線の負担は抑えられた。


 余談だが、日本陸海軍が共通運用する7.7mm機銃はブローニング.303で20mm機銃はイスパノが基である。全て国産化という改良を完了して弾薬も連合国軍で互換性を有した。特に7.7mmは地上部隊の軽機関銃及び小銃と同じのため、弾の種類次第だが航空機から取り外して装填できる。


 話を戻す。武装が12.7mm6門というのは十分に聞こえるが満足しない者もいた。そんな満足しない者向けには機動性を犠牲に多種多様なガンポッドを装備させる。対空には12.7mmM2ブローニング8連装や30mmホ155、40mmホ301などを用意した。これらは重爆撃機の迎撃用に使用され、本機の一撃離脱戦法において大火力を遺憾なく発揮する。対地では37mmホ203があり硬芯徹甲弾による掃射で敵戦車を撃破した。ただ、専門の襲撃機による成形炸薬爆弾及び焼夷爆弾の大量投下で間に合っている。


「あ~そこまで甘くない。もうちっと、甘くしてもらいたい」


「文句言うな。眠気覚ましも含めて作られ食い尽くさないよう配慮されたんだ。しっかり、考えられているんだぞ」


「そうはいってもなんだ。まぁ、サイダーで流し込むよ」


 休憩中は眠気覚ましのチョコレートをかじる。カフェインを含有するため眠気を飛ばして集中力を回復させた。しかし、チョコレートにしては甘くなく積極的にかじりたいと思わない。これはレーション同様に一度に食いつぶさないことの対策が込められ、文句を垂れることなく黙ってサイダーで流し込むのが吉だった。


 そして、先から本機のパイロットは仲が良さそうである。実は2人は航空兵同期の腐れ縁で共に異動することが多かった。バトル・オブ・ブリテンでは零戦を操っては見事なコンビネーションで敵機を撃墜する。その仲の良さを買われるとツイン・ゼロのテストパイロットを務めた。そして、V1飛行爆弾に代表されるイギリス本土爆撃の迎撃に活躍している。


「2発見えた。行くぞ」


「よっしゃ、仕事に取り掛かるか」


 極めて奇抜なツイン・ゼロファイターの活躍は多く語られなかった。本土防空が大半を占めて派手さに欠けるのだ。しかし、彼らの働きによってイギリス本土の市民が犠牲になることが防がれる。


 影なる役者とは彼らのことを指した。


続く

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