第98話 フォークト博士渾身の力作

 大日本帝国軍は大損害を出しつつも枢軸国軍を押し込んだ。これは入念な偵察に依るところが大きい。陸海空全てにおいて偵察専門の兵器が存在して陸軍は装輪装甲車、海軍は艦上偵察機及び波号潜水艦、戦略爆撃軍は陸軍共通の陸上偵察機を有した。


 その中でも敵味方から恐れられた存在が航空偵察機である。特に1940年に陸軍が制式化した百式司令部偵察機が有名だった。百式司令はF4U-JやP-51など最新の戦闘機が登場しても最高速を保持し続ける。しかし、1940年に制式化された機体では頭打ちが否めず新しく三軍で共通して運用する陸上偵察機が欲せられた。あまりにも優秀過ぎた百式司令は全軍で運用されたことを踏襲した。工場の生産から現場の整備まで考えて偵察機は一貫させる。


 様々な試作機が提案された中で戦略爆撃軍は諸々の都合により、実戦試験の名目で試作機をドイツ本土偵察に差し向けた。それは恐ろしい異形の偵察機のためパイロットも偵察員も嫌悪感を覚えたが、見た目とは裏腹に圧倒的な高速性能と安定性から馴染んでしまった。


 天才リヒャルト・フォークトの渾身の一作だろう。


「ハンブルグは酷い様子だ。米英軍による工業地への戦略爆撃と聞いているが」


「爆弾は風に流されますから仕方ありません。こうして工業を締め上げることで前線の兵器の質が落ちます。そして、味方が撃破し易くなります。特に空軍が顕著でして戦闘機隊は快進撃に次ぐ快進撃を見せており」


「新戦術や新型機を繰り出しても数が無ければ通用しないぞ。そこに質の低下が追い打ちをかけたか。海軍のコルセアと並んで陸軍はフォッケを研究した疾風が圧倒した。我々の重爆撃機もB-24やB-17を吸収してB-29を上回る鋒山を送り出した」


 戦略爆撃軍所属の偵察機は夜間に予定するドイツ本土工業地帯に対する爆撃の効果を高めるため、事前に工場の復旧状況や防空体制を知る強行偵察を敢行した。普通は敵空軍の戦闘機が急行するが、沿岸部のレーダー基地は空母機動部隊が完膚なきまで破壊している。


 会話の中でフランス方面では大空戦が繰り広げられていると聞こえる。我ら栄光の大日本帝国軍は敵を砕き続けた。最初期からドイツ空軍と熾烈な戦いを続けた経験があり、休むことを知らない訓練と研究のおかげで互角に持ち込んでいる。しかし、今は世界最高峰の航空機技術を培った祖国に敵は無かった。


 海軍はアメリカ製F4Uを大改修したF4U-Jという艦上戦闘機『烈風』を配備し、陸軍は鹵獲Fw-190を参考に四式戦闘機『疾風』を投入する。戦略爆撃軍は護衛戦闘機を陸海軍に頼っているため戦闘機は持たなかった。ただし、重爆撃機は山茶花・山梔子に始まり最新の重爆撃機『鋒山』に到達する。英軍のハリファックスやランカスター、米軍のB-17やB-24を吸収して『鋒山』を世に送り出した。何かと不具合の多いB-29ではなく日本の鋒山を購入すべしとの声が漏れ聞こえる。


「博士が真心込めて制作した偵察機の調子は良好だ。敵地ど真ん中を悠々と飛行できるのは存外面白い」


「世にも奇妙な三発機ですが」


「おいおい、三発機を馬鹿にしちゃならん。イタリア空軍はSM.79の三発爆撃機を投入してイギリス海軍を痛めつけた。地中海の戦いが続いた頃は海軍の機動部隊なくしてマルタ島死守はならない」


「はっ! 失礼いたしました」


「ただ、理解はできる。長く百式を操ってきたから違和感を拭い切れない」


 復旧進む工場や高射砲の位置などを写真のみならずメモに可能な限り詳細に記した。パイロットは敵機を警戒しつつ視認性を確保し偵察員は手際よく写真を撮ってはメモに落とし込む。


「浅いな。ああして高射砲を撃っては機銃もめくら撃ちしては自らの位置を晒すだけなのに」


「自分が言えることではありませんが、やはり敵は未熟なヒヨッコが多いです」


「いや、正しいよ。イギリス情報部からドイツ軍は碌に訓練を積ませないで新兵を置いていると聞いた」


 流石に偵察機を見つけたのか対空砲火が開かれたが、素っ頓狂な所へ飛んで当たる気がしない。熟練のパイロットは機体を滑らせるなどして回避するが偵察員は懸命に食らいついた。敵が位置を晒してくれた以上はありがたく受け取らなければ失礼というものだろう。


 しかし、地上の対空砲に期待できないと空軍が腰を上げた。


「3時方向に敵機を視認!」


「判別できるか?」


「あれはメッサーシュミットの新型です。後期型だと思いますが自分が経験した機体よりも高速なので逃げるのが吉と」


「わかった、最高速に上げるぞ」


 生き残っていた飛行場から迎撃機が上がるがブンブン飛び回る偵察機を撃墜しないと国民に示しがつかない。特にイギリスのモスキートは厄介で新型機でも捕捉し切れず取り逃がすことが多かった。しかし、今回の日本機はモスキート以上の曲者である。


「新型であろうと、絶対に追いつけません」


「敵機を引っぺがすことよりも楽しい事はないんだな」


 迎撃機は緒戦から活躍するメッサーシュミットの最終量産型である。具体的にはBf-109K型であり後継機開発の失敗により仕立てられた。1500馬力級のDB-605エンジンに二段二速過給機を与えることで高高度性能に高速性能を底上げしている。これにより最高速は700km/hを突破するが、航続距離の短さは相変わらずで迎撃が精一杯だった。とはいえ、現在は本土に飛来する敵機を迎え撃つだけのため航続距離は気にならない。


 しかし、メッサーシュミットK型を引っぺがして見せた。ドイツが見限ったリヒャルト・フォークト博士は日本の地で航空力学を究め、偵察機から超重爆撃機まで世界を呆気に取らせた凄まじい機体を続々と繰り出す。その一つが今回の偵察機で試作の都合で現場では試作機の名を引き継ぎ『P.170』と呼称した。


「エンジンが3つありゃ三倍だぞ」


 P.170はフォークト博士にしては異例の対称機でもエンジンを3基装備した三発機らしい。円筒状の胴体前部に1基持ち直線状の左右主翼の終端部に1基ずつ持って合計3基だ。機体全身を絞り込んで空気抵抗を減らすと見事なまでに異形を為して見る者を圧倒する。しかし、博士の航空力学が炸裂して見た目とは裏腹に高い安定性と高速性を発揮した。


 3つのエンジンはZ機研究所の試製『惑星』を採っている。Z機研究所とは六発超重爆撃機開発に当たり創設された。如何なる組織の垣根を超える組織とされて各メーカー・大学・民間研究所・亡命技術者・英米仏メーカーが集結する。ここで制作された試製『惑星』は超重爆撃機向けのターボプロップエンジンだ。中低速域での燃費が良く限られた燃料で長大な航続距離を確保し、且つ最大出力時の高速性能も確保されて複数基備えれば心強い。


 余談だが、ターボプロップエンジンは爆撃機に限定しないで海軍の飛行艇も採用予定である。飛行艇はとにかく長時間で遠距離を飛行するため低燃費のターボプロップが好ましい。既に川西社が九九式飛行艇と二式大艇の後続機を開発中だった。前者は仮称四式飛行艇とされデチューンされたエンジンを予定する。飛行艇に代表される水上機は日本が完全勝利を収めた。


 話を戻す。


 P.170は本体(主翼・胴体)の燃料タンクに外付けの落下式燃料タンクを備えて低燃費を意識すると航続距離は4000kmに達する。そして、速度性能は最高で780km/hを叩き出した。もちろん、最高速は全ての航空機を圧倒するが燃料を食うため逃亡時にしか出さない。性能は総じて素晴らしい数値だが試作機止まりであることは色々と察せる。戦略爆撃軍はリヒャルト・フォークト博士に多大な恩があり、世にも奇妙な試作機と雖も実戦に出さないと申し訳なかった。


 ただ、自慢の最高速で最終量産型メッサーシュミットを引き離したことは事実だろう。


「こいつはフォークト博士が喜ぶぞ」


続く

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