第97話 ベルギーの守りを強化せよ

「隊長、今来た軽戦車も砲塔を即席トーチカにして車体は機関銃に」


「うん、従来通りで防御線を敷いてくれると助かる」


「分かりました。工兵隊に伝達します」


 大日本帝国はアメリカとイギリス軍によるフランス大進撃に伴いベルギーとオランダを奇襲した。ドイツ軍は両国を放棄したが国境線に防御線を構築して守りに徹し、解放した日本軍も下手に攻めることはせずに補給地点の建設に注力する。カナダ軍や亡命国軍の協力により奪還を許さずアントワープ港を基点にベルギー=オランダ要塞が構築された。


 しかし、連合国軍の主力はフランスのジークフリート線等の硬い守りに阻まれている。日本軍と邂逅するまでは暫くを見込む間に両国への反抗が予想されるとベルギー防御の強化は差し迫った。オランダはアメリカ軍の空挺部隊が川への降下に成功しているため十分と判断されている。


 そんなベルギーの防御を任されたのは大日本帝国陸軍の中川州男大佐だった。


「その、何と言いますか。中川大佐はお優しいのですね」


「そうか。私は至って普通にベルギーの守りを固めているだけ」


 中川大佐と共に随時更新されるベルギーの地図を眺めるはギリシャ軍出身の青年将校である。中川大佐がクレタ島守備隊に就いていた際に臨時的に部下となった過去を有し、約1年に渡る同島のゲリラ戦を以てドイツ軍を撃退した手腕を間近で見た。島に引き込んではゲリラ的な襲撃と砲撃で敵を各個撃破する戦いぶりに感銘を受け、日本=ギリシャ共同戦線の名目で中川大佐の参謀役に志願した。大佐も意思疎通が容易く気心の知れた部下がいると安心なため、第三者的な視点から物申してもらえてありがたいと快く受け入れた。


「いやな、言いたいことは分かった。アメリカ陸軍の置き土産は旧式と化した軽戦車と中戦車、砲戦車が多くてドイツの最新戦車には太刀打ちできないと。M10やM18といった対戦車自走砲は前線に送られるから残るわけがない。本当にこんな装備で勝てるか」


「は、はい。その通りです」


「私も悪魔の機甲師団を迎え撃つには厳しいと見ている。それは否定しないが機関銃に小銃、機関短銃と重火器は弾薬まで潤った。歩兵を相手するには過剰とも言うべき用意が整えられている。それに敵戦車を通してもジリジリと消耗を強いるのがゲリラ戦なのだ」


「だと良いのですが…」


 基点であるアントワープは補給地点のため物資自体は集中して送られた。大半はフランスの連合国軍へ送られ、現地に残ったのは余剰で倉庫を圧迫する旧式兵器ばかり。アメリカの供与拡大により小銃や機関銃といった銃火器は羽振りよかったが車両や大砲の類は旧式ばかりでウンザリした。


 懸念されるドイツ機甲師団の奇襲を受け止められる車両は無い。真正面から対抗できるM4シリーズやチャーチル歩兵戦車、ファイアフライ、クロムウェル、M10、M18は全て最前線に送られて一両も置かれなかった。特に火力の高いファイアフライとM18は引っ張りだこで需要がひっ迫する。前者は17ポンド砲の大火力でティーガーⅠを食い破り、後者は76.2mm砲と快速を活かした一撃離脱戦法でかき乱した。その他も切り札を悟らせない囮役や奇襲戦術のため続々とフランスへ送られる。


 置いてけぼりの旧式と言うのはM3リー中戦車、M3/M5スチュアート軽戦車、M8スコット自走砲がある。イギリス軍のバレンタイン軽戦車もいるにはいるが少数のため戦闘ではなく観測車両などの補助役を務めた。この中で75mm砲を持つM3リーが辛うじて戦えそうだがドイツ軍は四号戦車長砲身型、パンター中戦車、ティーガーⅠ重戦車を主力に並べる。M4までのつなぎ役だったM3リーにはあまりにも荷が重すぎて馬鹿真面目には使わない。


「中戦車と軽戦車から取り外した砲塔を塹壕に置けば即席のトーチカになる。人員は砲手と装填主だけで重機関銃と変わらない。それに装甲が張られていれば至近弾から身を守れる。砲撃もそう簡単には当たらない」


「アメリカの37mm砲は榴弾と榴散弾を使用できます。対歩兵では絶対の火力を吐きだせて同軸機銃もあるため掃射も利きました。これを思いついた栗林中将は現代の策士と」


「そうだ。あの人は所謂エリートだがとても温厚である。この私をベルギー防衛に充てる推薦を出す程に優しい」


 旧式戦車は偵察車両や観測車両向けを除いた皆が砲塔を取り外されると塹壕に置かれた。M3リーとM3/M5スチュアート戦車の37mm砲塔が対象にされてアメリカ陸軍の37mm砲は榴弾と榴散弾を発射可能である。対戦車には非力でも対歩兵では速射と相まってかなりの脅威を与えた。更に軽戦車の砲塔は同軸機銃を備えるため掃射も行えると侮れなかった。


 砲塔内部には砲手と装填手の2名だけでよく兵士を効果的に配置させられる。砲塔は型により多少の差異あれど基本的に50mm装甲で守られる。中戦車も軽戦車も小振りな的が小さくそうそう被弾しない。そして、万が一に被弾した際は塹壕を通って他の砲塔に移動するため一定の生存性も確保された。


 車体に75mm砲が付随するM3リーは機動野砲に転身して火消し屋になる。頑丈で故障しないことから防御線を走り回る消防車に充当された。75mm砲は腐っても主力級戦車砲のため使い勝手は悪くなく自走砲に生まれ変わる。


 しかし、車体だけのM3/M5スチュアート軽戦車はどうするのだ。


「知っていると思うが軽戦車は対空戦車にしている。12.7mm重機関銃を置くだけでも違う」


「はい、アメリカ陸軍はトラックを簡素な対空戦車を配備しています。何も不思議に思っておりません」


 軽戦車は37mm砲塔から簡素な12.7mm連装機銃の対空砲塔に挿げ替えられた。M2ブローニング重機関銃を連装にした。対空戦車と名付けたが洋上の空母機動部隊とフランスの空軍基地制圧により、制空権は完全に掌握済みで専ら対地支援射撃に使用される。こちらは車体を盛り土等に埋めて固定して重機関銃を振り上げた。


「お話し中、失礼します。アメリカ陸軍より余剰となったM8砲戦車の追加が到着すると」


「それは嬉しい。余り物には福がある」


「同時に75mm砲向けの榴弾が輸送されます。リバティ船で運ぶためUボートに撃沈される恐れがあり、決して期待しないで欲しいとも」


「弱腰のようだが仕方ない。海軍曰く敵のデーニッツ大提督は聡明で潜水艦の運用に秀でた。海軍の艦艇も多く被害を受けていて主力級ではなく輸送船を狙った攻撃は中々落ち着かない」


 一番最後のM8スコット砲戦車は厳密には自走榴弾砲に分類された。アメリカ陸軍は一般的な戦車でも固定戦闘室の傾向が強い自走砲と呼ぶ。M8に限らずM10やM18も砲塔を持った戦車だが対戦車自走砲・駆逐戦車に振り分けた。本題のM8は自走榴弾砲のため砲塔はオープントップ式に短砲身の75mm榴弾砲を有する。高威力75mm榴弾砲に50km/h以上の快速性が強みのため簡易トーチカには選ばれず、そのままの状態で神出鬼没で一撃離脱を繰り返すゲリラ戦に投入された。


 アメリカ陸軍はM8を数百両規模で生産したが75mm榴弾砲は中途半端と見る。なぜなら、105mm榴弾砲を装備したM7プリースト自走砲や同じ75mm砲のM4が登場したからだ。敢えてM8スコット自走榴弾砲を運用する必要性を感じない。したがって、余った車両は二線級に下げていたところアントワープ防衛に車両が必要と知るや否や素早く譲渡した。


「戦いは武器の新旧で決まるような遊戯じゃないんだ。仮に古めかしい武器であろうと使い方では大きく化ける」


「クレタ島では旧式の小銃が猛威を振るいました」


「そうだ。旧式小銃は火力で劣るが射撃精度の高さから狙撃銃に適した。ここでも平地が多く三八式を構える狙撃兵は少なくない。主力の銃が短小銃で味方に半自動小銃が広がっても平地では長射程の小銃が依然として強い」


 中川大佐は旧式兵器を嫌な顔一つせず受け取ったが一工夫を加えてから防設置した。日本人が欧米人を驚かせ続けるのが独自の創意工夫であり、航空機から戦闘車両、小銃に至るまで工夫が巡らされる。もちろん、それは土台となる基礎的な工業と統一規格の存在が大きかった。


「ドイツが徹底的な質で勝負するというのなら、私は徹底的な工夫で対抗する。戦い方は質と量だけに限らないことを忘れないでほしい」


「はい。肝に銘じておきます」


 ドイツ軍最後の大攻勢ことバルジは中川大佐の工夫に直面した。


続く

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