第95話 パリの街から

 パリに日米仏(豪)の上級将校が集結してドイツ本土進撃を語り合った。パリ解放から数日が経過したに過ぎないが街の中心部は熱狂が続き凱旋門の通りにはトリコロールと日の丸が掲げられる。市民の想いを救った栗林中将は現場の判断で戦闘車両によるパレードを行うと到着が遅れたアメリカ軍は苦々しさを漂わせた。


 そんな街にアメリカ陸軍代表のダグラス・マッカーサー大将が降り立つ。ヨーロッパ大反攻に伴いマッカーサー大将が総司令官に就任した。したがって、アメリカは海軍のチェスター・ニミッツと陸軍のダグラス・マッカーサーの二大巨頭が揃う。親日派のニミッツはベルリン空爆から日本海軍との協調を強め、日米太平洋艦隊の創設に漕ぎつけたのに対して陸軍には目立った戦果が無かった。もちろん、圧倒的な国力を振り上げて単独行動を貫きすり潰しても構わないが、連合国軍は日英仏蘭四ヶ国同盟が主導となって組まれている。モンロー主義の弊害が指摘された今では単独行動は慎むべきだった。


 あのマッカーサーも日英仏との協調を無視できなかった。


「パリについてはド・ゴール将軍の自由フランス軍へ全面的に移譲します。ただ、我が軍も消耗しているため総じて補充が必要です。暫くはこの場に留まりアントワープからの補給を待たせていただきたい」


「許可しないわけがなかろう。むしろ、私からお願いがあった。どうか我々の機甲部隊を加えてもらいたい。あの砂漠の狐を煙に巻いた栗林機甲師団を間近で見て学ばせたいのだが」


「それこそ認めましょう」


 ド・ゴール将軍は自由フランス軍の実質的なトップで大きく強い発現力を有した。連合国軍での立場も高いがパリ解放の恩人は無碍に出来ない。申し入れはあっさりと認めて逆にお願いした。自由フランス軍はドイツ軍の電撃戦に敗れて国土を失うと戦車の自力開発が不可能に陥る。これでは機甲部隊の整備を賄うことが出来なかった。一先ずを供与品で整えているが実戦経験に欠けるため、歴戦錬磨の栗林機甲師団に加わって学ばさせてもらう。


 また、パリ解放から統治を自由フランス軍へ全面移譲することが合意され、フランス本土内を連合国軍が自由に行動できることも約束された。ヴィシー・フランス政府が倒れて本来のフランスが復古するが、祖国を取り戻してお終いではなくドイツへの逆襲を誓う。


「オブザーバーですが、よろしいかな。私が危惧しているのはベルギーのアントワープが強襲されることにある。ここを衝かれるとフランスへの補給地点を失い将兵は弾薬も食料が尽き果てるが」


「よく存じております。カナダ軍に代わりアントワープを含めた一帯にはクレタ島守備隊を転進させました。ギリシャからの猛攻を耐えきった指揮官がおります」


 ここでオブザーバー参加のオーストラリア軍モースヘッド中将が割って入る。褒められる事ではないが会議の空気が楽観的なため引き締めを図った。なお、事前に栗林と打ち合わせをしている。


「君の同僚は信頼できるのか?」


「クレタ島守備隊長の中川州男大佐です。彼は一からたたき上げの軍人であり土に塗れた現場を長く経験して守り方も熟知している。クレタ島が陥落しなかったことが何よりもの証拠ですが、いかがでしょうか」


「クレタ島の奮戦か」


 地中海のクレタ島はマルタ島に並ぶ激戦の地に数えられた。ギリシャに侵攻したドイツ・イタリア軍がエジプトへ掣肘を加えられる同島も攻撃する。本格的な空挺降下作戦で早期占領を図ったが少数の日本軍と島民がゲリラ戦で迎え撃った。いきなり空挺降下作戦の初動で大打撃を受ける。更に上陸部隊も水雷艇や魚雷艇の妨害に遭って数を減らした。辛うじて上陸に成功した部隊も硬い岩盤を活用した自然要塞に阻まれ、至る所から散発的な狙撃を受けては指揮官が倒れると士気は低下する。島のため満足に補給を繋げられずにクレタ島占領は頓挫し、ドイツはイタリア上陸によりギリシャ放棄を決断せざるを得ない。


 そんなクレタ島死守の立役者は日本軍指揮官の中川州男大佐だった。水際防御を捨て高地や岩盤を活かした防御に徹し、土地勘のある島民には狙撃銃を持たせて指揮官を狙い撃たせる。これにより敵軍の消耗を強いて指揮統制までも崩壊させることに成功した。更にはイギリス海軍の魚雷艇や水雷艇を効果的に活用しては補給線を断つ。その防御に係る手腕は高く評価されおりアントワープ防衛に異動が命じられた。ベルギー解放でアントワープは最重要の拠点であり、絶対に落としてはならない補給地点のため中川大佐のクレタ島守備隊がカナダ軍と交代して守りに就いている。


「アントワープ一帯に仕掛けるのならば相応の大戦力になります。緒戦のように大迂回してパリの再奪還からフランス本土より叩き出しを狙う。正直を申し上げると、我々の機甲師団では敵のパンターとティーガー、突撃砲を食い破ることは難しいです」


「そこは我々の機甲部隊の出番だな。1両のティーガーに対し10両のM4を投入すればよい。それにM10やM18もある」


「多勢に無勢はよく言われます。ドイツは確かに質に優れるが数が少なかった」


 マッカーサーはアントワープの重要性を理解しているが圧倒的な数の差で勝てると踏んだ。事実として、ベルギーとオランダを足掛かりにアメリカ本土から増援が大量に派遣されている。日米決戦が回避されたことにより陸海空の戦力がヨーロッパへ集中した。史実よりも遥かに上回る圧倒的な大戦力が注ぎ込まれる。


 もっとも、それは出遅れを埋めるためだ。


「では、ベルギーに限らずフランス本土防衛は貴軍に任せてよいと」


「何のために私がやって来たのか」


 全軍を指揮するマッカーサー大将は自信満々にフランス本土防衛を宣言した。一方で栗林とモースヘッドは長きにわたりドイツ軍と戦ってきた経験がある。どうも不安を拭い切れなかった。相手がロンメルでないため心配するだけで無駄と言われるかもしれないがである。


「マッカーサー大将、マジノ線はどうされますか?」


 ここでモースヘッドが仕掛けた。


 少し遠回りした聞き方だが返答次第ではアメリカ陸軍の動きを絞り込める。


「ベルギーからの進攻を予定している。アルデンヌには最小限の兵力を置いて警戒にあたらせるだけだ。もし、奴らがアルデンヌを迂回して背後を奇襲するというならばベルギーの軍を即座に向かわせる。そうでないならベルギーから圧迫して突破する」


「分かりました。それでは私は別方向からアプローチを仕掛けますか」


「アプローチ?必要ない」


「いえ、アルデンヌは万が一のことがあります。イギリス・オーストラリア軍はアルデンヌの防衛に努めます。もし、手薄であれば揺動に動き貴軍を支援しましょう」


「私も機甲師団を率いてアルデンヌ突破を図ります。二方向からドイツ軍を圧迫すればベルリンへの道が開ける。ソ連との競争に勝ちたくはありませんか?」


「一理ある。よし、認めよう」


 栗林・モースヘッド機甲師団は補充を受けてからアルデンヌ地方へ向かう。マッカーサー軍はベルギーから仕掛ける一本目の矢となった。両名の軍は敢えて南のアルデンヌを迂回する二つ目の矢となる。どちらか片方でも突破に成功すれば緒戦のドイツ軍が行ったように食い破ってはベルリンを目指せた。


マッカーサーはベルリンに迫るソ連軍に負けたくなかった。その気持ちを汲んで逆手に取っては連合国軍の前線が崩壊することを予防する。彼らは再びアルデンヌを迂回して背後を奇襲してくることを危ぶんだ。


 バルジを弾き返すぞ。


続く

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