第94話 ジェット機開発は将来を見越し

1944年9月


「お~これはすごい」


「約800km/hを記録していますが全速力の試験であるが故に可能であり本当は750km/hが限界です。やはり主翼吊り下げ式では空気抵抗が大きく思ったよりも速度を伸ばせませんね」


「爆撃機には主翼吊り下げ式で戦闘機は胴体埋め込み式を採ると聞きましたが」


「その通りです。速度を求める戦闘機は胴体埋め込み式で空気抵抗を減らしますが、爆撃機は爆弾搭載量が求められるため複数基を主翼吊り下げ式にしました。最終的には全て胴体埋め込み式を目指したいですがね」


 群馬県にある中島・川西社の大工場では次世代主力機の飛行試験が行われた。ドイツ空軍が技術力に物を言わせてジェット機の開発を進めていることを知り、中島知久平大社長直々にジェット機開発を推進することが命じられた。もちろん、これは大日本帝国の総力を挙げて行われる。開発は中島・川西社主導でも三菱や川崎、日立、愛知など航空機メーカーが勢揃いした。また、官民問わず大学の教授や学生も掻き集められ、軍は海軍の種子島氏を筆頭に陸軍と戦略爆撃軍も加わる。更に特筆すべきはイギリスとフランスの技術者も参加していることだ。


 イギリスとフランスの技術者・化学者が昔から来日していることは周知の事実である。しかし、フランス降伏を目前とした時に「ドイツに捕まるぐらいなら」と日本へ亡命した者が多い。イギリスは直接攻撃を受ける危険性が強く情報漏洩も怖いため最先端の一部を親友日本に移転した。数こそフランスより少ないが羽振り良く人員を送っている。したがって、日本は棚から牡丹餅で最先端技術に触れることができ、己の強みである独創性を遺憾なく発揮できた。


「今飛んでいるのは吊り下げ式だから爆撃機に?」


「いえ、あれは試験機なので特に限定しておりません。主翼吊り下げ式は手入れし易いため試験機に丁度良く、これから主翼吊り下げ式と胴体埋め込み式で別れていきます」


「海軍名では『慶雲』と陸軍名では『火竜』と呼びますがね」


 担当者の説明に補足を加えたのは海軍出身で責任者を務める種子島大佐である。彼は開戦前からジェット機の必要性を訴え続けた。本格的な研究開発が始まるにあたり全軍を纏める責任者として大佐に昇進し、陸海空軍と各航空機メーカー、学者・研究者、英仏技術者という癖の強い面々を見事に統率してみせる。民間に任せることも重要だが規律のある軍人が率いなければ瓦解した。


「一先ずの先行扱いで主翼吊り下げ式の機体を戦闘爆撃機に使います。熟すのを待ち過ぎて逃しては本末転倒なので、多少は無理矢理にでも試験機を前倒し投入したい」


「戦闘爆撃機?」


「名前は建前に過ぎませんからご心配には及びません。戦闘機でも爆撃機でも卒なくこなせる機体なので戦闘爆撃機です。これだけの速度があれば局地戦闘機の運用に始まり、高速性を活かして対空砲火を突っ切り爆撃も強行できた」


 試験機は主翼吊り下げ式を採用しており海軍では『慶雲』と陸軍では『火竜』と暫定的に呼称された。名前だけが異なり機体は共通化させて運用と整備の円滑化を図る。


「しかし、戦略爆撃軍は自前の戦略爆撃機にしたいようでして、1発あたり2基並列にした六発の超重爆撃機計画を進めています。いくらなんでも無茶が多いため後2~3年はかかる見込みです」


「おや、戦略爆撃軍は既にレシプロの六発機があるようで?」


「おっしゃる通り、私もエンジン関係に一枚噛んでおりレシプロエンジンが六発の超重爆撃機がありました。既に先行生産型がロールアウトして実戦に限りなく近い環境で慣らし運転してから実戦投入になります」


一息吸ってから継続する。


「戦略爆撃軍は陸海軍に負けていられないのです。海軍は大規模な機動部隊に単艦ながら凄まじい戦艦『皇国』を繰り出して、陸軍は整備した機械戦力をドイツ機甲師団にぶつけ互角の勝負を繰り広げました。その中で戦略爆撃軍は地味な任務のためやむを得ないとしてもパッとしない。空で世界に打ち勝つためには最高峰の爆撃機を用意しなければなりません」


「言われてみれば、確かにその通りだ」


 まだ双発が限界というにも関わらず戦略爆撃軍は1発あたり2基並列を六つ並べたジェット超重爆撃機を計画したが、一個前に従来のレシプロを六つ並べた超重爆撃機の先行生産機が実戦投入を待つ。航空機メーカーはイギリスやフランスから液冷か空冷か問わず様々な機体を入手しては研究を重ねた。四発重爆撃機を経由して遂に全てが純国産の超重爆撃機の開発に成功したのである。


「それは分かり易い狙いに過ぎません。本当の狙いは戦後の航空機業界です」


「あらあら、二木さんまで来られたのですか。こりゃ大騒ぎだ」


「その本当の狙いとは?」


「種子島さんも分かっておられると思いますが、軍用機にジェットが主力となれば国と国を結ぶ民間機も交代する。無論ですが直ぐにレシプロからジェットに交代するとは言いません。10年から20年も経てば世界の空をジェット機が飛び回りますな」


「すると…軍用機で培った技術を民間旅客機に転用して世界での熾烈な競争に挑む。なるほど、読めました」


 戦後世界で日本がモノづくり大国を目指す中に民間旅客機産業への殴り込みが予定された。現在は戦時中のため民間機の動きは鈍くメーカーも軍用機に注力するが平時ではダグラス社のDCシリーズが圧倒的である。そこへ日本が勝負を挑んでレシプロ旅客機からジェット旅客機に交代する時に勝ちたかった。もちろん、10年から20年先は読めないがボーイング社の台頭は誰もが容易に予想できている。


「そう、現在は軍用に限られますがジェット機開発は我が国の総力を挙げて行われる壮大な大戦略の一画を務めました。そうであるが故に贅沢に資材をつぎ込んでは技術者も大量に招致している」


「具体的には亡命物理学者のアインシュタイン博士がおります。博士のご尽力を頂きましてジェットの親戚であるターボプロップエンジンを実用化しています。ターボプロップは速度はそこそこに燃費は極めて良好です。先に出しましたレシプロの超重爆撃機に採用され、海軍の飛行艇も随時ターボプロップエンジンに換装します」


 将来におけるボーイング社とエアバス社の二強を崩す壮大な国家戦略のためには総力戦しかない。多大なる貢献をしているのが亡命物理学者のアインシュタイン博士だ。現在は原子力研究に力を入れているが物理学を活かしてターボプロップエンジンの実用化に漕ぎつける。ターボプロップは最新のレシプロ超重爆撃機に全面採用されてドイツ本土爆撃に投入され、長大な航続距離を有する海軍飛行艇向けにも採られた。


「機体設計にはリヒャルト・フォークト博士が参加しています。また、名も無き化学者に技術者が多数おり、我が国の航空機技術は世界最高峰と言って差し支えない所まで来ました」


 忘れてはならないが、機体設計には天才リヒャルト・フォークト博士も参加した。技術者や化学者は国籍を問わず亡命の意思があり日本のため尽くす覚悟があれば誰でも迎え入れる。最近では日ユ同祖保護法の制定のため避難民が増加して懸念された労働力不足が解消されつつあった。また、アメリカ在住ユダヤ人がより一層に自由な地を求めて日本に鞍替えする事態も生じる。


 日本の強みは諸外国から吸収したものを温めて終わるのではなく、こねくり回して完全に己の物とし昇華することだ。開戦前からせっせと外国人の受け入れを進め、戦中でも様々な特例処置を講じ拡大に努める。そして、戦後には数少ない直接攻撃を受けなかった国としてアメリカと並びリードする。


「何はともあれ、ドイツ機と互角に仕上げてみせますよ」


 種子島大佐の力強い宣言だった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る