第93話 栗林忠道パリに立つ

「全軍総攻撃を開始せよ」


 この一言がパリの運命を変えた。


 ノルマンディー上陸から連合国軍はパリ解放を目指したが湿地帯や大西洋の壁に阻まれ遅々として進まない。そこで、アメリカ軍は大胆不敵な迂回突破作戦であるコブラ作戦を提示した。弱体化の激しいドイツ軍の中でも一際脆弱な部分を集中的に衝いて迂回突破を図る。真っ正面から正々堂々と戦っては消耗激しく補給線の維持もままならないため速やかに了承されると直ちに実行された。


 それと同時にオランダ守備隊を降伏に追い込んだ日本軍はベルギー解放に着手する。オランダの港湾施設を復旧次第にイギリス本土で待機していた増援をピストン輸送し、既存兵力はベルギーとの国境線に転進させて海と陸でベルギーのドイツ軍を包囲した。また、新たな補給拠点を欲した連合国軍はカナダ軍を主としてアントワープ強襲を実行する。内と外から攻められたベルギードイツ軍は壊滅し約1週間でベルギーも解放された。


 あまりにもあっけない終わりである。しかし、ドイツ軍はパリ防衛を重視してベルギー及びオランダの強襲上陸を知るやいなや兵を段階的にパリへ移していた。現地レジスタンス蜂起もあり両国の守備は無駄と判断する。したがって、日本軍の強襲上陸は僅かな損害で完了し第三段階に移行した。言わずもがな、パリ解放への大進撃だろう。


 上方にカレーとダンケルクという大要塞があり困難と思われた大進撃は陸海空の協調により実現した。陸軍はパリ解放に栗林忠道中将率いる機械化砲兵師団とモースヘッド機甲師団を投入している。先月までノルマンディー地方の戦いに従事したがアメリカ軍増派を受けて引き抜き充当したのだ。そして、稀代の名将たる両雄は驚くべき速度でドイツ軍を撃破しパリを解放した。


 疲労困憊の表情を見せるが互いに晴れやかである。


「なんとも大変な戦いでした。装備は潤沢で補給も繋がっていると雖も大進撃は堪えます。一先ずはここで落ち着けるかと」


「えぇ、落ち着いて紅茶を飲めるだけありがたいことです。外を見れば市民が大歓迎で単純に置いただけの自走砲に興味津々なので兵士たちは困惑を隠せません。ただ、ド・ゴール将軍の苦々しい顔が浮かびますな」


「はは、違いない」


 西から迫るアメリカ軍主力の連合国軍はパリ防衛に阻まれたのに対して日本軍は迅雷戦を繰り出した。イギリス本土の大工場と大量の戦時標準輸送船を糧に栗林中将は快進撃を続けるが半年以上の休養により兵士は補充され装備も充実している。機械化砲兵師団の各種自走砲が補充され、島田戦車隊の戦車もチトが大量供給されM4との混成を為した。偵察用のパナール装輪装甲車も最新型が配備されると持ち前の快速で敵を翻弄する。


 しかし、前線飛行場を持たぬが故に自前で制空権を確保することは叶わなかった。敵軍は接収した航空基地からスツーカや高速爆撃機を嫌ほど飛ばしてくる。これを封じるべく洋上の新四四艦隊とハルゼー艦隊が1000を超える艦載機で叩きまくった。イギリス本土からの援軍も加わるとフランス北部制空権の確保に成功して動きやすくなる。


 それでも問題は残された。


 そう、ダンケルクとカレーの大要塞が健在だ。


「後はダンケルク及びカレーの包囲網を閉じて撃滅しますが、一歩遅れた米軍との調整でどうなるか分かりません。噂ではマッカーサー大将が直々に訪れ日米仏の三カ国上級将校の会議を開くと聞きまして」


「是非とも私も入れていただきたい。オーストラリア軍も頑張りました」


「もちろんです。モースヘッド中将の踏ん張りがなければ勝てていません。無理やりでも捻じ込みます」


 ダンケルクとカレーは迂回してパリへ一直線に目指す。両地は大要塞が建設されて相応の守備兵力が置かれた。パリのためなら無視して良いとは限らない重要な拠点である。本来は内側から陥落させたいが解放が大遅延することは誰でも予想できるため思い切った無視を貫くが、実際は海上から猛烈な艦砲射撃が行われて封じ込めたのが大きかった。


 海には連合艦隊が列をなして連日の砲撃を加えたかと思えば、パリ解放のための封じ込めを知った高速打撃艦隊が参加する。燃料と弾薬の補給で一時イギリスへ後退する田中艦隊と交代して艦砲射撃を継続させた。更にはアメリカ海軍の旧式戦艦も加わり期限の迫る砲弾の在庫処分を図る。猛烈な艦砲射撃によりダンケルクとカレーのドイツ軍守備隊の士気は低下した。沿岸砲や対空砲といった設備も完膚なきまで破壊され、内陸を突っ走る栗林=モースヘッド機甲師団に噛み付けない。


「補給はアントワープから繋がれていますが、私の勘はアルデンヌに来ると言っています。我々が大迂回したようにアントワープを側面から奇襲するでしょう。友軍の守備隊が置かれていますがクレタ島から転進したばかりでどうなるか…」


「側面奇襲は定石になってきた現在ではありえます。補給線はおびただしい数のトラックが支えているため、ここを断たれてはパリが再奪還されて市民が苦しい思いを余儀なくされる。これだけは絶対にいけない」


「マッカーサー大将の考えを一刻も早く知りたいところです」


「えぇ、まったく」


 補給拠点にベルギーのアントワープが加わってから日本軍は栗林=モースヘッド機甲師団を突っ込ませた。栗林中将の軍勢は機械化砲兵師団と島田大戦車隊に分けられる。前者は先述の封じ込めに充当すると防御を意識した砲撃を与え、後者はチトと装輪装甲車の快速を活かした迅雷戦を展開した。なお、迅雷戦の後に空いた道は供与されたM4が舗装することで後方遮断を防いでいる。


 その道をアントワープと給油車両がひっきりなしに往復した。従来はトラックにガソリンタンクを並べて給油作業を行うが、ドイツ軍が給油専用の所謂タンクローリーを運用していることを知る。車両後部のタンクから直接給油できて効率的と分かると安心と信頼のソミュア社ハーフトラックにタンクを搭載した給油車を開発した。他にも専門の輸送車両がおり日夜問わず往復したおかげで迅雷戦は成功する。


 そして、パリ市を眼前に捉えた機甲師団は8月25日に総攻撃を開始した。市街地では機動戦術が通用しないため重装甲の戦車を押し立てる。前面に供与M4(10cm榴弾砲)を押し立てチトにホイⅡを随伴させ、栗林忠道中将の鶴の一声で早朝より三方向から機甲師団と機械化砲兵師団が突入した。


 パリ市街地と雖も広大であり郊外部での戦闘が大半を占める。現地守備隊は中ではなく外での戦闘を望んだ。市街地周辺の戦闘は苛烈を極めたがパンターやティーガーといった強力な戦車はノルマンディー地方に出払っている。パリ後方には三号戦車や三号突撃砲が多く配置された。M4やチトの敵ではないが見事な待ち伏せ戦術により大きな被害を出している。特に三号突撃砲は低姿勢で見つけ辛く80mmの重装甲に長砲身75mm砲の火力を有し、数も多くあり三号突撃砲の待ち伏せだけで多くの戦車が撃破された。


「私が窓に立つだけでこの歓声です。米軍には申し訳ないですがパリ市民は日本軍を選びました」


「当然でしょう。包囲するだけ包囲して攻め入らない米軍よりもベルギーから一直線に突撃した勇士を優先します。比較的ですが余裕そうな米兵と違い日本兵はボロボロの姿ですから戦闘の受け取り方も変わりました」


「兵が増長しないか心配です」


 パリ解放は栗林=モースヘッド機甲師団の奮戦があるが最後に決めたのはパリ市民の蜂起である。現地市民は武器を持たずともレジスタンスに呼応して一斉に蜂起した。自発的なストライキや工作に始まったがドイツ軍司令官は制圧できず、且つ自由フランス軍の侵入もあり降伏を覚悟せざるを得ない。


 遂に降伏勧告を行った自由フランス軍からドイツ軍パリ守備隊の降伏が宣言された。ドイツ軍は続々と武装を解除しては投降し日本軍は悠々とパリ中心地へ入城する。そこではレジスタンスの呼びかけで集結したパリ市民が歓声を以て歓迎した。お手製のトリコロールと日の丸が掲げられ、兵士たちは思わず頬を緩めて笑顔を漏らさざるを得なかった。


 パリ降伏は連合国軍にも伝わっており数時間遅れでアメリカ軍が入城する。堂々とした後進だがパリ市民の反応は薄かった。既に日本軍がいて交流を深めていたことが指摘される。もっとも、実際は激しい戦闘を経てボロボロの日本兵と違って比較的に余裕のある米兵を快く思えなかった。米軍も大激戦を経験しているが数時間遅れたことが災いする。更に遡れば当初はモンロー主義で傍観者のアメリカは良いとこ取りに見え、日英仏蘭四ヶ国同盟から救援を派遣して抵抗し続けた日本はフランスの良き友なのだ。


「何はともあれ、無事にパリを解放することが出来ました。今はそれを喜ぶべきでしょう」


「確かに、おっしゃる通りです」


 この後にマッカーサー大将とド・ゴール将軍との会談を控える栗林中将である。


続く

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