第92話 日英機甲部隊vs五号戦車

フランス


 ノルマンディーからフランス解放を目指し大進撃を続ける連合国軍だが内陸にある湿地帯に入り込み停滞を余儀なくされた。低木などの障害物もあると地雷除去に難航して時間を奪われる。また、ドイツ軍が東部戦線を縮小した分を割り当てて構築した防衛線が固められた。


 したがって、敵の防御線を迅速に確実に突破して湿地帯も走破できる戦力として日英混成機甲部隊が投入される。イタリア進攻作戦に参加しなかった日本軍は半年以上をかけて戦力を補充した。イギリス軍はアメリカ軍に任せて最新型の装備を多数揃えた。更にアメリカからのレンドリース品も続々と到着してドイツ軍と互角の装備を得ている。


 しかしながら、どうして湿地帯へ日英混成機甲部隊が投入されたのか理由が分からない。確かにアメリカ軍は消耗しているが自慢の国力で多少の出血は気に留めなかった。圧倒的な数を振り上げてすり潰すならアメリカ軍が適任だろう。いや、装備の問題から湿地帯での戦闘が難しく、ドイツ軍との戦いに慣れた熟練者が選択される。アメリカ軍主力中戦車のM4は工業力の権化であり優れた戦車に違いない。しかし、悪路での走破性を考えると若干劣るため、可能な限り市街地や集落など一定程度整備された土地に出したかった。


「この先に奴らの駐機場があるはずだ。航空偵察の最新情報だから移動していないはずだ」


「例のティーガーなのかパンターなのか、どっちが出てくるか楽しみですねぇ」


「チャーチル首相の名を冠した重戦車が守ってくれるからと言って油断したら紅茶を飲めないぞ。イギリスの紅茶は緑茶と同じぐらいに美味い。後方で食べたスコーンの味は忘れられない」


「えぇ、えぇ。イギリス戦車には急速湯沸かし器があるって。あれは単に湯沸かしに限らず携帯糧秣を温められて素晴らしい発明品だと思います」


 日本陸軍の対戦車自走砲は初めての登場となる。というのも、陸軍の機甲師団は中戦車を基本に砲戦車を混ぜ込んだ。対戦車戦闘は中戦車が担当しており専門の自走砲は開発されない。専ら間接砲撃を担当するホイ自走砲が存在しても対戦車戦闘は二の次だった。だが、ドイツ軍は長砲身75mm砲の四号戦車に88mm砲の六号戦車ティーガーⅠを投入してチハとチトを一方的に撃破する。機動力を活かした機動戦術で対抗するが被害は避けられず大損害を受けた。


 航空隊を動員し重襲撃機と軽襲撃機はもちろんのこと爆撃機まで送り出しては空から炙った。ドイツの戦車はガソリンエンジンのためクラスター爆弾と焼夷弾で良く燃える。もっとも、航空隊も無敵ではなく対空戦車や迎撃機に絡め取られた。戦車は戦車が相手するべきと考えられ、大急ぎで対戦車戦闘専門の自走砲を開発する。


「ドロドロ道でも良く進みますね。あれだけ履帯が長いと泥除けも大きそうです」


「あれだけ長いからこそ悪路を踏みしめて走れるんだろう。イギリスの戦車は馬鹿にできん」


 日英混成機甲部隊はチャーチルMk-Ⅶとホト車から構成された。


 前者は言わずもがなイギリス伝統歩兵戦車の最新型である。Mk-Ⅲで一先ずの形を整えて装甲強化と生産性確保ため砲塔を一体式鋳造に変更し、且つ車体と一緒に装甲を最大152mmにまで増圧したことで重装甲を引き上げた。エンジンは変わらず350馬力のため最大速度は20km/hまで落ち込み機動戦術は不可でも、元より機動戦術を捨てて歩兵を守るための車両では気にすることはないだろう。それに高い不整地走破能力による意識外の奇襲戦術を得た。


 後者は日本陸軍の対戦車自走砲であるが全て既存の流用品で開発される。固定戦闘室の自走砲だが長砲身の大口径砲を搭載する都合で後部配置が組まれた。戦闘室は全周囲を装甲で囲まれるが正面50mmで側背面30mmの軽装甲であり、且つ上面に至っては排煙を考慮したオープントップ式で装甲が存在しない。防御にはならないが雨風を凌ぐためトラック用の幌が張られた。車体については「ト」の時から分かる通りチト中戦車を使用している。車体装甲からエンジン、変速機まで全て共通するため生産性のみならず前線での整備性が確保された。つまり、イギリス戦車同様に悪路の走破性が高い日本式サスペンションのおかげで湿地帯でも低速に限ってスイスイと移動できる。


 肝心の主砲は海軍45口径三年式12cmだ。これはとっくに旧式化した駆逐艦用の主砲だが戦車砲としては大火力である。陳腐化した主砲でも軽量で簡便に生産できることから高射砲に転用された。三線級の戦時量産型海防艦や練習艦で採用されたと思えば地上設置の対空砲も務める。生産数が多いため陸軍へも譲渡されており一部が今回の対戦車自走砲に回された。砲弾は重量級の徹甲榴弾か榴弾を使用し装填は補助装填装置を使用した2名により行われる。速射が利かない点は目を瞑って一撃必殺で確実に撃破した。


 そんな日英混成機甲部隊が狙うはドイツ軍の駐機場に収まる。


 前方をゆっくり走るチャーチルMk-Ⅶの一両が停止した。キューポラの車長が双眼鏡を覗き込むのにつられて車長は一様に双眼鏡で確認する。すると、対空機銃に囲まれた駐機場を視認した。どうやら航空爆撃を警戒して対戦車砲より対空機銃を増やしたようである。これはまたとないチャンスと思ったチャーチルMk-Ⅶ隊長車から「突撃」が告げられた。


「先にチャーチルを突っ込ませて俺達は遠距離から砲撃する。目標を確認次第直ちに撃つぞ。気合入れろ」


「了解」


 固定戦闘室のため操縦手は器用に車体を旋回させて正面を向ける。チャーチル隊が突撃する先で確認したのは四連装2cm対空機関砲に守られた五号戦車パンターだった。重戦車並みの大柄に特徴的な傾斜装甲を見間違るわけがなく、シュルツェン付き四号戦車とティーガーを誤認することに含まれない。


 自分達の戦車が通れない湿地を抜けたチャーチル歩兵戦車に驚いて急いで乗り込むが一歩遅かった。脆弱な側面を衝いたチャーチルは75mmAPCBCを撃ち込み撃破する。MK-Ⅶは従来の6ポンド砲からオードナンス75mm戦車砲に換装してアメリカ軍の75mm砲弾と互換性を有した。一つの砲で高威力の徹甲弾と榴弾を併用できて火力が改善されている。


 パンターの側面装甲は薄く近距離では通用しない。75mmAPCBCは傾斜装甲に対して一定の効果があるため傾斜のかかった側面を易々と食い破った。奇襲成功に伴い初撃で数量を撃破するも大急ぎで旋回し真正面を向けられる。正面の傾斜装甲の前に徹甲弾は滑ってしまった。車体装甲は長砲身75mm砲でも貫徹し辛く正面切っては厳しく、遠距離戦闘を望んでジリジリ後退する敵戦車への砲撃は無効化されている。一連の反撃によりチャーチル数両が撃破された。152mmの装甲と雖も弱点は必ず存在して高貫徹75mm弾に貫かれる。


「てっ!」


 チャーチルに隠れるため遅れて配置についたホト隊も砲撃してはパンターを撃破した。


「次も徹甲! 急いでくれ!」


「今やってる!」


「またやられたぞ!」


 自分達を守ってくれるチャーチル隊は懸命に抵抗し続けた。弾かれると分かっても砲撃しパンターの目をくぎ付けにする。近距離ではお互いの徹甲弾が最大貫徹力を保持した。


「一両やった!」


「三号車被弾した。脱出する!」


 ホトの12cm徹甲榴弾は傾斜装甲を物ともせず叩き割る。傾斜装甲と聞くとT-34やパンターで無敵のイメージがあるが間違いだ。確かに傾斜装甲の防御力は素晴らしいが大前提として優れた装甲材質に焼き入れ措置がある。傾斜装甲に限らず全ての装甲は堅い材質でなければならない。ドイツは世界最高峰の冶金技術を誇ったが度重なる本土戦略爆撃で工場が壊滅している。装甲の材質は低下し続けて希少金属が底を尽きると数値以下の防御力に弱体化した。焼き入れ措置は装甲を焼くことで表面を硬化させるが未熟な作業員のため不可能に陥り、そもそもの工作精度までが落ち込んで碌に使える戦車が生産されていない。


 つまり、傾斜装甲は全てに通ずる大前提を忠実に守らなければ機能しなかった。原型が12cm艦砲という重量級徹甲榴弾は到底受け止められない。正面装甲を叩き割って内部に達した砲弾は炸薬を炸裂させ破壊の限りを尽くした。


「敵弾来る!」


「対衝撃体勢!」


 視力の良い砲手はパンターの主砲がこちらに向いたことを報告する。正面を守るチャーチルは数を減らし間を縫うホトが狙われた。辛うじて耐衝撃体勢に移ることができた直後に戦闘室を大きな揺れが襲った。


「大丈夫か、損害知らせろ」


「砲手健在です。揺られましたが損害無し」


「装填手2人とも生きています。ただ、補助装填装置が破損して全部手動装填になります」


「操縦手も生きてますぜ」


「敵の徹甲弾は上手くすっぽ抜けたみたいです。ばかでかい穴が開いてます」


 正面装甲に大きな穴が開いているが不幸中の幸いで最小限の損害で済んだ。貫徹力が高すぎるが故に薄い装甲を貫通してすっぽ抜ける。意外と車高が低いため照準を誤り端っこを穿って補助装填装置が破損した。搭乗員は五体満足の無事であり戦闘に耐えられる。


「やり返せ!」


「任せてください!」


 闘志に燃えて素早く次弾を装填し直して狙ってきた車両に叩き込んだ。


 一撃必殺の砲弾は見事に吸い込まれてはパンターをふっ飛ばす。


 この戦いはパリ解放を経てベルリン攻略まで続く地獄の戦車戦の幕開けを務める。


続く

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