第91話 最後は陸の戦いが決める

(噂の突撃銃も扱う者が若いと怖くない。むしろ、あのノコギリが厄介だぞ。下手に顔を出すとだ)


(擲弾筒使います)


(きちんと45度で撃て)


 戦争の音が響くのはオランダである。


 連合国軍はノルマンディーに上陸し攻めるが日本軍は陸上戦力の大半をオランダに割いてはカレーとダンケルクを圧迫した。ドイツ軍は連合国軍がノルマンディーに出現した矢先にオランダに日本軍が上陸して慌てる。フランスどころか本土を脅かされる事態なのだ。しかも東部戦線ではソ連軍の大反攻を受け壊滅的な被害を被っている。


 とは言え、本土防衛となればドイツ軍は死に物狂いで抵抗する。ジリジリ押し込むが伝統的な陸軍国家のため防御は堅かった。海と空の軍を動員して徹底的に叩いても結局は陸上の戦いが勝敗を分ける。それどころか、奪還のため逆に攻撃されることもあって最前線は激戦が見られた。


(軽機関銃弾切れです!)


(それを使え。鹵獲して後方に送るとかは考えるな)


(はい!)


 至る所から銃撃と砲撃の音が聞こえるため会話の意思疎通は困難のため身振り手振りを用いた。とっくに小隊内は顔見知りであり言葉なくとも身体が自ずから動いて支え合った。戦場は古典的な塹壕やトーチカの陣地が張られており満足に突破できるのは戦車だろう。しかし、確保した港の復旧作業が進まず重量級車両は到着していなかった。イギリス本土からのピストン輸送で補給自体は繋がっているものの消耗激しく供給も追いつかない。現に軽機関銃を持つ兵士が弾切れを訴えた。やむを得ず、現地調達したMG機関銃や短機関銃など使える物は選ばず使う。


 もっとも、小隊長だけは古き良き小銃を携行した。日本陸軍はイギリス軍と互換性のある7.7mm口径の九九式短小銃を使う。ただ、彼だけは特別に旧式の6.5mm口径三八式歩兵銃を持つことが許された。補給の都合は7.7mmが好ましいことは事実でも彼は軍内でも射撃の名手として知られる。今までの戦いで中遠距離の撃ち合いは無敗を誇る。


 九九式は威力で勝っても反動が大きく精度で劣る。また、数値に表せない点の疲れ易い弱点が存在した。最前線では反動がきつくて九九式を嫌う声が一定数挙がっても撃ち負けない点は魅力的である。それでも長射程と高精度を求めた猟師気質の兵士はたとえ旧式でも三八式を望んだ。


「ロケット砲車両が到着した! 絶対に頭を上げるな!」


 後方から上官の声が響き反射的に頭を下げる。


 どうやら、堅牢な防御陣地を前に突破が遅々として進まないことに業を煮やしたようだ。自走砲は先述の通りで揚陸が済んでいない代替にハーフトラック及びトラックを改造した支援車両が投入される。戦車や自走砲には及ばないが機動力の高さで補った。


「迫撃砲車両も到着! とにかく顔を出すなよ!」


 大声の直後に敵陣地へ猛スピードで突っ込む物体があった。着弾すると大きな爆発音を生じさせるが回数は数え切れなかった。その一撃は重砲や榴弾砲には劣れど一度の投射量で稼ぐ多連装ロケット砲らしい。あれほど煩かった敵の機関銃陣地は沈黙した。次には迫撃砲弾が降り注いでは爆発が連鎖し射撃を許さない。


「機関銃車両もいる! オランダ市民のため突撃い!」


 猛烈なロケット砲と迫撃砲の後には重機関銃を備えたM5ハーフトラックが支援射撃を開始する。障害物に隠れていた兵士は小銃やら機関銃やらに着剣してから一斉に飛び出した。機関銃陣地の前に突撃は悪手だが徹底的な支援があれば可能となり、後方のロケット砲車両が再装填を急ぎ迫撃砲車両は支援砲撃を続ける。


 三八式の長大さは使い辛いという意見もあるが慣れ親しんだベテラン兵には関係なかった。素早く安全地を確保すると見事な速射で銃手を撃ち抜いた。狙撃手への転向が勧められる腕前は僅かな隙間を見逃さない。


(行くな! まだ待て)


(危ないっと! 助かりました。ここを掠りましたよ)


 圧倒的な制圧射撃でも無理は禁物でロケット砲の再砲撃を待った。ロケット砲車両は装甲半装軌車の荷台に上下5連装ずつ合計10連装の10cm噴進弾発射機を備える。極めて簡素な構造だがロケットであれば負担が少なく多連装化は容易く、一度に10発を撃ち込む制圧力は半端ではなかった。その代償として10発の再装填作業が面倒に尽きる。10発を野外で前込め式で装填するのは重労働で時間を要するため隙が大きかった。


(迫撃砲が撃った。まだ待つぞ)


(了解)


(味方の機関銃車両が前身を開始)


(わかった)


 ここは迫撃砲車両の出番だろう。こちらはトラックが基で荷台に迫撃砲を搭載した。発射時の反動はトラックで受け止める設計のため二式曲射歩兵砲をポンと付けている。広義の迫撃砲の曲射歩兵砲の行動範囲を広げられる上に荷台は砲弾の入った木箱も共に置けて痒い所に手が届いた。


 肝心の二式曲射歩兵砲はフランスのストークブラン社の81mm迫撃砲を独自に改良している。この81mm迫撃砲はアメリカがM1迫撃砲と名付けて採用した。よって、両軍に砲弾の互換性が確認されている。どちらにせよ軽量で簡便なことが強みだがストークブラン式の仕様上精度は良くなかった。障害物を超える曲射を活かして安全に撃てるだけ満足すべきだろう。


 猛々しい機関銃の音が迫るのは重機関銃を搭載したM5ハーフトラックだ。アメリカから供与された廉価版M3ハーフトラックの荷台に本来は対空用の連装式12.7mmM2重機関銃を備えている。低空を飛行する敵機を撃ち落とす役目だが水平射撃でも絶大な威力を誇った。敵兵の頭を上げさせないどころか軽装甲車両を蜂の巣にしてしまう。


 しかし、あまりにも近づき過ぎては危険だ。


「あぁ!」


「ラ式37mm対戦車砲だな。使えない対戦車砲でもトラックには厄介だ」


 ある程度部下が纏まった所で装備を確認しながら隙を伺っていると機関銃車両が撃破された。機関銃に撃ち抜かれた割には痛々しいため対戦車砲の直撃と察せる。ドイツ軍は75mmと88mmの対戦車砲を基本とした。しかし、旧式化したラインメタル社37mm対戦車砲も残されている。ドアノッカーと対戦車砲としては威力不足でも榴弾及び榴散弾を装填し対歩兵戦闘で用いられた。


「自走砲さえあれば…なんだ?」


「海の方向から…友軍機です!」


「よし! 海軍の支援が届いたか!」


 上空を見ると日の丸を掲げた水上機が地上部隊支援に訪れた。洋上には海軍が広がりオランダからカレー/ダンケルクまでドイツ軍を叩いている。したがって、空母艦載機や水上艦が割かれており余剰は水上艦しかないが大いに期待できた。


 なぜなら、大型飛行艇を含めた全ての水上機について日本は世界最高を誇る。空中戦艦の二式大艇やジャイアントキリングの零式水上観測機と多岐にわたる。そして、様々な機体の中で攻撃機の性質を有するのが『瑞雲』なのだ。


 単発水上機でフロートを提げるが唯一無二の攻撃力を有する。1500馬力金星エンジンに合わせて絞られた胴体へ空戦フラップを与えることで高速性を得た。更にフロートと一体になったダイブブレーキを備えることで急降下爆撃を行える。今回は地上部隊支援のため25番1発と6番2発を携行して対戦車砲が置かれた箇所へ25番と6番を放り込んだ。


「伏せろぉ!」


 いくらなんでも近いため皆が伏せる。地上部隊にとって陸用25番の破壊力は脅威以外の何物でもなかった。瑞雲自慢の正確な投弾は37mm対戦車砲が備えられた陣地をふっ飛ばしてお供の6番は逃げる敵兵や捨て置かれた武器を破壊する。


「活路が開けた! 一番乗りに突っ込むぞ!」


「うぉぉぉ!」


 上空に味方機が来たと知れば勢いに乗って突撃を再開した。彼らの小隊は宣言通り敵陣地一番乗りを果たして目標を制圧する。素晴らしき戦果だがオランダ解放時点で厳しさが否めなかった。


 ドイツ本土進撃にはどれだけの兵士と武器弾薬を用意しなければならないのか。


 全く見当もつかなかった。


続く

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