第90話 日米最新兵器の威力

 ノルマンディー上陸成功を確認すると連合国海軍は増援を送り込む輸送線を確保する最小限だけを残して移動した。各国海軍には次なる強襲上陸作戦があり各自で行う。もっとも、強襲上陸作戦を展開できるだけの海軍力を有するは日英米の三カ国に絞られた。更にイギリスはノルマンディーからの進撃に集中しており日本とアメリカの両軍になる。


 日米太平洋艦隊という大艦隊はオランダに集結した。


 オランダに近いフランス北部のダンケルク並びにカレーには日本海軍の高速打撃艦隊と第二機動部隊が艦砲射撃並びに空襲を繰り返す。大西洋の壁が最も厚い地点のため一個艦隊で削れる量はたかが知れた。しかし、イギリス本土の海軍基地とピストン移動する攻撃で着実に損害を与えては否が応でも意識を向けさせる。したがって、オランダ解放に際する上陸作戦に用意された戦力は凄まじい規模でもドイツ軍は感知できなかった。


 上陸戦力は橋頭堡を確保する第一陣として強襲上陸艦8隻擁する陸戦隊及び海兵隊が10000名、第一陣と第二陣の間にコンクリート防護壁破壊工作を担う戦闘工兵隊が用意される。この戦闘工兵隊には超重戦闘車両が極少数配備されており巨砲と重装甲で突破の穴を開けた。第二陣には日米陸軍の輸送船団より各種大発動艇・LCM・LCPL・LCVPが放たれては砂浜に突っ込むだろう。これに加えて(分かり易くするため厳密にはカウントしないが便宜上で)第三陣には数個空挺部隊が内陸の高地奇襲作戦に投入された。


 当初、このオランダ解放は日本軍単独で行われる予定だった。しかし、アメリカ軍の一部は「奇襲効果を高めると雖もパリやドイツ本土から遠いノルマンディーからの進撃は時間を要する」と渋った。また、内陸での戦闘はドイツ軍に有利に働いて度重なる待ち伏せで大出血を強いられる。これを予測したアメリカ海軍のニミッツ提督は日米太平洋艦隊に対しノルマンディー支援を程々に切り上げさせオランダ解放作戦に向けた。当然ながらスプルーアンスとハルゼーの両提督から賛成を得た上である。アメリカ陸軍のマッカーサー大将は支援が減ると不満気でもニミッツは反マッカーサーの最先鋒を務めて何ら気にしなかった。


 そんな日米太平洋艦隊だが簡単に上陸させるかとドイツ空軍が出張る。


「電探感あり。哨戒機の情報よりどんぴしゃりです」


「間違いなく敵空軍の爆撃隊です。幸いこちらにはイギリス空軍と護衛空母の盾がありますが…」


「そうだな、スプルーアンス少将と連絡を取り例の対空兵器を試そうか」


「はっ!」


 連合艦隊旗艦『皇国』の艦橋でどっしり構える田中頼三大将は迫る敵爆撃隊への対応を指示した。しかし、実際は最新兵器の実戦試験という随分な余裕が見受けられるのは面白いだろう。なにも日米太平洋艦隊は単独行動しているわけではなかった。敵空軍の出現を見越してイギリス空軍の派遣を要請した。現に上空には航続距離の長いモスキート戦闘機型が飛んでは重爆の迎撃機に向かっている。そして、スプルーアンス少将が連れて来た護衛空母からはF6F戦闘機が緊急発進した。


「VT信管とは何だ」


「簡潔に申し上げると敵機付近に飛び込むと自動で炸裂する信管です。機体を構成する金属に反応しますが、どうも精度はまちまちなので制圧に重点が置かれて」


「三式弾にも積んでいるはずだな」


「はい。三式弾にも追加されています。主砲級となりますと広大な炸裂範囲より誤射の危険がありました。よって、原則として高高度を飛行する敵機隊に限ります」


「よろしい。念のために米軍機へは再三にわたり忠告を送りなさい」


 日本海軍は対空火器は対空砲・対空機銃に限定しなかった。重巡洋艦以上は主砲も参加させるべく三式弾という対空焼夷散弾を開発している。親の砲弾内部には黄燐の子弾が詰め込まれた。しかし、時限信管のためすっぽ抜けたり早すぎたりと最大威力を発揮出来ない。専ら敵機の鼻面に撃ち込んでは進路を狂わせる間接的な防御に使用される。


 そこへブレイクスルーが入った。アメリカ海軍は日英に遅れながらも自慢の国力でレーダーを開発するとVT信管も整える。いわゆる近接信管であり敢えて説明するまでもないが期待は意外と薄かった。実戦投入という名で試験を行う程度に収まる。


 これを三式弾に当てはめて効果を確かめたかった。田中提督の提案をスプルーアンス提督は即座に快諾し、友軍戦闘機への誤射を防ぐため対空戦闘限定の集中管理システムから忠告を発する。近接信管は金属に反応するため友軍機であろうと容赦なく撃墜するのだ。


「始まったようです。第一波の爆撃機にモスキートが食らいつきました」


「流石の速度性能だろう。あれは侮れんが別方向から来るぞ」


「哨戒機より報告あり! 敵重爆が高高度を飛行しています!」


「やはりな」


「具体的な数値は?」


「約7600です」


「おかしいですよ。水平爆撃でも高度6000がギリギリかと。これ以上は爆弾が風に流されて当たりませんが」


「何か狙いがある」


 モスキートが中高度から飛来するドイツ空軍の高速爆撃機に食らい付いた。連合国軍からすれば見飽きた攻撃のため簡単に対処する。しかし、田中提督の勘は鋭くて囮と読んだが答え合わせは直ぐに完了した。レーダーで掴み辛い高高度からの侵入に空対空電探を搭載した百式司令部偵察機四型が待ち構える。高度1万でも悠々と飛行できる排気タービン式過給機を付随した2200馬力『冠』エンジンを回し空対空レーダーの目を光らせた。


「ひょっとしたら…イタリア海軍の戦艦ローマを沈めた兵器を使う気では」


「あの無線誘導爆弾という代物か」


「あれなら高度7000からでも爆撃手の腕次第で直撃させられます。本艦が重装甲でも脆弱な箇所を衝かれては堪りません」


「今更モスキートを上げる余裕はない。全主砲に対し三式弾発射用意を命じる。敵重爆を包むように放て」


「聞いたな! 主砲三式弾用意!」


 ドイツ空軍は日米太平洋艦隊の戦艦を屠り去るため戦艦キラーで活躍するフリッツXという刺客を送り込んだ。母機はDo-17だが大損害が相次いでおりイギリス本土爆撃向けのHe-177に変更している。


 皇国は世界最強の46cm四連装砲4基16門を敵機へ指向した。敵機が対空電探の範囲に侵入次第にアナログ式コンピューターで演算が行われる。このアナログ式コンピューターのおかげで最適な制御が果たされるが、46cm三式弾の破壊力にVT信管が積み重なった時の戦果はどうなるのか見てみよう。


「あれは目視での誘導を行う。つまり無理に進路を変えられない。そこを叩く」


「一番準備よろし、続いて三番よろし」


「二番照準完了」


「四番も完了」


 これだけの規模だと準備は大変でも伝統の月月火水木金金で培われた技術と練度は迅速を呼び込む。16門の主砲は大きく仰角を以て敵機を狙っては最適なタイミングで発射した。


「今!」


 一番と二番砲塔が先に発射して遅れて三番と四番が吠える。三式弾8発ずつ2セットが敵機の進路へ驀進した。音速を超える砲弾はあっという間に高度7000まで到達する。


「さて、どうなるか」


 哨戒機と電探の反応をすり合わせて撃墜の判定を図った。日米の最新技術が詰め込まれた16発の三式弾は見事な高精度を発揮しHe-177の3機小隊を包囲する。なんせ46cm口径のため効果範囲は尋常ではない。小隊丸ごとが灼熱地獄へ突っ込まざるを得なかった。フリッツXは目視で誘導する都合で母機は針路を大きく変えられない。回避機動は爆弾の誘導を撃ち切ることを意味し、爆弾手が熟練の腕でも拭えない弱点だった。


 VT信管はHe-177小隊を完璧に捉える。大型の爆撃機で反応を得やすかったこともあり周辺で起動すると内部の黄燐弾数千個をばら撒いた。He-177は液冷2個並列エンジンのため被弾に弱く黄燐弾で簡単に破壊されてしまう。エンジンは無事でも機体全身に穴が開いては内部乗員が殺傷された。もはやフリッツXの誘導どころではなく墜落の一途をたどる。辛うじて投下に成功した機もあれどフリッツX本体は誘導を断たれて風に流された。



「敵重爆の消失を哨戒機が確認。撃墜確実です」


「ほう、VT信管は面白いぞ」


 新兵器の登場が相次ぐ戦いの勝者は誰か。


続く

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