第89話 栄光のパンジャンドラム

Xデー


 アメリカとイギリスを主とした連合国軍はフランスのノルマンディー地方へ強襲上陸を敢行した。作戦計画は徹底的な機密保持に纏われて一切漏れていない上に大規模な空爆が繰り返されたことで上陸地点はカレーと欺瞞している。更にはレーダー基地を破壊し尽くして偵察機と対潜哨戒機を飛ばした。盤石に次ぐ盤石を固めてから大小問わず5000隻を超える大船団を送り込む。これに支援の艦隊を含めればとんでもない数に膨れ上がる。


 ドイツの虚を衝いた形だがノルマンディーは第二の防御が張られていた。地雷はもちろんのこと障害物が無数に設置されて上陸を阻止する。しかし、満潮時を想定した配置のため干潮時では効果を発揮出来ない。干潮時に上陸してロンメルの裏をかいたのだ。


 沿岸砲台に対してはイギリス本土を発したアメリカ・イギリス・フランス・亡命ポーランド等々の多国籍空軍が猛烈な爆撃を見舞う。上陸する兵士を機関銃や重砲・野砲から守るため一区画あたり5000tを超える爆弾が投下された。堅牢に建設された砲台は崩壊し周辺の対空砲も巻き込まれている。


 そうして日本の大発動艇を倣った上陸用舟艇が突っ込んだ。干潮時のため深くまでは行けない。浅瀬で渡し板を下すと中から重武装の歩兵が駆け出した。ここで倒れるわけにはいかず、彼らは命がけで射角の範囲外まで走る。洋上に浮かぶ戦艦や巡洋艦の砲撃も加わって砲台と陣地の破壊が進められても安心できなかった。


 もっとも、彼ら以上に緊張感を漂わせる兵士が確認される。


「渡し板下せ!」


「他のLSTも下しているぞ!」


 怒号が飛び交うはアメリカ軍のLSTこと戦車揚陸艇だ。これも日本軍の機動艇や特大発を倣って開発した敵前上陸用の舟艇である。他の舟艇に比べても一段と大きく内部には重武装兵士と戦車を積んで送り出した。しかし、実際に乗っているのはイギリス軍の特殊な工兵隊である。


「AVRE発進!」


「AVRE前進!」


 LSTから姿を現したのは砲塔のないチャーチル歩兵戦車と見えた。戦車から砲塔を外すとは何事かと思われるが、名前がAVREで砲塔を外してまで装備した物からなんとなく察する。


 まず、AVREとはイギリス王立陸軍の戦闘工兵隊の車両を指した。単純な工兵ではなく上陸作戦など苛烈な戦闘の中で工作に従事する。敵の眼前で無防備になる以上は盾が必要となり既存を改造した戦闘工兵車を用意した。イギリス陸軍には歩兵戦車という重装甲の戦車がある。正規量産型のチャーチル歩兵戦車Mk-Ⅲを基に多種多様なAVREが開発された。


 最初に出現したのは砲塔を取り外して車体に大きなボビンを搭載した車両である。ボビンには大きく幅もあるカーペットが巻かれた。LSTからゆっくりと前進するチャーチル・ボビンからカーペットが敷かれる。砂浜にカーペットを敷く意図は十分に理解できる。砂浜を走る車両は速度を出し辛く足を絡め取られる危険があった。よって、カーペットの道を作り安全で円滑に移動させられる。


「工兵隊行動を開始せよ」


「行動開始だ。行くぞ!」


 ボビンがカーペットをある程度敷き終えると他のLSTからワラワラと戦闘工兵が姿を現した。武器ではなく工具を携えた兵士は守備も反撃も一切の術を持たない。誰よりも危険で緊張を漂わせたが強い使命感を以て震えを止める。一応だが戦闘工兵隊よりも先に上陸した露払いのM4A3(105)HVSSが盾役を務め銃撃と砲撃を受け止めた。M4シャーマン中戦車シリーズの一つとして敵陣地の突破用に作成され、主砲を105mm榴弾砲に換装して車体装甲に増加装甲を与えた。75mm対戦車砲では貫徹できない重装甲を押し立て無防備な戦闘工兵を守護する。


「19番連結作業開始!」


「5番敷設完了!」


「10番砲撃激しいがやってやる!」


 絶え間なく流れる銃・砲・爆の音に耳を傾ける暇も無く作業を続けた。マシンパワーに頼れない以上はマンパワーを駆使する。船内から運び出したヘンテコな鉄板を順番に並べては連結していった。作業効率化のため予め連結用の部品が用意され鉄板にも工作済みである。しかし、友軍の支援があると雖も敵の砲撃は激しかった。巧妙に偽装した砲台もあり生き残りが吠える。空母機動部隊の艦爆・艦攻は砲撃を逆探知しては殺到した。激戦の中で黙々と作業を進める戦闘工兵の精神力は称賛に値する。


「うおっ!?」


「大丈夫だ。あれは当たらない」


 歴戦のベテランはとにかく冷静だ。たとえ数メートル範囲内に砲弾が落下しようと意に介さない。鉄板の連結作業は正確が求められる。一刻も早くこの場を離れたい気持ちに負けては雑が生じかねない。


「よし23番完了! 後はどうだ!」


「30番あと少し!」


「パンジャンドラムの用意は整っている。あのコンクリートをぶち破るために失敗は許されない」


 彼らが作業をしている間に米軍の上陸部隊が続々と揃い始めた。上陸舟艇に水陸両用戦闘輸送車が加わり重装備兵士を吐き出す。重装備の歩兵は最も辛い環境に放り出された。舟艇が撃沈されるなどして海に投げ出された時は最悪を極める。変な体勢では溺れる危険性が跳ね上がり、海中の珊瑚など障害物で負傷することもあり得る。辛うじて呼吸を確保しても上陸できる希望は薄く総じて命がけだった。


(俺たちは質素な食事だったが、正解だったな。あんな重たいメシで動かせるか)


「連結完了!」


「レールに歪みないか!」


「ありません!」


「よし、戦車を左右に回させろ!」


 内心でアメリカ兵の不運を悲しみながら増援のAVREの背後に移動する。増援車両は爆破処理を担当する臼砲搭載型と見えた。チャーチルMk-Ⅲの原型は保った代わりに主砲を6ポンド戦車砲から290mmペタード臼砲に換装している。案の定というべきか日本軍の自走式臼砲の活躍からAVREシリーズに反映した。大口径榴弾を軽量に納められる臼砲は未だに強力で使い方次第では野砲を上回る。


 カーペットの上に鉄板の敷設と連結を全て終えるとレールらしき2本の線が引かれた。それはノルマンディーへの侵入を阻むコンクリート壁に向けられている。大西洋の壁はノルマンディーにも達しており砲は少なくとも盾だけは立派に建てられた。大西洋の壁は国内向けの宣伝の意味が濃い。


 余談だが、ベテラン兵が悲しむのはアメリカ軍の食事が豪勢に過ぎた。アメリカ軍は上陸作戦前の食事は特別メニューで揃えられる。大きな目玉焼きにステーキとアメリカンな料理が兵士たちに振る舞われた。確かに士気は上がるかもしれない。しかし、体は一段と重たくなる上に満腹は著しく危険なのだ。銃弾を腹部に貰うと満腹であるが故に酷い炎症を引き起こして大変な苦痛に襲われる。この点では激しく体を動かして正確が必須の戦闘工兵隊は質素な食事を程々にした。


 戦闘工兵隊が作業を終えたことを確認次第に別のLSTが到着する。レール付き鉄板に合わせて渡し板を下すと見事なまでにレールとピッタリと嵌った。それもそのはず、このLSTは戦闘工兵隊向けに独自の改造が加えられている。戦車の揚陸ではなく対コンクリート用自走式機雷パンジャンドラムの運用に特化した。


「パンジャンドラム発射準備!」


「パンジャンドラム、オン!」


「僅かな調整を怠るなよ!」


「ロケットよし! ジャイロよし!」


 万が一に備えて耐熱服を着込んだ作業員は発射準備を進める。見物客の技術者達はギュウギュウ詰めになって発射を今か今かと待った。戦車揚陸艇を使用した発射方法は効率化されても待ち遠しくて堪らない。なんせ、大西洋の壁に突破口を切り開くはパンジャンドラムなのだから。


「発射準備全て完了!」


「パンジャンドラム発射ぁ!」


 固唾をのんで見守る先でパンジャンドラムは猛烈な加速で最高速に達する。そして、レールに従い真っ直ぐコンクリートまで突き進んだ。レールは誘導対象を左右で挟み込むことで進路を固定するガイドレールの色が濃かった。パンジャンドラムは各ロケットの出力に僅かなムラがあり左右に逸脱し易い。したがって、ガイドレールに挟ませて強制的に直進させた。また、最初にボビンが敷いたカーペットはレールの沈み込みやズレを防止する役目が与えられる。


 パンジャンドラムはジャイロ装置の姿勢制御効果も得てコンクリート防護壁に一直線だ。ロケットは最初からフルパワーを発揮して勢いそのまま逸れることなく壁に直撃する。そして、内部に詰め込まれた1tの高性能爆薬が炸裂した。どれだけ頑丈なコンクリートでも砲撃と爆撃で強度を削がれており1tの高性能爆薬が炸裂すれば瓦解を余儀なくされる。


「やったぞぉ!」


「大西洋の壁に穴をあけたぁ!」


「予備を出せ! 早く!」


 大西洋の壁と宣伝したコンクリートが崩れた。無理矢理こじ開けた格好のため決して綺麗ではない。しかし、敵が誇る防壁を破壊したことに意味があるのだ。パンジャンドラムは自分と引き換えに突破口を開き、気を良くした技術者達は素早く予備の発射を求めた。


「連続して発射ぁ!」


 残りのパンジャンドラムも意気揚々と飛び出しては突破口を通過し内側の建物を破壊する。圧倒的な威力に爆発音は友軍の士気を高めることは言うまでもない。超高速で迫りくる機雷に敵兵は恐怖心を抱いた。この兵器の恐ろしい点は超高速のため迎撃が一切不可ということである。出力を増したロケットによる推進力は凄まじく時速200kmに迫った。銃撃で簡単に迎撃できるが操作する人間の思考が追いつかない。


 かくして、大西洋の壁に穴が開くと上陸部隊は内部へ雪崩れ込んだ。水際防御はパンジャンドラムの前に敢無く沈黙させられ、ドイツ軍は内陸に後退して迎撃することになった。


続く

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