第88話 幻惑の艦砲射撃に地獄の掃射

1944年6月4日 


 ついに時は来たれり。


 連合国軍はフランス解放を目指し大規模な強襲上陸作戦を開始した。


 しかし、日本軍は独自に一石二鳥を狙うとフランス北部カレーへ大規模な攻撃を敢行する。明日には米英軍によるノルマンディー上陸作戦が予定されドイツ軍の裏をかく形だ。もっとも、中にはノルマンディーが危ないと懸念する者もいて守備兵力の一部はノルマンディーへ移動している。このノルマンディー上陸を成功させるため敢えて北部を攻撃することで陽動を為した。陽動作戦だが一切手を抜かないで本気を見せつける。


 海には大日本帝国海軍の高速艦隊と数個水雷戦隊が並び遠距離から近距離まで幅広く対応した。高速艦隊は自慢の巨砲を振り上げて38cm/36cm/32cmの大口径榴弾を叩き込む。水雷戦隊は12.7cmと10cmの小口径弾をゲリラ豪雨のように撃ち込んだ。航空機については空母機動部隊がノルマンディーとオランダへ向かった代替としてイギリス空軍の助力を得ている。戦略爆撃軍と陸海軍の爆撃機と戦闘機も加わった無数が大西洋の壁突破に差し向けられた。


 高速艦隊の旗艦『金剛』に立つ三川軍一中将はフランス艦隊と呼吸を合わせ砲撃開始を告げる。


(こうして見るとドイツの底力は尽きないことがよくわかる。あれだけ撃滅されても主力級がゴロゴロ残っている。大西洋の壁と喧伝する防御も相応に硬く作られた)


「フランス艦隊も砲撃を開始。これで破壊できますでしょうか」


「分からんが少なくとも守備兵力はこの地に釘付けとなる。ノルマンディーへの上陸に気付いても離れられんよ。大西洋の壁と宣伝する防御もノルマンディーは薄い。あのロンメルが指揮を執っているが長くは持たん」


「それより、ご覧ください。フランス艦隊の艦砲射撃がえらいことになっています」


「おう、盛大に撃っているな」


 高速艦隊の金剛型四人姉妹とダンケルク級姉妹、リシュリュー級姉妹は全砲門をカレーに向けた。ドイツが建設した大西洋の壁と呼ばれる一大要塞線が最も分厚い箇所のため艦砲射撃は苛烈を極める。戦艦級の砲撃はコンクリート防護壁を着実に削り取っては対空砲や沿岸砲を破壊する。カレー上空には弾着観測役の偵察機がいて高精度砲撃を可能とした。


 そんな中でもフランス艦隊は祖国解放の願いから闘志に満ち溢れている。自分達の祖国を砲撃することは若干気が引けるかもしれない。しかし、ドイツの魔の手から解き放つためにはやむを得ない。また、汚された大地を浄化するという正当性を掲げた。制空権と制海権を確保した状態での艦砲射撃は凄まじい威力を発揮する。単純に破壊するに留まらず敵兵を恐怖のどん底に陥れる効果があった。


「2時間は砲撃を続けさせる。幻惑の艦砲射撃だが残弾を吐き出して構わん。イギリス本土で補給はいくらでも受けられる。イギリスは多数の戦艦を失ったが我らはたっぷりと残っている。ただし、対潜警戒だけは厳重を崩さず最低でも対潜哨戒機の報告だけは漏らすな」


 フランス艦隊を除き日本艦隊の金剛型戦艦は35.6cm連装砲が主砲となり、イギリス海軍の主力級戦艦であるキングジョージ5世級と共通した。したがって、イギリス本土を拠点に弾薬は同じ物を使用できる。幻惑の艦砲射撃と称して撃ち尽くしても拠点は目と鼻の先で当日中に補給を行えた。水雷戦隊の量産型駆逐艦はイギリス海軍へ譲渡されている都合で砲弾製造は日本仕様である。つまり、総じて弾の心配は要らなかった。


 ただし、敵潜水艦の動きだけは徹底を重ねさせる。Uボートだけは如何ともし難かった。イギリス本土から発進した異形の対潜哨戒機『東北改』が対潜レーダーと磁気探知機の二刀流で微々たる反応も逃さない。奇才にして天才たるリヒャルト・フォークト博士の設計は優秀で東北はUボートキラーを務めあげた。他にも最優秀飛行艇に数えられた九九式飛行艇、本来は爆撃機だが航続距離の長いB-24が対潜爆弾を抱え待機する。


「上空を対地掃射機が通過します」


「当たり前だが対空砲は向けてはならんぞ。下手なことは慎むんだ」


 艦長が釘を刺したが艦隊上空を日本軍の対地掃射機が通過する。対地攻撃は爆撃に限らず襲撃機の掃討も含まれた。襲撃機は単発機と双発機になるが後者の草薙が想定以上の戦果を挙げている。よって、陸軍は更なる大型機を求めると大柄の爆撃機を基に開発した。地味ながら活躍している百式重爆や三式重爆が候補になるが勿体無い。ドイツ空軍の迎撃で損耗が激しいため生産ラインを変えられなかった。


 そこで、陸軍は思い切って余り物には福があるを採用する。


「我らの空中戦艦も見事なもんです。まさか低空に空中戦艦が現れるなどとは思わないでしょうに」


「まさに地獄の掃射だ。あまり言いたくないが同情するよ」


 攻撃精神を有する三川中将でさえ同情する航空機とは何なのだ。


 件の陸軍機から眺めるとしよう。


 爆撃機としては低高度で侵入する機体は爆弾を持たぬ代わりに胴体下部から何かがニュッと出た。


「高度このまま。75mm軽榴弾砲の用意急げ」


(装填よし。いつでも行けます)


「照準合わせ」


「敵対空砲に合わせます」


 コンクリート防護壁を超えるは深緑に塗装された日本陸軍の爆撃機である。しかし、その姿形は百式や三式ではなくアメリカ軍B-24爆撃機だと察した。アメリカはレンドリース法を理由に日本軍へ供給しているが、中には自軍で不要な物も見受けられて呈の良い不用品処分と思われる。反抗したくても使えない訳ではないため黙って受け取った。もっとも、日本人特有のエコロジー精神より魔改造が施されて一線級に引き上げる。


「37mm機関砲は自由射撃を許可する。目につく兵器と兵士を吹っ飛ばせ」


「了解!」


 B-24は航続距離に難があるB-17を置き換えるため開発された。飛行艇を主に開発して製造するメーカーらしく、主翼の高翼配置が特徴的であり爆弾搭載量の増加に繋がる。カタログの数値は全てB-17を上回るが防御力や安定性で劣り現場からは「B-17をよこせ」と言われてしまった。ヨーロッパ戦線はイギリス本土丸ごとを基地に使用できる。北アフリカは前線基地を建設したためB-17の航続距離は気にならなかった。むしろ、持ち前の頑丈な機体に繰り返された改良で簡単には撃墜されない。対して、B-24は大量の爆弾を遠くまで運搬できる代わりに、迎撃を受けた際に撃墜される率が高くあり損耗が激しい。


 したがって、その搭載量と航続距離を活かして対潜哨戒機や輸送機に転用されることが相次いだ。それでも元々の生産数が多く余剰は日本軍に無償譲渡して処分している。日本としては貴重な研究に使用できるため有り難いが国産が確立された現状では不要だ。


 そこで面白い魔改造を加えてから投入し直す。


「撃ちます!」


 一撃はドイツ自慢の88mmではなく旧式の75mm高射砲を破壊した。移動を前提とした設置式の対空砲は大口径榴弾に弱く簡単に破壊される。事前の爆撃から逃れられても低空飛行の襲撃は一切逃がさない。


「これが堪らないんですよ」


「無駄口は要らん。機銃は騒がしいのに75mmが黙っては廃るぞ」


「へい」


 これはB-24対地掃射型と呼ばれる広義の襲撃機である。高い汎用性と積載能力を最大限発揮するべく機体全身に武装が追加された。最たる部分は言わずもがな胴体下部から伸びる大砲に収束する。大口径機関砲の範囲に収まらない口径は75mmで実態は軽榴弾砲だ。胴体下部を改造することでフランス・シュナイダー社製75mm軽榴弾砲を搭載する。やや融通が利かない点は榴弾の大威力による範囲で補う。


 それでもB-24の莫大なスペースは75mm軽榴弾砲だけで埋まらなかった。下手に重さが前のめりになるとアンバランスでまともに飛べなくなる。ここで重量のつり合いを得る目的もあり側面と後部に37mm機関砲が備えられた。37mm機関砲も榴弾を発射するが連射が利き数で低威力を補う。軽装甲車両や対空機銃などの柔らかい目標には絶大な威力を発揮した。


 いわば、和製ガンシップだろうか。


「見ろ、海軍の二式大艇が凄まじい掃射を与えている。空中戦艦の名に恥じないぞ」


「空中戦艦ねぇ…」


 更に低空を飛行するは海軍の二式大艇と見受けられる。二式大艇は日本海軍の誇る大型飛行艇で九九式飛行艇とは異なった。敵地への強硬偵察や輸送など著しく危険の伴う任務で使用されている。2000馬力級エンジンが4発の大型機だがフロートを有するため最高速は500km/hに達するかどうかだ。しかし、重爆撃機以上の防御力に防御火器を備え、且つ8000kmを優に超える航続距離によって敵味方の度肝を抜いている。生半可な対空戦闘ではビクともせず迎撃機も返り討ちにする圧倒的な強さは空中戦艦と恐れられた。


 そんな機体は海軍独自のガンシップへ改造される。細かな敵兵を薙ぎ払うため従来の防御火器に下方を向いた12.7mmと7.7mm機銃を増設した。水上滑走から低空飛行で侵入すると大量の弾丸をばら撒いて回る。地上にいる敵兵はあっという間に撃ち抜かれ、運よく障害物に隠れられたとしても反撃のため顔を出すことを許されなかった。


「地獄の掃射を絶やすなよ」


 幻惑の艦砲射撃に地獄の掃射はオランダに向かう友軍を間接的に支援する。


続く

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