第83話 日米太平洋艦隊【後編】

~前書き~

本話の都合で前話に小幅な修正を行いました。


~本編~


駿河湾


 静岡県駿河湾に超々弩級戦艦が鎮座した。


 呉や横須賀、長崎など主要な海軍及び民間の工廠ではなく新設された浮きドッグにて建造されている。地上のドッグは限界が設けられて大型艦建造のためには拡張工事を行わなければならない。日本は世界恐慌の波を受けて大規模な公共政策を展開すると失職者の救済を建前に軍事施設の拡大に努めた。


 しかし、第二次世界大戦が間近に迫る頃に拡張工事を続けては間に合わない。そこで、超々弩級戦艦の建造には応用が利く浮きドッグを新しく用意した。浮きドッグは海の上に置かれてブロック工法により全国各地で作られる区画の調達も容易い。


 現状の大日本帝国海軍は主力級艦艇の損害は少なく収まっている。四四艦隊の被雷が最大の損害だった。高速戦艦の打撃部隊も度重なる空襲を受けるが小破程度のためマダガスカル島で修理を完了している。前線での修理は各地の英国領で行えるため本土のドッグが埋まることは無かった。ただし、損耗の激しい各種軽巡及び駆逐艦、潜水艦、輸送船の新造が相次いでおりフル稼働である。


 必要な資材は満州で産出される鉄資源に石油資源のおかげで需要を満たした。委任統治領となったアジア一帯の金属鉱山から希少資源を確保し、オーストラリアの鉄鉱山や石炭鉱山の開発権を得るなど長期戦も準備万端を整える。


 そして、1938年より秘密裏に開始された超々弩級戦艦の建造は1943年3月に全て完了した。それから半年をかけての習熟訓練が積まれた末に世界最後にして世界最強の超々弩級戦艦が威光を示す。


「水雷屋として地中海を駆けまわっていた頃が昨日のように思い出される。本土に召喚された時は陸上任務に左遷されるかと思ったよ。まさか山本五十六大将の後釜に据えられるとはね」


「私も駆逐艦の艦長から戦艦の艦長になってしまいました。本当にいいのでしょうか」


「人事は分からない。ただ、お上は直々に我々を連合艦隊にするよう命じられた。与えられた職務はしっかりとこなして軽はずみな真似は厳に慎む」


「はい、帝国海軍の軍人に軽挙は許されません」


 連合艦隊旗艦は超大和型戦艦『皇国』である。


 その存在こそが大日本帝国を象徴して世界最強海軍の威光を国内外に照らした。圧倒的な排水量10万トン以上の船体には46cm四連装砲4基16門を搭載し、副砲扱いの各種対空兵装が所狭しと敷き詰められる。更には亡命技術者と共に開発した艦本式タービン&ディーゼルのおかげで33ノットの高速性を発揮する。世界最先端の対空・対艦レーダーに逆探も装備して単艦での索敵を可能にしたが、原則として同電探と水上機を装備した航空巡洋艦が随伴して艦隊の目となった。


 そして、世界最大にして最強の戦艦を指揮するは田中頼三大将だろう。


 連合艦隊は大反攻に際して大規模な人事異動が入った。開戦前から長らく海軍を動かしてきた山本五十六大将は現場から退き政治家への道に転進する。山本大将は優秀な軍人だが政治に適性があると見られた。米内光政海軍大臣の後継者に選ばれており将来的には海軍大臣のみならず大日本帝国総理大臣の椅子が待つ。現首相の幣原喜重郎男爵は戦争という非常事態だから長く務めたのであり、本人としては終戦次第に民主的な方法を以て新しい総理大臣が選ばれることを望んでいる。


「私と行動を共にするのが皆であることは喜ばしい。ただ、問題はアメリカ海軍の艦隊司令官がレイモンド・スプルーアンス少将と聞いた」


「はい、キンケイド中将の通達ではスプルーアンス艦隊と書かれていました。先んじてハワイに赴きました長谷川大将曰く、質実剛健なれど柔軟にして素晴らしき大砲屋と聞き」


「そして、艦隊の戦艦はサウスダコタ級戦艦『サウスダコタ』とアイオワ級戦艦『アイオワ』の2隻に重巡洋艦複数と駆逐艦多数ときている。懸念事項はサウスダコタが27ノットまでしか出せないことだ。まぁ、我々は空母機動部隊の護衛にはつかないため特段のことではないかな」


「35ノットの快速に慣れた身としてはノロノロに感じてしまいます。魚雷を失って得た大砲ですが、正直言って寂しさはぬぐい切れず」


「慣れと言う物だよ。住めば都というさ」


 山本五十六大将の後釜に据えられた田中頼三大将は水雷屋で知られる。緒戦から地中海において精鋭水雷戦隊を指揮し、マルタ島への緊急輸送作戦にて有力なイタリア艦隊を撃滅したことで名を轟かせた。その後も巧みな指揮でマルタ島を包囲するドイツ・イタリア海軍を痛めつけ、地中海において無敗を誇る名将は「地中海の魔物」と敵味方から恐れられる。


 もっとも、当の本人は全くに気に留めなかった。任務を淡々と遂行しているだけと割り切る。また、戦果を挙げているのも指揮官の自分ではなく腕を働かせる部下達のおかげと断言した。時には消極的な姿勢を見せて上層に意見具申するため煩わしく思う者は一定数いる。それは制空権の心配があったり、敵軍の動きがおかしかったり、様々な理由が存在するためで単純に攻撃精神に欠けると指すのは愚かだ。


 田中大将の指揮は研ぎ澄まされるが信頼できる熟練の部下も否めない。皇国には嘗ての部下達が丸ごと異動している。水雷屋から大砲屋への転身どころではない帝国の象徴を動かすことは誰も予想していなかった。俄然やる気を増して習熟訓練にも気合が入ると月月火水木金金が兵士たちに猛威を振るった。


「米海軍と合わせた編成は膨大になる。指揮統制に直結する通信に問題はないか」


「本艦の通信能力は最高級です。専用の戦闘通信室を設置しております。しかし、念のため軽巡仁淀を加えました」


「スプルーアンス艦隊と行動を共にする以上は多方面ですれ違いが起こる。それを最短で収束させるには通信能力が重要になるぞ」


 連合艦隊の編成は他の水上打撃艦隊に1点だけ追加されている。一般的には戦艦を主として航空巡洋艦及び防空駆逐艦を補助艦に従えた。紙面上に書かれても実戦に参加しない艦艇として高速油槽船、機雷敷設艦、標的艦、工作艦がいる。それを踏まえて追加されたのが日本海軍には希少な大型艦隊型軽巡だ。


 艦隊型軽巡は防空型軽巡と同様に大型駆逐艦の性質を帯びた小型が多い。排水量が8000t以上の重巡級の大型艦隊型軽巡は殆ど建造されなかった。重巡洋艦でさえ航空巡洋艦に変更されたのだから更に稀有な事だろう。


 建造理由は艦隊の通信能力強化が大きかった。戦艦には専用の通信室が設置されて艦隊同士の連絡を円滑にしている。普通の艦隊では間に合うが連合艦隊は日米太平洋艦隊の片方を為した。スプルーアンス艦隊と協同するため言語や戦術ですれ違いが生じかねない。よって、艦隊同士の仲介役に大淀型軽巡二番艦『仁淀』が追加された。察しの良い方はお分かりだろうが一番艦の『大淀』は阿部(俊夫)機動部隊に送られた。


 大淀型は排水量8500tの大型軽巡に分類される。しかし、武装は12.7cm連装両用砲3基6門と弱い代わりに対空機銃が満載された。大淀型が通信能力に特化させた設計のため武装を減らした分を通信能力強化に回している。その気になれば艦隊旗艦を務められる性能を有し非常時には旗艦を臨時的に務めた。


「そういえば、日英米会談が開催されたようです。大反攻の起点となるフランス上陸と思いますが、司令はどこが選ばれると」


「フランス解放に最も好ましい地点はダンケルクとカレーだな。パリから近いことは言うまでもなく撤退時に使用して土地勘がある。政治を含めて上陸に最高の土地だがドイツ軍も馬鹿ではない。ここにコンクリートの防護壁に沿岸砲も置いて要塞化したと航空偵察で判明した。正面から正直に突っ込んでは殲滅されかねない」


「それではどこに」


「私の予想は…」


 空気を読んだ若い士官がフランスの地図を広げる。田中司令は持参した駒を迷いなく置いた。


「ここは?」


「ノルマンディー地方と呼ばれる。ここは地形的に上陸に丁度良い砂浜がある。パリからは遠くなるがドイツ軍の守備は薄く、イギリス諜報部が行う情報戦で敵はカレーに集中している」


「奇襲上陸を仕掛けるのですか。随分と博打な気がします」


「それはアメリカ軍が考えることだ。我々の仕事は大西洋の敵を一掃してフランス解放作戦の支援を行うことにある。だが、恐らく上は別作戦を提示するだろうね。あのベルリン空爆のように」


「どこに攻めるのでしょう。上陸する地点は極々限られていると思いますが」


「オランダだよ」


続く

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