第82話 日米太平洋艦隊【前編】

9月のハワイ


「キンケイド中将の御尽力に感謝申し上げます」


「私こそ御大将の纏め上げに感服いたしました」


 太平洋の一大拠点である米国領ハワイに日米の艦隊が集結した。事前の打ち合わせに従い日米太平洋艦隊という世界最強の大艦隊が創設されている。指揮官級の将官から下位の兵士まで皆が交流に精を出して連携の強化に努めた。将官はともかく下位の兵士たちは英語と日本語の壁が存在するが歴史的な和睦の前には通用しなかった。


 そして、日米和睦は両国の陸海軍により行われた。表立って活動したのは海軍であり日本海軍は長谷川清大将が代表となり、アメリカ海軍はチェスター・ニミッツ現大将が立ち上がる。陸軍はというとアメリカはマッカーサーが重い腰を上げて日本の東久邇宮稔彦王が対応している。東久邇宮稔彦王は皇族の陸軍軍人だが自由主義者で知られて相性が良かった。


 ただし、海軍間で交渉が進められるとニミッツ提督は多忙となる。交渉に支障をきたしてはいけないため、連絡と調整を担う専任のキンケイド中将が設置された。陸上勤務の多かった将校だが抜群の調整能力を誇り、日本海軍とのすり合わせと練り上げを見事にこなしあげる。


「日米太平洋艦隊はアメリカ海軍のハルゼー艦隊こと第三艦隊に我が海軍の第七機動部隊が加わりました。それにしても空母が集まった光景は壮観です」


「装甲空母をイギリス海軍が建造したことは知っていました。しかし、日本海軍が彼らを上回る弩級空母を生み出したことは後に語られることでしょう。ハルゼーも当初は懐疑的な見方をしていました。しかし、今や彼も柔軟さを発揮しています。世界最先端の戦術を受けて、すっかりと親日派となり私も驚きました」


「そうですか。親日派が増えて欲しいとは思いませんが、嬉しいことに違いありませんね」


「いえ、事実として国内に親日派及び知日派が増えていますよ。間違いなくです」


 日米太平洋艦隊は超大型の空母機動部隊である。


 先んじて簡易な陣容を示すと以下になる。


【日米太平洋艦隊】※現時点のため将来的に変更有り

アメリカ海軍第三艦隊

〇指揮官:ハルゼー中将

空母3

・エセックス

・サラトガ

・インディペンデンス(軽)

重巡2

駆逐10


日本海軍第七機動部隊

〇指揮官:阿部俊夫少将

空母2

・大鳳(装甲)

・銀鳳(装甲)

防巡4

特巡1

駆逐12


以上


 四四艦隊ほどの弩級さは無くても最新鋭と見れば十分だ。建造を終えた空母は多数いるが練度や機材の不足から最前線には投入出来ない。したがって、陣容は最初の方で建造を終えた空母に限定された。また、本来はアメリカ製の新鋭戦艦サウスダコタ級やアイオワ級も含まれるが別艦隊に分離させている。日米太平洋艦隊の創設により肥大化が危惧されると分離することで適正化のスリム化を図った。


 第三艦隊司令のハルゼーはブルの異名を持つ猛将で知られ積極攻撃を好む。その攻撃精神を日米太平洋艦隊の空母機動部隊に与えた。そんな本人が親日派へと大転換を遂げたことは随分と意外に思われた。当初こそニミッツ大将と真反対にして日本を快く思っていない。日英同盟堅守や軍縮条約のすり抜け策など日米摩擦が生じると敵視まで至った。


 しかし、ジョージ・グルー氏に代表される知日派が日米和睦に尽力して周囲の環境が変わり始める。それからして、ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が起こり日英同盟が対独戦に参戦すると彼はは認識を改めて己の浅薄さを悔いた。圧倒的な数と質を携えた空母機動部隊の投入によりドイツ海軍を痛めつけ、フランス大撤退やアメリカ籍船救助など多方面で獅子奮迅の活躍を見せる日本海軍は世界最強だろう。相変わらず日米関係は悪かったが黙々と任務を遂行する行動が心を動かした。


 知日派の活躍に日本海軍の奮闘、ニミッツが直属の上官となった等々が重なりハルゼーは親日派に転換を果たす。彼のことを表面的にしか知らぬ者は頑固で気難しいと思われよう。


 実際はアメリカ海軍随一の慧眼を有して柔軟に姿勢を変え対応する名将である。


「おぉ、丁度良い所に来たな。スプルーアンス少将」


「お初お目にかかります。レイモンド・スプルーアンスと申します。私は戦艦部隊を率いますため、長谷川大提督の連合艦隊と協同することになりました」


「面白いことを仰る。私は連合艦隊の長官でも参謀でも何でもない。連合艦隊の指揮は田中提督が務めます」


「田中提督…まさか地中海の魔物が」


「ははっ!そう呼ばれているのですか、これは大変面白い」


 彼らのところに来たのは日米太平洋艦隊の戦艦部隊を率いるレイモンド・スプルーアンス少将だった。空母機動部隊を率いるハルゼーとは親友の間柄でニミッツ大将も厚く信頼する。スプルーアンス少将は大砲屋の性質を帯びたが航空戦にも理解を示し研究を絶やさなかった。彼は生真面目な性格により取っつきにくさを感じるが先任の部下を重宝して無碍にしない。艦隊戦の指揮能力も高くハルゼーは「誰よりも上手い」と手放しに褒め称えた。


「地中海で昼夜問わず行われた水雷戦に勝利した無敗の提督の名を知らぬ者はいません。田中提督が連合艦隊を指揮するのですか」


「今までは山本五十六大将が率いたが延々と続けることではない。移り行く戦局に対応するため刷新は必然のこと。水雷屋だからと心配になって当然だが私は彼を信頼する」


「なるほど…」


 スプルーアンス艦隊は連合艦隊と協同するが連合艦隊は大規模な改造と大幅な刷新が同時に行われた。前者は艦隊の陣容で後者は人事異動であるが大反攻の前に完了させている。


 連合艦隊は日本海軍の象徴と言うべき存在でも移り変わる時局の前に薄まざるを得なかった。相手がドイツとイタリアのため連合艦隊でも十分な勝ち目はある。しかし、将来を見越して世界を出し抜くことを踏まえると暫く休止状態に入った。この穴を四四艦隊や第二、第三など各機動部隊が埋めて日本海軍の強さを知らしめる。


 ただ、連合艦隊の話は後に回させていただきたい。


 なぜなら、エセックスの甲板上にハルゼーと阿部の両名が揃ったからだ。


「装甲空母の防御力はどんなところだ」


「理論上は500kg爆弾の急降下爆撃を無効化する防御力を有する。しかし、これが高高度からの水平爆撃や800kg以上の重量級徹甲爆弾に変わると防ぎようがなかった。空母として重装甲なだけで正面切っての戦闘を有利に立ち回れるだけに留まる」


「つまり、過信は禁物ってことか。いや、まったくもってその通りで納得している。所詮は脆弱な空母だからな。今まで通り鉄壁を構築して守る」


「ドイツ空軍は近接航空支援機を対艦戦闘に回すことを諦めた。専ら爆撃機を動員しては高高度爆撃を仕掛けている。高高度を飛行する敵機の迎撃は難しくなり油断は出来なくて当然だが、我々の新型艦戦がどれだけ踏ん張れるかが勝敗を分ける」


 米海軍の空母艦載機はF6Fヘルキャット戦闘機に統一されている。本来はF4Uの予定が運用の問題より不可能と判断されてF6Fが主力の座についた。しかし、その性能は極めて優秀である。数値で図り辛い頑丈さや扱い易さから傑作の呼び声は高かった。単純な性能は改修型のF4U-Jが上回っても扱いやすい点だけで勝利している。今更慣れた機体を変更する愚は犯すべきでなかった。


「ただ、防空軽巡洋艦と防空駆逐艦が多く揃った。10cm高角砲は高度1万まで対空砲弾を撃ち届けられる。砲門の数で圧倒すれば狙いを狂わせられる。ただし、敵は空に限らず海中にもいることに注意するべきだ」


「ったく、まだUボートは動き回っていやがる。なんで航空巡洋艦を建造しないんだか」


「合理を突き詰めれば航空巡洋艦は不合理に振り分けられる。アメリカには不要と考えても仕方ない。もっとも、我々の祖国はたとえ不合理でも独創性に活路を見出しているが」


「重巡洋艦が不足している現状では仕方ない。せっかくの機会を逃すのは見過ごせんが、まぁ、そこらも含めてよろしく頼む」


「こちらこそ」


 ガッチリと交わされる握手に日米の和睦が見えた。


続く

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