第81話 大反攻の兆し

7月


帝都東京


「つまり、米英軍はイタリア陥落を目指して小島とシチリア島を足掛かりにブーツ型の半島へ上陸作戦を展開する。そして、一路ローマを目指すと?」


「そうなります。しかし、イタリアの状況は意外と芳しくありません。本土防衛以前に反体制派が台頭して転覆の可能性もあり」


「すると…ドイツはムッソリーニを支持してフランスのように実力行使を採るに違いない。現地の反体制派と協力し北上しても山岳地帯では碌に機械化兵力を使えないが、アメリカ軍はどうやって攻めるつもりなんだ」


「わかりません。ただ言えることは圧倒的な数を叩きつけるだけです」


 総合戦略研究所は海軍と陸軍、戦略爆撃軍の退役将校など裏の高官を集めた。そして、アメリカ軍が主導で行う北アフリカからイタリア本土を目指す大反攻を語り合う。このイタリア本土進攻に日本は殆ど関与していない。陸戦隊を含めた陸上戦力の派遣は無く専ら海軍が輸送路の確保に努める。なお、空母や基地航空隊など航空戦力はアメリカ軍が担当した。


 アメリカは出遅れた分を補うために枢軸国の一画を攻め落としたい。日本は最初期から参戦して戦い続けて疲弊を余儀なくされる。イギリスは自国の防衛を固め直すため全軍の整備を行いたい。ここで各国の利害を調整するためカサブランカ会談と第三回ワシントン会談が開催された。そこではアメリカ軍によるイタリア本土進攻が承認されて細かな計画が立てられる。


 とは言え、イタリア本土は山岳がそびえ立ち「守るは容易く攻めるは難し」を実現している。山岳地帯では機甲師団の展開が難しくあり大規模な運用は不可能なのだ。航空機の爆撃は岩盤という自然の守りに阻まれて通用しなかった。海岸線沿いは艦砲射撃の支援を受けられるが内陸には届かない。攻める際は揚陸した砲兵の支援砲撃が頼りとなるが少なからず損害を被るだろうに。


「そこは米軍に一任しましょう。私達がとやかく言うことではありません。それより、北アフリカは平定できたのですか?」


「トリポリのイタリア軍は降伏して表向きは平定です。しかし、各地に散らばった残存兵力がおります故に掃討作戦に移っています。重装備の大半はイタリアに引き上げたようですから残党は山狩りに等しく」


「ロンメルを逃したのは痛いが、一先ずどうにかなったことは確実だな」


「はい」


 イタリアへの進撃は北アフリカ戦線の平定が条件である。現時点でトリポリの敵軍は連合国軍に降伏して平定が果たされた。しかし、各地に散りばめられた残存兵力がゲリラ戦を繰り広げる恐れから掃討に移る。敵の総大将であるロンメルは自軍と重装備を輸送船に載せてイタリア本土まで撤収させた。自身は輸送機に乗り込んで知らず知らずのうちに退避している。したがって、トリポリに残されたのは哀れなイタリア軍と一部ドイツ軍だった。圧倒的な火力を携えた包囲網の前に抵抗虚しく撃破され降伏を選択する。


 総大将が重装備と一緒に撤退することは間違いではない。しかし、残される兵士のことを考えると中々に酷いことだ。ドイツとイタリアは同盟こそ結んでいるが日英同盟には届かない。30年を超えて未だに切れることのない友好関係は不滅である。


「米軍が出張るって言うのですし、ここは一旦休憩として海軍も陸軍も休みます。戦略爆撃軍は忙しなく爆撃に赴くようですが、昼間爆撃と夜間爆撃のどちらを担当されるのです」


「前提として、アメリカ軍はB-17とB-24を用いて昼間爆撃を行っている。イギリス軍はランカスター、ハリファックスなど重爆にモスキートを加えた攪乱戦術を採る。正直なところ、戦略爆撃軍がやることは特殊爆弾の投下に絞られました」


「すると、あのコンクリート貫通爆弾をUボート基地にぶつけると。いや、それは極めてありがたい。海軍はUボート対策を進めて対潜電探に通信傍受装置を開発したが、デーニッツという大提督は恐ろしく新戦術で被害は馬鹿にならなかった。直近では輸送船を守るため旧式巡洋戦艦が撃沈されている」


 暫くはお休みと雖も戦略爆撃軍の仕事は多くある。一般的な爆撃自体こそ英米軍が担当していた。日本はUボート基地のブンカー破壊にコンクリート貫通爆弾を投下し続ける。一時に比べて脅威度は低下したが新戦術の確立により輸送船団は損害を受けた。軍艦も盾となるため大型防空巡洋艦こと旧式巡洋戦艦『筑波』『鞍馬』『生駒』『伊吹』は自ら被雷している。所詮は旧式のため筑波と伊吹は沈んだ。鞍馬と生駒は辛うじて浮力を保ったが修理の優先度は最低と判断され解体処分が決まる。


「フランス解放の都合で標的は同国となりますが」


「構わない。一つでも潰して貰えれば動きやすくなった」


「承知しました。一応、それとなくフランスを重点的に叩くよう命じます」


「頼んだ」


 現状確認を挟み話題はフランス解放へと移る。同国の解放は日本にとっても悲願なのだ。マダガスカル島で待機する亡命艦隊はやる気十分で地中海から艦隊を引き抜き四四艦隊と合流次第に解放の準備を進める。フランスには大規模なレーダー基地が建設されており、破壊しなければ航空戦力が安心して襲撃できなかった。


「四四艦隊には半年以上の修理と称し改造を加えている。艦載機も大幅に刷新した。戦闘機は零戦を軽空母に回して新型のコルセアを搭載した。現場では『暴風』と呼んでいるが我々はアメリカに敬意を示し『コルセア』と呼ぶ。爆撃機及び攻撃機は雷撃を与える目標の無いことより爆撃機に絞り、新型の『銀星』を搭載して爆撃に特化させた」


「捕捉を付け加えると、雷撃は高度な操縦技術を必要とし新兵の育成が間に合わない。したがって、練度の向上が比較的に簡単な爆撃を選択したことも理由とさせてもらう」


「確かに熟練の搭乗員が多く生き残っても損害は必須のこと。新兵の穴埋めも練度が足りなければ意味が無く、思い切って雷撃を切り捨てて爆撃に絞ることは理解できる」


 長らく零戦や九九式を使ってきた空母機動部隊は艦載機の刷新が図られた。艦戦はF4Uを日米合同で手直しを加えた『暴風』に更新され、玉突きで余剰の零戦は護衛空母や特設空母、陸上基地向けに異動する。艦爆と艦攻だが雷撃は目標となる艦が無いに等しい上に訓練が間に合わない可能性から捨てた。爆撃は促成が可能であり短期間でみっちり叩き込めば手駒の戦力に数えられる。


 ただし、艦載機の大型化に伴って搭載機数は減る。どうしても容積を圧迫して60機少々の維持が現実的だった。もっとも、空母8隻の世界最強機動部隊には気にならない範囲であり野暮かもしれない。


「爆撃機への統一に伴い数機だが艦上偵察機を採用した。従来の艦攻や水偵を用いた偵察を脱して専門の艦上偵察機を運用することで一層の広範囲を索敵する。こちらは彩雲と呼ぶ」


「百式より速いのか?」


「単純な速度では劣っているが650km/hに迫る最高速度に6000kmの航続距離を有する」


「ほう、それは素晴らしい。百式が双発機で嵩張る物だから是非とも頂戴したい」


「ご要望とあらば、今すぐにでも手配しましょう」


 陸軍も海軍も偵察専門の機体開発を痛感している。


 陸軍は双発の百式司令部偵察機を開発し投入すると各方面の偵察任務で大活躍した。高速機であるメッサーを突き放す高速性能は圧倒的であるが、空気抵抗を減らす特異な見た目は敵味方問わず恐れられる。海軍は艦載化を前提にしているため開発は遅延を余儀なくされた。しかし、艦上偵察機は恐ろしい性能を叩き出す。2000馬力の大馬力エンジンに極限まで絞り込まれた胴体と層流翼は単発機最速を発揮した。防弾を捨てて燃料タンクを詰め込んだおかげで航続距離も6000kmを有する。その性能はこれから遺憾なく発揮されるはずだ。


「後は日米太平洋艦隊の創設を待つばかり、かな」


続く

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