第80話 ティーガー鹵獲作戦

 トブルク要塞軍はエジプト国境線から進撃するエジプト方面軍と合流して突き進むが例のごとくロンメル軍団が立ち塞がった。しかし、数年にわたり戦った両軍は互いに戦い方を理解している。栗林忠道中将率いる機械化砲兵師団とロンメル率いる機甲師団は共に一切の策を講じない。もはや、真っ向勝負で正面から衝突するせざるを得なかった。


 日英軍も独軍も新型を多く取りそろえた都合で簡単に勝負はつかない。アメリカ軍の大損害より日英軍はティーガー戦車及び四号戦車(後期)を警戒するからだ。ドイツ戦車は1000mを超えるアウトレンジで徹甲弾を直撃させられる技量を有する。こちらも高練度だが火力の差が大きい。長砲身75mm砲はともかく88mm砲は御免被りたい。単なる対戦車砲陣地ならマシだが重装甲に包まれるとワンサイドゲームに陥った。


 したがって、後続のためにもティーガー重戦車は鹵獲したい。


 イギリス軍戦車隊から1歩程度後方に位置する珍妙な砲戦車が切り札を為した。


「随分と不釣り合いな自走砲だ。あれが例の新型を鹵獲できるとは到底思えんが、日英同盟の技術力を保持すると言うのだから信じるしかない。繰り返すが我々はMk-Ⅵの砲撃より自走砲を守ることにある。砲手は敵戦車の履帯を狙い動きを止め、可能な限り敵戦車の注意を引け」


「無茶な要求ですが、やってみます。首相の名を冠したこいつを信じます」


「無茶な要求が続くのが戦争ってものだ。頼むぞ」


 アメリカのM4や日本のチトに続きイギリスは新型歩兵戦車チャーチルを投入する。相も変わらず鈍足・重装甲を極めた戦車だった。機動戦を知る前線の将兵はチトのような巡航戦車を欲した。残念ながら、新型巡航戦車はカヴェナンターやクルセイダーの失敗を引きずる。それどころか、チャーチルが中継ぎとして投入されたまでもある。


 ただ、イギリスの頑丈な設計は優秀と評した。長大な履帯はデコボコ道や泥濘地など快速車両が走れない不整地を難なく突破する。急斜面をジリジリと確実によじ登ることができ意識外の奇襲を可能とした。自慢の防御力も前線改造含めて最大150mmと当時にしては比類なき重装甲を有する。ただし、代償として最大速度は22km/hまで低下した。そして、主砲は17ポンド砲が重く嵩張り戦車搭載に間に合わないことより従来の6ポンド砲である。近距離ならば100mmの装甲を破る砲弾は軽くて使い易いが中距離以上は心許なかった。


 今回、チャーチルは盾役に徹した。情報を鵜呑みにすれば最大100mmのティーガーを上回る防御力でアハトアハトを砕いて回る。88mmと57mmを単純比較すると威力と貫徹力で前者に軍配が上がった。しかし、装填作業が楽で速射性の面では後者に軍配が上がって甲乙つけられない。


 とは言え、彼らは盾となれど攻撃は忘れない。その速射を活かして敵戦車の履帯を断ち移動能力を奪った。動きの止まった戦車は良い的で外さないわけがない。そして、貫徹できないと雖も57mm徹甲弾をポンポン打ち込んで敵の注意を無理やり引き寄せた。後方の切り札は最小限の装甲しか持たぬ故に直撃を受ければお終いである。


「まぁ、私達の骨は拾ってくれるでしょうに。気にしたってどうにもなりません」


「そうだな。生きて帰った時には紅茶の美味しい淹れ方を教えるか」


「日本には緑茶という兄弟がありますから、こっちも聞きましょう」


「グリーンティーだったか。東洋の文化は興味深い」


 一歩後ろに並び歩調を合わせるは日本海軍の戦車と見えた。海軍が戦車を保有することは異例であるが、強襲上陸作戦のスペシャリストとして上陸部隊を支援する戦闘車両は必須の装備だろう。しかし、最前線の陸軍から大火力にして新砲弾を使用できる海軍戦車の派遣要請が入った。陸戦隊の強襲上陸作戦予定は暫くないため即座に快諾する。


 チャーチル隊の緊張を解きほぐす会話の最中に左翼の7号車が被弾した。


「七号車被弾!」


「左だ! 待ち伏せを食らった!」


(こちら七号車、被弾したが損害無し。破片が飛び散っても気にしない)


 流石のタフネスである。150mmの増加装甲が88mm徹甲弾を砕いたが破片が侵入する。装甲に使用される金属技術の限界より貫通は阻止しても剥離した破片が襲い掛かった。


「全車左方に正面を向けろ! 食われるぞ!」


「自走砲隊位置についた!」


「まだだ! 我々が徹底的に敵戦車を引き付ける!」


 待ち伏せに失敗したことを悟り偽装を解いた例の新型戦車と三号戦車が姿を現した。新型の数が僅か3両で三号戦車は8両いる様子から十分な数が前線へ行き渡っていない窮乏が垣間見える。少数なら恐れることは無く冷静に真正面を向けた。チャーチルは垂直面が多く防御力は正面に限られる。


「突っ込みすぎだ!」


(日本の友を守るためならな…後を頼んだぜ隊長)


「いくな!」


 三号戦車には目もくれずティーガーと相対するチャーチル一両が突貫を試みる。とにかく盾となるべきだが積極性を見せては食われた。しかし、否が応でも意識を奪うことにはなって盾役を全うした。待ち伏せの都合で彼我の距離は近くあり57mm砲の有効打を与えられる。もしかしたらの希望を抱きそうな状況でも悲観的であり自己犠牲を払った。


 流石に真正面の近距離で88mm徹甲弾を防げる装甲は存在しない。東部戦線ではT-34の傾斜装甲が88mm徹甲弾はおろか75mm徹甲弾に易々と侵入を許している。150mmの装甲でも熟練砲手が弱点を正確に狙い撃っては防御力に期待できなかった。突っ込んだ一両は瞬く間に複数発を被弾して吹っ飛んだ。生還の望みが薄い最期だが意地の一発がティーガーの左履帯を破断させている。そのティーガーは右履帯が暴走して側面を見せた。


 その瞬間を日本戦車が見逃すわけがない。


「今だ!」


「粘着榴弾、てっ!」


 前提として、陸戦隊の砲戦車は陸軍から譲与されたホイだった。これは84mm榴弾砲(25ポンド砲)を搭載し、直接照準の直接砲撃から観測を挟む関節砲撃まで対応できる。しかし、海軍は砲弾の都合で自前の大砲に換装した海軍仕様を用意した。


 それが海軍短十二糎砲戦車である。陸軍のように個別の名称は与えていない。よって、ホイの亜種と考えればよい。主砲の換装に伴い細々とした改造が加えられた程度で大きくは変わらなかった。元のホイやチハと部品と燃料に互換性がある。


 十二糎の文字から主砲は12cm砲であるが。「短」が追加されて長砲身とはならない。言わずもがな、短砲身の榴弾砲で専ら榴弾を発射した。その実際は戦時量産向けの簡易急造品らしい。箱型でブロック工法により大量建造される輸送船向けに簡素が突き詰められた。その結果として十二糎砲は後の低圧砲の性質を帯びており、砲身は薄くて部品の強度も引き下げられる。粗悪な金属でも製造できる急造品の代償は低性能で陸軍の本格的な野砲には大きく劣った。


 それでも低圧砲のため榴弾による支援砲撃には悪くないのだ。粘着榴弾の発射も可能で使用に耐える。12cmの大口径では威力も確保されティーガーと雖もHESHの作用からは逃れられなかった。


「直撃!」


「まだだ! もう一発!」


「仇ってんだぁ!」


 装填手2名がかりで重い粘着榴弾を装填する。一発あたり10kg以上の粘着榴弾は半固定式で砲弾と薬莢は一体だった。それでも一度に要する労力は半端ではなかろう。ホイが84mm榴弾砲を想定した設計のため、車内容積が不足気味で2名がかりでも大変なことだ。


 先の砲塔側面に刺さった一撃で内部乗員を殺傷出来たかは分からない。念には念を入れよとの格言を守り二射目の準備を進めた。敵戦車は車体が回らなくても砲塔を動かして対応する。


(やらせるか!)


「ブリティッシュ魂だって負けてない! 装填急げ!」


「もう間もなく!」


 事態に気付いた三号戦車が素早く援護に入った。それをチャーチルが阻んでくる。足が遅くても味方を守れる分には確保されている。そして、自慢の装甲を押し立て長砲身50mm砲から撃ち出された徹甲弾を無効化した。60口径まで長砲身になっても50mm砲では焼け石に水である。ただ、他のティーガーがチャーチルの壁を崩そうと集中砲火を与え続けた。ドイツとイギリスの重戦車が我慢比べの様相を呈している内に短十二糎砲はHESHの装填を終える。


「照準そのまま、撃て!」


 次の砲弾はヘロヘロでも見事な弾道を描いて砲塔と車体の間に刺さった。最も脆弱な部分に直撃したためか白煙が漏れ出る。砲塔は固定されて微動だにしないが発砲も確認できなかった。詳細までは読めないが内部乗員が死傷して操作する者がいなくなったと推定する。


「やったな! このまま他も狩る!」


 虎の子が行動不能になったことを受けて敵は潔く後退した。ドイツ軍の損害は三号戦車複数とティーガー1両だけである。戦果はチャーチル5両撃破で日英軍の戦力の大半を撃滅した。新型戦車を失ったのは痛いがそれ以上の打撃を与えて満足したのだろう。


 もっとも、撃破された1両は現場に急行したソミュア社製トラクターにより後方の陣地まで牽引された。


 ティーガーは遂に鹵獲されたのである。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る