第77話 ロンメルを追い詰めろ

1943年2月


 北アフリカ戦線のドイツ・イタリア軍はチュニジアのトリポリまで後退した。もはやロンメル軍団に連合国軍を止める術はない。旧ヴィシー・フランスの港湾拠点を奪取された時点で王手を打たれた。辛うじてイタリアからの輸送が間に合い増援を受け取って可能な限り抵抗する。アメリカ軍の大量輸送には敵わないが増援は質で勝った。ロンメル軍団の完成された戦術と共に連合国軍を苦しめている。


 特に顕著であったのはカセリーヌ峠の局地戦だった。ここは山脈の隙間となる細道で幅は2km程しかない。とても大軍が行動するには難しいが峠を突破しなければトリポリまで到達できなかった。西から攻めるアメリカ軍は自慢の物量を投入して数的劣勢なロンメル軍団を撃ち砕こうと試みる。


 その戦いは東から攻めるトブルク要塞軍を愕然とさせた。


「なぜ攻めたのだ! アメリカ軍は!」


「功を焦ったのでしょう。我々が持ち堪えすぎたが故に戦後を見据えました。有利を得るため戦果を欲する気持ちは分かりますが、負ければ何も得られません」


「敵戦車は東部戦線のソ連軍より提供された情報からして、六号戦車ティーガー重戦車と断定しました。亡命情報部並びに英国情報部の裏付けが得られましたので、疑念を挟む余地はありません。いかようにして」


「まだ情報が足りない。できることならば実物を鹵獲したいところだ」


 カセリーヌ峠に攻め込んだのはアメリカ軍を主としてイギリス軍と自由フランス軍が加わった連合国軍らしい。彼らは峠を突破する前にロンメル軍団から奇襲を被って壊滅した。そもそも制空権を完全に確保し切れず航空偵察も十分にしていない。あまりにも不十分な準備で臨み準備万端のドイツ・イタリア軍の前に粉砕された。お粗末が過ぎように。


 そして、トブルク要塞軍を驚かせたのはドイツ軍の新型戦車に収束した。Mk-Ⅳ specialこと四号戦車長砲身型の存在は把握している。しかし、新手は四号戦車を圧倒する火力と装甲を併せ持った。アメリカ軍のM3リー及びM3スチュアートは為す術なく撃破されている。彼らは強力な敵戦車とぶつかった場合は無理に戦わずに砲撃支援を要請した。定石を守ったが司令部は素っ頓狂な方へ進撃して状況を知らず進撃命令ばかり発する。瞬く間に混乱が広がって前線は総崩れして新型戦車に蹴散らされた。後退するアメリカ軍に対してドイツ空軍近接航空支援が襲い掛かり戦車から装甲車まで破壊される。


 カセリーヌ峠の戦いはロンメル軍団の完勝で終わった。


 前線からの情報共有とソ連の報告を照合すると見事にピッタリと重なる。どうやらソ連戦線で確認された新型が北アフリカに姿を現した。全ての戦車を破壊する火力に対戦車砲を無効化する重装甲は恐ろしい。直ちに詳細な情報を得ようと情報部に問い合わせたところ、これはドイツ陸軍の六号戦車ティーガーと判明した。亡命国とイギリスの情報部が暗号解読など総力を挙げて敵戦力を分析して掴んだが、ドイツ軍もかなり秘匿していたらしく具体的な数値までは分からない。どうしても実物の鹵獲が欲しくなって当然だ。


「鹵獲したくても奴らは直ぐに鉄くず、スクラップに変えてしまいます。研究用に使える損傷状態の車両は簡単に確保できません」


「歩兵の無反動砲で履帯を切断し白兵戦に移るのは…無理ですね」


「PIATは使い物にならない。まだバズーカや対戦車擲弾筒の方が遥かに扱えるが歩兵が敵戦車へ肉迫するのは無謀だ。待ち伏せるなら可能性を得られるが攻める時には…」


「モースヘッド中将。例のチャーチル戦車で戦えると…」


「不確定要素が多く断言できない。チャーチルは歩兵戦車の延長線上に置かれ対戦車は想定していなかった。6ポンド・57mm砲が主砲で四号戦車が精々に過ぎないが150mmの装甲なら受け止めることは可能である。少なくとも、囮役にはなるだろうか」


「わかりました」


 日英軍にも新兵器は続々と登場している。


 イギリス軍は新型戦車としてチャーチル歩兵戦車の初期型を改善したMk-Ⅲを北アフリカに送った。歩兵戦車のため鈍足・重装甲・低火力と全く進歩していない。ただ、堅実な足回りのおかげで走破能力が極めて高く不整地をスイスイ動いて突破する。急斜面もジリジリと確実に登攀するため意外と評判は悪くなかった。重装甲は現地改造含めて150mmと75mm対戦車砲や88mm高射砲も防ぎ切る。生憎だが主砲は6ポンド・57mm砲のため積極的に戦車戦はしたくなかった。


 他には歩兵が戦車に対抗する手段が用意されている。アメリカ軍はバズーカ無反動砲、イギリス軍はPIAT、日本軍は対戦車擲弾筒を開発した。それぞれ強みがあって優劣は付けられず適材適所で使用する。

 

 バズーカは優秀な無反動砲だがバックブラストが強力で味方を焼く恐れから待ち伏せには適さなかった。PIATは超強力バネで発射する都合でバックブラストは出ず塹壕や蛸壺に配備される。日本の対戦車擲弾筒は無反動砲のためバックブラストが出るがバズーカよりかは弱かった。どちらかというとドイツ軍のパンツァー・ファウストと似ている。軽くて携行性に優れるため前線の兵士達が使用した。ただし、基本的に歩兵が戦車に立ち向かうことはご法度だろう。待ち伏せという防御の側面が強く積極的に使う物ではなかった。


「何か策があれば、是非とも栗林中将の意見をお聞きしたい」


「通用するか分かりません。これを前置きにさせていただきますが」


「構いません」


「粘着榴弾ことHESHを使います」


「HESHですか。そうか内部乗員だけを殺傷するという」


「はい。粘着榴弾について聞きかじったことがあります。その特性からして戦車は傷つけずに無効化を見込めます。もちろん、相応に危険を伴うためチャーチルを押し立て囮にする必要がありますが」


 ティーガー重戦車鹵獲のため粘着榴弾・HESHの使用が検討される。


 粘着榴弾とはイギリス軍が開発した対建造物用の榴弾だ。HESHは均質圧延装甲に撃ち込んだ場合は余程薄くない限り貫徹こそしない。代わりに裏面の装甲が剥離して内部乗員へ破片が襲い掛かるという特性を有した。これをホプキンソン効果によるスポール破壊と呼ぶ。装甲剥離という散弾のため破壊には至らないが内部乗員を殺傷した。したがって、敵戦車を最小限の損傷に留め乗員だけを殺傷することにより高品質な鹵獲品を作成可能だろう。


 なぜ、粘着榴弾と呼ぶのかは炸薬がプラスチック爆薬に依った。プラスチック爆薬はC4で有名であり抜群の使い易さが強みである。高い安定性にうにゃうにゃと自由自在に変形させられた。その性質から砲弾に充填されて目標に直撃するとベッチョリ潰れて張り付いてから炸裂する。このベッチョリと張り付くことから粘着と表現された。そして、ホプキンソン効果のスポール破壊を生み出す。


「HESHは榴弾砲での使用を前提としております。火力支援を担う自走砲を割くには勿体無く、無反動砲で使うにも歩兵が危険に曝されて使いたいとは思いません」


「その通りです。海軍が陸戦隊向けに独自の砲戦車を開発中と聞き、それを少数拝借します。鹵獲が目的ですから大量に揃える必要はありません」


「承知しました。私も一肌脱いでイギリス軍にHESH及び原料となるプラスチック爆薬の供与を求めます」


「お手数をおかけします。それにしても、中々ロンメルも諦めない将軍です。我らとしては王手とチェックメイトを打ったのと同然ですがしぶとい。私はフランス解放に備えて戦力を温存したいところですよ」


 いい加減に諦めて欲しいものだった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る