第76話 日米和睦の道は開いた

1942年12月


 台湾沖にて月月火水木金金の訓練に励む空母機動部隊の姿があった。既存の日本空母にしてはメタリックな見た目からして、飛行甲板が木製から装甲化された装甲空母だと思われる。装甲空母自体はイギリス海軍がイラストリアス級を建造した。堅牢な防御力を以てドイツ・イタリア軍を苦しめたが、排水量の割に搭載機が30機少々と攻撃力を削られ微妙が与えられた。日本海軍も装甲空母を建造したがイラストリアス級よりも長期間を要する。この間に攻撃力と防御力を両立させられる研究を進めた。幸いにも主力級空母は全てが健在で1隻も欠けていない。ここで敢えて新造空母を続々と投入する必要性は無かった。ただし、アメリカ海軍は日英海軍に負けじとエセックス級空母を30隻に迫る勢いで建造している。


 日本海軍で標準型となる蒼龍型、翔鶴型、隼鷹型を経て排水量3万5千トンの装甲空母を就役させた。言わずもがな、史実の大鳳型(改大鳳型)である。カタログの数値は全体的に同じであり省略した。数少なく異なる点とすれば機銃が40mmボフォースとイスパノ20mmの混在なことぐらい。空母本体はそこまで変わらない代わりに搭載機については大幅に変更された。


 その機体を操って見事な着艦を見せるはベテランのエースパイロットこと坂井三郎少尉である。


「こいつは物になります。確かに零戦から扱いやすさは随分と悪くなりました。私のような熟練者であれば慣らし運転で慣れる範囲ですから目くじらを立てる意味はなく。確かに逆ガル翼に驚きましたが案外グイッと旋回してくれます。敵機と戦闘する際は高速域でも曲がってくれるため有利に立ち回れると」


 史実の彼は基地航空隊の大エースを誇った。硫黄島大空戦では片目しか見えない上に15対1の絶対的不利の状況に陥る。零戦を熟知する彼ならではの横滑りと急旋回でF6Fを翻弄しては高射砲の支援を受けて危機を脱した。この空戦を見物したアメリカ海軍のエースパイロットは「ゼロを理解し尽くしたベテランにしか出来ない芸当だった。その芸術的な飛行にヘルキャット隊は全く追いつけなかった」と言わしめる技量を有する。


 本世では対米決戦が回避されて島嶼部の基地航空隊よりも空母機動部隊に偏った。したがって、坂井三郎は基地航空隊で経験を積んでから空母機動部隊に異動している。既にベテランであることから実戦を経験次第に本土に召喚されて新兵の教導役に抜擢された。ヒヨッコ達を実戦仕込で叩き上げるが直近にアメリカ海軍から無償譲渡されたF4U戦闘機を操るテストパイロットに変わる。


「とにかく頑丈なのでブンブン振り回しても機体が悲鳴をあげません。急旋回しても急上昇しても急降下しても何でもこざれ」


「つまり、戦闘は全く問題ないと」


「はい、こいつならメッサーもフォッケも敵ではありません。ただ、司令が懸念している着艦の難しさです。向こうの技術者が言った通りで幾分かマシになりました。ただ、私みたいな熟練だからかもしれませんので新兵には厳しいです」


「やはり、だめか」


「いえ、これは我々の工夫でどうにかなります。着艦時は母艦を大きく左回りで旋回して自分の目に焼き付けます。そして、着艦に移る時は頭の中で母艦を描き予測すれば難なく着艦できました。今見せたのがそうです」


 流石のベテランと言うべきか前評判で「空母着艦は至難の業」と言われた機体を無駄なく操った。それを見ていた皆が彼であるが故に可能な芸術的な技だと諦めている。もっとも、機体には日米技術者が額を突き合わせて考えた工夫が凝らされ着艦の難易度は下方修正された。機体形状やフラップなど全てに手を入れて「着艦時の速度を下げる」や「下方への視界を少しでも確保する」等々が実現している。そのおかげでベテランは着艦方法に一手間加えることを思い付いた。


「こうして左旋回するとですね。うまいこと母艦が見えるわけです。それを頭の中に叩き込み、いざ滑り込むという時に想像しながら操作すれば良い感じになりました。それでも難しければ何度も旋回を繰り返して記憶させます。仮に突っ込んでもこいつなら助かりますし」


「わかった。とにかく彼らに事細かに報告してほしい。もしかしたら、少尉の案が採用されるかもしれない」


「はっ!」


 小走りで艦内に戻っていく坂井三郎少尉を見送る司令官は甲板上に流れる潮風に身を任せる。本当は極めて危険な場所だがテストパイロットが大ベテランであることや誘導員など自分の部下を信頼して身を置いた。したがって、彼の提唱した着艦方法についても蹴ることは一切ない。むしろ、そっくりそのまま受容して改良のため訪れた技術者達に伝えさせた。


 一連の動きは大正解と言える。というのも、坂井少尉が考案した方法は史実のイギリス海軍が講じた方法なのだ。イギリス海軍もアメリカよりF4U戦闘機の供与を受けると案の定で空母への着艦問題に直面する。アメリカ海軍がF6Fを採用して本機を陸上機に回したのに対して、イギリス海軍は運用方法を工夫することにより依然として難易度は高いが空母運用を可能にした。


「万が一のことがございます。そろそろ艦内に戻られては…」


「うん、戻ろうか」


 肝を冷やした参謀が艦橋に戻ることを促す。本人も頷いて艦橋へ上がるが参謀はひやひやして堪らなかった。確かに部下を全面的に信頼して上層の命が現場と食い違えば一切怯むことなく、左遷どころか自決覚悟で食って掛かる芯の強さは惚れ惚れするがそれとこれは違うだろう。


 そのような肝の据わった御仁は阿部俊雄少将だ。


 元々は水雷戦隊を率いる所謂「水雷屋」である。しかし、四四艦隊の山口多聞と角田覚治から教えを受けて航空屋に転身すると新機動部隊を預けられた。部下を厚く信頼して死ぬることを許さない姿勢から適任と思われる。柔軟な思想の持ち主で頭越しに否定しないため信頼は絶大を極めた。一転して上層には不合理や現場とそぐわない命令を受けた際は烈火の如く怒り認めないことから疎まれる。また、家族には出撃など軍の作戦を一切漏らさず、確認済みの書類も焼却する程の機密保持を貫いた。


 最新の塊である新機動部隊には最高の人材であろうに。


「あ、司令。丁度お伝えしたいことがあります」


「なんだ?」


 戻る際に若い連絡士官から報告を受けた。日本海軍の将来を担う若造に経験から得た教えを惜しまず注ぎ込む。不条理から来る報告・連絡・相談の機能不全を防ぐのだ。


「キンケイド中将が日米太平洋艦隊について草案が纏まったため、是非とも司令と一度お会いしたいそうです。あくまでも自分は仲介役であって米海軍側の司令官はハルゼー提督らしいですが」


「ハルゼー…猛将と聞きかじった覚えがある。とりあえず、キンケイド中将のことは承知した」


 従来日米海軍のつなぎ役はチェスター・ニミッツ提督が務める。現在の彼は大将に昇格してヨーロッパ方面総司令官に着任した。多忙故に連絡も覚束ない恐れがあるため彼の代わりとなる担当者を置いている。


 それこそがアメリカ海軍トーマス・C・キンケイド中将で仲介役を務めた。

 

 彼は長らく外国での陸上勤務を続けて洋上勤務の人間ではない。しかし、様々な立場の人間と付き合ってきた経験より抜群の調整力を得た。彼の調整能力は陸軍でも通じて「キンケイドが言うなら」と言わしめる。陸軍ヨーロッパ方面軍総司令官にして海軍嫌いのダグラス・マッカーサーでさえ無視できなかった。


(やっと日米和睦の道が見えて来た。今度の太平洋艦隊創設に伴いしがらみが消え去る)


「ハルゼー提督どのような方なのか楽しみですな。おそらく日米の中間地点であるハワイで邂逅することになりましょう」


「そうだな。その時まで米海軍をあっと驚かせるよう仕上げなければ」


 辛うじて回避した日米決戦でも国同士の関係は良くないままである。それが、ようやく終わりが見えた前向きな未来志向に変わりつつあった。


 そして、日米太平洋艦隊が創設される。


続く

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