第75話 ヴィシー・フランス和平妥結

 北アフリカ強襲上陸作戦であるトーチ作戦はあっという間に完了した。カサブランカの戦いなど小規模な戦闘は行われたが、ヴィシー政府と連合国軍の間で一時停戦から休戦交渉に移ると無期限休戦することで合意する。


 その報はトブルク要塞から出撃した島田戦車隊にも伝わった。チハ1&2でドイツ機甲師団相手に奮戦した戦車隊は流石にすり減っている。残存車両は要塞に残してアメリカから供与された車両で戦闘を続けた。彼らはエジプト国境線から撤退するロンメル軍団追撃に従事したがヴィシー政府との無期限休戦を知ると一様に安堵する。


(あっさり終わったか。これでフランス軍が一つになる)


 バイクに乗って来た伝令兵より渡された報告書を一瞥した。表情こそ硬いが内心は安堵で満ちている。島田戦車隊はロンメル軍団が通るであろう地点に待ち伏せた都合で歓声は上がらなかった。皆が心の中で安心を受け取って表には出さない。この忍ことの強さが日本軍の精強を生んだ。


(ヴィシー政府が占領していた沿岸部は実質的に連合国軍の手中に落ちた。ロンメル軍団は完全に退路を断たれるが、そう簡単に降伏するとは思えない上に数少ない脱出地点はトリポリか)


 ヴィシー政府との無期限休戦は事実上の講和を意味する。彼らは自由フランスと混じることは拒絶するも連合国軍の動きは黙認した。カサブランカ・アルジェ・チュニスへ大量の兵士や物資が揚陸されても見て見ぬふり。一挙に3つの港湾拠点を入手したことでアメリカ軍は勢いに乗って増援を次々と送り込んだ。エジプト国境線とトブルク要塞から物量の差で押しつぶすだろう。


 しかし、ロンメル将軍も愚かではなかった。彼はヴィシー政府脱落を知るや否や思い切り後退する。エジプト国境線突破とトブルク要塞陥落を諦めてイタリア軍拠点トリポリまで戦力を温存しつつ後退した。陸上戦力は追撃を図るイギリス軍よりも早く後退する。航空戦力は残存部隊が懸命に抵抗した。日英軍は米軍と歩調を合わせる関係で慎重を余儀なくされ、ロンメルの思い切った後退は最小限の損害で成功している。


「参ったな…これは」


「何がです?」


「考えてみて欲しいが、トリポリはイタリアの築いた要塞が存在する。そこにロンメル軍団が押し込まれるんだ」


「堅牢な要塞に機甲師団が集結して難攻不落と。戦力を一点集中したことで防御は極めて硬い」


「そうだ。それにイタリアからも近くマルタ島があっても輸送を強行させられる。島の包囲は解いたが眼前であるから完全に遮断することは叶わない」


「なるほど」


 トリポリで籠城戦に入ることは誰もが予想できた。ここにはイタリア軍が築いた大要塞が存在し難攻不落である。イタリア軍要塞にロンメル軍団が参加する上に本土から近いため輸送のハードルは下がった。中間地点にイギリス軍マルタ島が存在しても無理やり輸送する。


(航空爆撃も要塞相手には威力を減じられる。海上封鎖もイタリア海軍とドイツ海軍が総力を挙げてくるだろうから困難だ。我々の海軍は打撃艦隊に機動部隊を擁するがアメリカ海軍が出しゃばる。一枚岩ではないのが悔やまれるな)


「険しい表情しないでくださいよ。10cm榴弾砲を撃てません」


「そうだな。私が考えても仕方ない」


 島田戦車隊の任務は後続のイギリス軍と協調してトリポリまでジリジリ迫ることも担わされた。ロンメル軍団追撃は敵が想像以上に後退しているため、待ち伏せはスカで終わる可能性は高い。また、彼らとしては機械化砲兵師団の支援なしで攻撃したくなかった。


 なぜなら、ロンメル軍団は新型戦車を得て高い技量と両立させたから。ロンメルの卓抜された戦車戦によりイギリス軍機甲部隊は壊滅した。日本軍戦車隊はノモンハン事件の戦訓より機動戦術を身に染みて理解し、ロンメル軍団の機動戦に対抗し互角の勝負を展開するが削れている。幸い、トブルク要塞に引きこもり機械化砲兵師団の援護を得ることで耐え抜いた。


 最新の『Mk-Ⅳspecial』と呼んで恐れる長砲身型四号戦車が確認される。今までは短砲身75mm砲で対地攻撃に特化した支援戦車だが、主力戦車の三号を追いやると遠距離から日英軍の戦車を一方的に撃破した。新型戦車を損害で知るとパナール装輪装甲車を偵察に派遣して写真を撮らせる。


 その写真からして四号戦車は長砲身75mm砲搭載型に交代した。これは四号戦車F2型及びG型(前期)である。四号戦車の質実剛健にして堅実な設計が発展性を確保した。対戦車戦闘に特化した43口径75mm砲への換装を可能にしている。また、車体装甲に30mmの装甲板を溶接し80mmまで増厚した。攻撃力と防御力を増した新型四号戦車は強力に尽きる。ドイツの優れた冶金技術が生み出す高威力・高精度75mm砲は1000mのアウトレンジで日英戦車を撃破した。


「そうです、そうです。こいつの10cmタ弾が撃てなくちゃ困ります。あの四号スペシャルも戦い方次第で十分に勝てるでしょうよ。今考えたってどうにもなりません」


「わかった、わかった。チハからM4に乗り換えたが意外と乗り心地は悪くない。アメリカらしく広々とした車内は戦い易い」


「足も遅くなりましたが、装甲は厚くて頼りになります」


 島田戦車隊はアメリカより供与されたM4A2型戦車である。アメリカ工業力の権化たる中戦車として北アフリカに送られた。A2型は自由フランス・イギリス・日本向けに生産される。A1型と違う点のエンジンは主要のガソリンではなくトラック用ディーゼル2基だ。ディーゼルエンジンのため燃費に優れる。そして、2基のため片方が故障しても生きているもう片方で行動できた。トラック用のため故障は皆無に等しい上に修理は容易く兵士からの評判は高い。


「確か…傾斜装甲と言ったな」


「チハは薄かったですからねぇ。回避が大変でしたよ」


 M4の車体装甲は丸みを帯びた傾斜装甲になった。傾斜装甲はT-34-76の実績通りで数値以上の防御力を発揮する。従来のチハは垂直面が多い50mmのため75mm対戦車砲の直撃に耐え切れなかった。ただし、キビキビ動ける機動力を活かして敵弾回避に努める。次期主力のチトも同様の思想から機動戦術を重視して傾斜装甲を蹴った。やはり車内容積減少による居住性悪化は無視できない。もっとも、M4は大柄なアメリカ兵向けのため日本兵には大きくて余裕があった。


 M4はアメリカらしい頑丈な戦車だが日本軍は一点だけ指摘する。それは主砲の75mmM3戦車砲の貫徹力不足だ。75mm砲は威力だけ見れば十分にあり榴弾は88mm高射砲を徹底的に破壊する。この点はイギリス軍を喜ばせたが日本軍は機械化砲兵師団の存在で気に留めなかった。しかし、炸薬入り徹甲弾は貫徹力が足りないのである。


 そこで、日本軍は最新の対戦車砲弾の使用を前提に10cm榴弾砲へ換装した。元々M4が105mm榴弾砲への換装を想定した都合で換装自体は簡単に完了する。10cm榴弾砲にはタ弾という対戦車榴弾・HEATを装填させた。モンロー・ノイマン効果のおかげで全ての距離で100mm装甲板を食い破る。榴弾砲のため山なり弾道で低弾速の使い辛さを差し引いても絶大な貫徹力を発揮した。


 かくして、島田戦車隊は和製10cm榴弾砲搭載型M4でロンメル軍団と対峙する。


「目指せトリポリだな」


続く


~後書き~

〇M4中戦車A2型(日本軍仕様)

素のM4の主砲M3が使う炸薬入り徹甲弾は貫徹力不足と指摘され、対戦車榴弾であるタ弾の使用を前提に10cm榴弾砲に換装した。射撃速度の低下や低弾速で使い辛いなどあるが絶大な威力を誇る。


主砲  :10cm榴弾砲

機銃  :12.7mm機銃×1

     7.7mm機銃×2

装甲  :砲塔正面75mm

     車体正面51mm(丸みを帯びた傾斜)

エンジン:GM 6046 2ストローク直列12気筒液冷ディーゼル

最高速度:48km/h

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