第74話 トブルク要塞の道を切り開け!空の神兵!

11月


 ついに日米英仏軍による北アフリカ大反攻作戦が開始された。敵地へ強襲上陸作戦であり主にアメリカ・イギリス・日本の三カ国軍がカサブランカ、オラン、アルジェに上陸する。現地はドイツ傀儡政権ヴィシー・フランス領のため当然ながら衝突が予想された。よって、それぞれの海軍が支援部隊を投入して戦艦らは艦砲射撃を行い、空母機動部隊は搭載する戦闘機で制空権を奪い爆撃機で敵の防御を破壊する。


 そうしてドイツ・イタリア軍の注意が海岸線に寄っている間に別のアプローチが加えられた。言わずもがな、エジプト国境線まで後退していたイギリス・オーストラリア軍である。新しくモンゴメリー将軍を迎えたエジプト方面軍は国境線まで組織的に後退して防御を固めた。トブルク要塞から転進したロンメル軍団を迎えて機甲師団を通さない。アメリカから供与される装備を充実させたが機が熟すのを待ち続けて強襲上陸作戦の開始と同時に反攻作戦に転じた。トブルク要塞からも出撃するためロンメル軍団は正面と背後を気にしなければならない。


 更に日本軍は独自に奇襲攻撃を行ってハルファヤ峠上空を数多もの輸送機が埋め尽くした。


「強襲輸送機より異常無しの信号あり!」


「よし、直ちに降下開始!」


 砂漠塗装に日の丸を掲げた日本陸海軍の輸送機から続々と兵士が落下傘降下する。いわゆる空挺降下作戦が始動した。空挺降下は枢軸国軍の降下猟兵が有名だが日本軍も精強で知られ、各地へ潜入部隊を浸透させると情報戦に多大な貢献をした。もっとも、今回のような大規模な空挺降下作戦は初めてで慎重に進められる。


 まず、降下が予定されるポイントに強襲輸送機が予め着陸して先遣隊を吐き出し安全を確認した。事前の航空偵察でドイツ・イタリア軍は撤退したことは把握している。しかし、思わぬ伏兵が潜んでいる可能性は否定し切れなかった。


「お世話になりました!」


「ありがとうございました!」


「いってきます!」


「無事に帰ってこい!」


 輸送機から降りる際は必ずパイロットらに感謝の言葉を伝える。危険な空まで輸送機を飛ばしてくれた彼らには感謝してもし切れなかった。しかし、パイロットらは軽装備にならざるを得ない空挺兵の無事を祈る。技術の進化で重装化が進んでも限界が存在した。最後の兵士を降ろした輸送機は一定距離を飛行してから反転する。次は武器弾薬・食糧・医薬品を満載した木箱を投下する予定が組まれた。上手く作戦が進めば空挺部隊は中間地点で待機して補給を待つが、彼らは敵地ど真ん中では落下傘投下の補給に頼るしかない。


 猛訓練の賜物か事故なく空挺部隊300名は無事に着地に成功した。先遣隊とも合流して武器を受け取り次第に強襲輸送機は離陸する。もし、損傷などして離陸不可能な場合は爆破処理するが独創的な機体設計のおかげで五体満足だ。彼らは強襲輸送機を見送る間もなく次に移る。


「集合」


 空挺兵の目的を聞く前に強襲輸送機とは何だ。単なる輸送機ならともかく強襲の文字が付くのは全く分からない。そう、これもまた日本軍が大事にする独創性の塊だった。


 強襲輸送機は様々な土地へ強行着陸する輸送機となる。それは整えられた航空基地に限らず前線飛行場になることは十分にあり得た。最悪はガタガタの大地に突っ込むだろう。つまり、固められていない不整地でも余裕で離着陸できる性能が求められ、且つ短距離で離陸可能なSTOL性能も同時に要求された。要求時点で過酷さが理解でる。


 無理難題と言うべき開発要求に対してリヒャルト・フォークト博士の伝手を活用した。博士の伝手によりドイツから技術者を複数名亡命させており、元アラド社技術者があっと驚く輸送機の設計を考案している。それは極めて合理的であり後に世界標準にまでなった。


(二式強襲輸送機…人呼んでムカデ輸送機か。気味悪い見た目だが見事に仕事を果たしたことは賛辞の言葉を贈りたい)


 空挺部隊の長も思わずギョッとする機体は二式強襲輸送機と呼ばれる。


 本機は四発機で主翼を高翼配置にすることで貨物室を拡張した。既に重爆撃機が高翼配置を採用し爆弾積載量を増加させている。その貨物室は機体後部に油圧式ハッチが設けられた。ここから荷物の積み下ろしが行えて作業効率が向上している。後の輸送機が全て後部にハッチを設けたことより先見の明があった。エンジンは二式大艇で実績のある空冷複列14気筒1800馬力の三菱社『火星』を採用し貨物積載量2500kgを確保している。しかし、独自のフラップにより最大重量でも離陸距離は200mと高いSTOL性能を発揮した。


 本機最大の特徴は機体下部に設けられた大量の補助用小型車輪である。これらは縮んだ状態に固定されて半分剥き出しだった。1列あたり13個を2列26個装備することで衝撃を和らげられ、前線飛行場どころか何もないガタガタ大地でも着陸してしまう。多少の突起物や溝などの障害物を乗り越えられるため文字通りの強行着陸なのだ。抜群の着陸性能から敵地強襲着陸を行い貨物室から迅速に兵士を降ろす。先遣隊以外にも携行が難しいやや重い装備も予め搬出した。


「装備を確認。漏れはないか」


「ありません」


「擲弾筒も榴弾、手榴弾脱落は無いか」


「一切ございません」


「よろしい。本日中に峠に突入してトブルク要塞までの道を確保する。峠はドイツ軍が撤退して放棄したと聞いているが、あのロンメルのことだから少数でも守備兵を置いているかもしれない」


 ハルファヤ峠は嘗てイギリス軍機甲部隊が突破を試みる。しかし、バッハ大尉率いる守備隊の88mm高射砲により一方的に撃破された。間一髪のところで潜伏から抜け出た自走式臼砲が間に合ってくれ大口径榴弾の雨で撃破する。そのまま占領したくてもボロボロの機甲部隊及び自走式臼砲では無茶だ。暫くの間はトブルク要塞包囲を解くために機能するもロンメル軍団のエジプト攻勢により奪取される。再びドイツ軍の手に落ちたが制空権に物を言わせた猛烈な空爆を与えて撤退に追いやった。


 この峠はトブルク要塞までの道を確保するため必須である。そして、エジプトから進撃するモンゴメリー軍の安全を保障した。敵が撤退したと雖もブラフで入念な偽装を施した伏兵がいる危険性は十分に高い。空挺部隊の装備は軽装とならざるを得ないため奇襲攻撃で補った。おそらく、敵はヴィシー政府管理の後方拠点が強襲上陸を受けたことを知って多少は慌てている。


(地雷に注意し突破する)


(了解)


 奇襲効果を高めるため意思疎通はハンドサインを含めた身振り手振りで行われた。兵士の殆どは日本人だが中には各地から終結した志願兵も混じる。下手に言語を交わすよりもボディランゲージを用いた方が伝わり易かった。猛訓練の甲斐あり迅速に伝わり地雷に最大限注意を払いながら進む。


 すると、最先鋒を務めて隠密行動を得意とする兵が手で停止信号を発した。


(どうした?)


(やはり待ち伏せがいました。ただ、重砲や例のアハトアハトはありません。航空偵察を警戒して重装備はおいていません。おそらくですが時間稼ぎ程度の捨て駒と)


(識別できるか?)


(あの様子からして…イタリア軍です)


(ロンメル軍団も駒が尽き始めたようだな。よし、擲弾筒と歩兵砲で混乱を招き一気に突撃する)


 抜け目ないと言うべきか伏兵が潜んでいる。ただし、機動力が著しく低下する大砲は諦めた捨て駒と見えた。それもドイツ軍ではなくイタリア軍と言うこともポイントである。無論だがイタリア軍も精強で知られてロンメル将軍の下でイギリス軍を撃破した。それも現在は消耗に消耗を重ねてすり減っている。また、ドイツ軍はイタリア軍を軽視して捨て駒に置いた。日英仏蘭同盟と違って独伊同盟はポロポロ崩れかねない。


 イタリア守備兵は良くて機関銃がある程度の装備に過ぎなかった。どっこいどっこいかと思われたかもしれない。いや、実は日本軍は歩兵1名で運用できる広義の迫撃砲を装備した。他にも少数だが空挺用37mm歩兵砲もあり榴弾の発射で機関銃陣地を破壊する。


(擲弾筒準備、歩兵砲は一瞬待て)


 擲弾筒は最小限では1名だが基本的に3名で運用した。その間に守備隊へ突撃する突撃隊と軽機関銃で制圧する支援隊が容易を整える。突撃隊は機関短銃に着剣して肉迫戦に備え、支援隊も軽機関銃に着剣するが反動軽減目的だ。それからしばらく、歩兵砲も配置につき隊長の鶴の一声で擲弾筒隊は榴弾を発射する。


 迫撃砲の性質を帯びて曲射となり着弾まで時間を要した。着弾時の爆発と音は馬鹿にならない。擲弾筒専用の40mm榴弾は迫撃砲並みの威力を有して制圧力は見た目の割に高かった。空挺兵が携行できるだけ軽量で取り回しに優れる割に大威力は後に日本軍の傑作兵器に数えられる。


「突撃ぃ!」


「大亜細亜バンザーイ!」


 突撃隊は飛び立つ鳥の如き勢いで突っ込んだ。支援隊の軽機関銃は誤射に注意して7.7mm弾を撃ち込んでいる。イタリア兵は慌てて機関銃にとりつこうとするが機関短銃の斉射で薙ぎ払われた。突撃隊の機関短銃は百式であり9mm口径のパラベラム弾を吐き出す。従来の8mm南部弾に比べ反動が強くなり制御が難しい代わりに威力と貫徹力に優れた。反動問題は短機関銃自体が近距離で制圧する目的より気にしない。ドイツ軍も9mmを使用するため現地調達も可能で色々と好ましく、イギリス軍もステン短機関銃に9mmパラベラム弾を採用した。


 機関銃へは歩兵砲の榴弾も撃ち込まれて突撃を食い止めることは叶わない。侵入する日本兵に仰天して小銃を撃とうにも近すぎた。やはり近距離戦闘では短機関銃に分がある。猛訓練を重ねて肉弾戦に勝り士気も高ければ勝ち目はなかった。銃剣に貫かれる者が続出する。


 余談だが、銃剣を用いた突撃は愚策と巷では聞かれた。確かにそう思われても仕方ないが案外そうでもなかったりする。主観的に銃剣を構えて突撃して来る敵兵は恐怖以外の何物でもなかった。機関銃があれば阻止できるが無かったり封じられたりすると恐怖に包まれる。そして、至近距離の肉弾戦では銃撃よりも格闘が有効だ。


「一兵たりとも逃すな!」


「うぉぉりゃぁぁ!」


 どこもかしこも肉弾戦が繰り広げられ形容しがたい光景が広がる。ただ、言えることは守備兵は壊滅状態に陥った。捨て駒にされた部隊が高練度空挺部隊の突撃を許した時点で勝敗は決まる。小一時間あまりの戦闘でハルファヤ峠は今度こそ完全に日本軍に手中に落ちた。空挺部隊はそのまま守備陣地を占拠して我が物とし後続のモンゴメリー機甲部隊を待つ。


「隊長、履帯の音が聞こえてきます」


「念のためだ。監視の兵だけを出し他は息を潜めろ」


 万が一に備えて監視だけ残して他は隠れた。航空偵察を欺いた偽装を頂戴して自分達も隠れる。幸い、やって来たのはイギリス軍のM3スチュワート軽戦車だった。アメリカより供与された盤石な軽戦車であり、偵察や連絡など地味ながら重要な務めを果たしている。すぐに日本軍の旗を掲げて友軍であることを示すと停車して車長が降りた。


 空挺部隊も隊長が姿を見せてガッチリと握手を交わす。


「ご覧の通りです。ハルファヤ峠はなんとか確保しましたが、ここから先は分かりませんので機甲部隊にお任せします」


「貴隊の奮闘に感謝します。直ちにモンゴメリー機甲師団を投入し、一気にトブルク要塞解放に向かいましょう」


「よろしくお願いします。あそこは絶対不落ですが一秒でも早く助けたい」


 激闘を予感させる会話だが実はあっさりと終わった。


続く

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