第72話 強襲上陸の切り札【後】

 シンガポールから上陸船団が出撃した。シンガポールは嘗てイギリスの植民地として海軍基地が設置されたが、現在はチャーチル首相の英断から日本へ委任統治領として譲渡されている。基地はそっくりそのまま日本海軍にスライドしたが日英仏蘭四カ国同盟は自由に使えることが約束された。したがって、大海軍擁するイギリス海軍と日本海軍の艦艇がひっきりなしに出入りする。今回の上陸船団も両国海軍が合同で地中海に派遣した。


 日本海軍が船団を構成しイギリス海軍は護衛艦隊を担当する。護衛艦隊の旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』のトーマス・フィリップ大将は奇妙な船団に眉をひそめた。親指トムと呼ばれて誰からも親しまれる大将はアメリカ海軍ニミッツ大将同様に感嘆の声を漏らす。


「あれが強襲上陸艦…単なる軽空母にしか見えないが恐るべきである。君たちは具体的な戦力を知っているか?」


「いえ、出撃直前まで知らされておりません。徹底的な機密保持と聞き深掘りも慎んでいます」


「私もです」


 トム大将は参謀達に確認を求めたが誰も詳細を知らないようだ。別に叱責することではなく逆に褒め称える。日本海軍の強襲上陸部隊は徹底的に機密が張られており簡単に暴けなかった。ドイツ・イタリア軍は北アフリカに上陸して来ることは容易に読んでいる。しかし、どのようにして攻めてくるかまでは分からず情報収集に奔走した。いくら信頼のおける参謀達でも情報が伝わって漏れては冗談で済まされない。トム大将はギリギリまで長引かせようやく明かすことに決めた。流石に知らせないと不都合が噴出する。


「空母機能では艦上戦闘機15に軽襲撃機10の25機を搭載した。前者は我々の防空任務を後者は友軍が制空権を確保した上で敵地へ襲撃する。ここら辺はわかるね」


 参謀達は一様に頷いて返した。


「上陸兵力は一隻あたり15両の突撃戦車及び随伴歩兵300名となる。2隻いることから30両に600名だな。彼らが橋頭堡を確保する強襲上陸隊であるから後続の上陸船団を含めればあっという間に膨れ上がるぞ」


「なんと戦車15両を積載でき随伴歩兵も300名とは。あの軽空母の運搬能力には目を見張るものがあります。しかし、どうやって上陸させるのでしょうか。大発という舟艇を見たことがありますが、その中戦車ぐらいの突撃戦車を搭載する余裕はないと思いました」


「既存を拡大させた超大発という舟艇を15隻抱えているらしい。それは30t級中戦車であれば2両及び随伴歩兵を20名まで運搬した。戦車を降ろして歩兵に限れば約100名の武装歩兵を上陸させられる。あの2万トン級強襲上陸艦であるが故に可能な荒業だ」


 強襲上陸部隊は30両の突撃戦車と随伴歩兵600名から構成される。小さな島を占領するような戦力が強襲上陸するとは考えたくなかった。そんな部隊を運搬するは日本海軍の2万トン級強襲上陸艦こと『福山丸』『羽州丸』と呼ばれる。空母の機能を持てど特殊な強襲上陸艦のため「丸」が付けられた。


 強襲上陸艦は陸軍の特殊船の発展形であり海軍の全面協力によって誕生した。今までは1万トンが精々の艦であるが大型化が進められる。もちろん、単に大型化して排水量を増やせば良いという話ではなく、海軍は陸軍と幾度となく協議した上で軽空母を基に特設船の要素を加えることで合意した。軽空母は戦時量産型が存在して陸軍も特TL船として採用している。簡素化が突き詰められて費用圧縮・建造期間短縮の代わりに性能は抑えられた。主に各地への航空機輸送と輸送船団護衛に従事する。


 そんな空母を基にすることで多少遅れたが何とか間に合わせた。軽空母よりも大柄な図体だが空母機能を一部オミットし搭載機数は少ない。確保した余裕に強襲上陸機能を加えて戦車揚陸用の超大発を15隻積載できた。超大発は次期主力の30トン級中戦車の運搬を想定して随伴歩兵も同乗できる。とても素晴らしい性能を誇った。具体的には1隻あたり戦車2両と随伴歩兵20名を運搬できる。


「突撃戦車は砲戦車というが重装甲に大火力榴弾砲を有する。後続の上陸部隊も戦車に守って貰えると聞けば安心できた。戦車の存在は敵を威圧し味方を鼓舞することにあるだろう」


「我々もアメリカ軍と合わせて百数両のM4戦車がおります。この前にドイツ・イタリア軍は潰走間違いありませんな」


「航空隊も装備していると言いますから、強襲上陸艦とは恐れるべき新鋭…」


「その兵士を守るため本艦隊は徹底的に敵軍を叩くぞ。プリンス・オブ・ウェールズ、レパルスの火力に頼らず巡洋艦と駆逐艦も精密射撃を行え。とにかく、敵を破壊するのだ」


 強襲上陸部隊は砲戦車と武装歩兵からなった。砲戦車は陸軍から供与された車両に追加装甲や耐水など細々とした改良を加える特製である。主砲は25ポンド(84mm)榴弾砲を持ち榴弾又は榴散弾で砲撃した。自慢の装甲は素の50mmに30mm装甲をリベット打ちして80mmに増厚している。これで75mm対戦車砲の直撃に耐える硬さを得た。代償に機動力が減じられたが歩兵と協同して動く以上は特に気にならない。


 随伴歩兵は九九式短小銃又は九九式軽機関銃を携行した。どちらも同じ弾薬を使用するため融通が利いてくれる。前者は文字通りで切り詰められた小銃であり三八式に比べ反動が強く精度が悪いが気にするだけ無駄だ。その代わりに向上した火力のおかげで撃ち負けない。軽機関銃は安価で質の悪いスチールでプレス加工で大量生産された。しかし、諸外国から得て昇華することで培った技術より頑丈で故障が少ない。ベルト給弾式のブローニングよりも軽量で強襲上陸隊に丁度良かった。イギリス軍も弾が7.7mmで同じことからブレン機関銃と併行して使用する。


「それでは、あの高速輸送船は強襲上陸隊が橋頭堡を確保次第に上陸すると」


「説明が難しいんだが、強襲上陸隊と本命の我々の間を繋ぐ増援らしい。その性質より強襲上陸隊は大兵力を展開できず長時間は持たなかった。故に中継ぎの増援を送らざるを得ない」


 上陸船団と言ったが強襲上陸艦2隻とは釣り合わないため高速輸送船4隻が参加した。特徴的な三本煙突からして旧式軽巡洋艦が基である。そう、4隻は球磨型軽巡洋艦『球磨』『多摩』『北上』『大井』が高速輸送船に生まれ変わった。旧式の軽巡は改装を受け海上護衛総隊に回される。ただし、戦時量産型軽空母が揃い始めたことで余裕が生まれると輸送船に転用された。現在の日本海軍の軽巡は阿賀野型に改阿賀野型の合計8隻が加わっている。更に大型駆逐艦の性質を纏う防空軽巡が大量建造され数え切れなかった。ドイツ空軍やUボートの猛攻を受け数をすり減らしているため充填は喫緊の課題である。


 4隻は水陸両用輸送車を積載した。そのまま上陸できる水陸両用輸送車は魅力的だが防御力は皆無に等しい。最先鋒に送り込んでは砲撃や機関銃の餌食となることが考えられた。したがって、強襲上陸隊が安全な上陸地点を確保したことを確認してから上陸する。


「彼らの面白い点はロケット砲を装備していることだ。アハトアハトを破壊した33cm臼砲は知っているだろう。それを使い易く小型化した20cm臼砲が登場する」


「はぁ、不格好な臼砲なら知っていますが」


「おいおい、不格好とは友に失礼だろう。あれは馬鹿に出来ない破壊力に機動力を兼ね備えた史上最強の迫撃砲なんだ」


 これにはトム大将は苦笑いを禁じ得なかった。艦長が釘を刺した通りで日本軍のロケット砲(臼砲)は洒落にならない。彼らは北アフリカ戦線で猛威を振るった33cm臼砲に味をしめた。そして、上陸部隊が使い易いように小型化・軽量化した20cm砲を開発する。20cmであれば重巡洋艦の艦砲弾を流用できて低コスト化が見込めた。大量生産も容易く総じて祖国のお財布に優しい兵器である。


 何かと制約が多い上陸部隊でもロケット砲であれば満足に使えた。その大威力をポンポン放り投げて敵軍を叩きのめす。射程距離を犠牲に確保した機動力の高さは恐れるべきだ。試射を見学した英米軍は歩兵が使える実質的な重砲の威力に度肝を抜かれて笑うことしかできない。


「この上陸作戦は絶対に成功させる。そのためには本艦が沈んでも輸送船団だけは守り抜く。イギリス海軍の栄光ではない。親友のため最期まで戦うのだ」


「はっ!」


 シンガポールより発した強襲上陸隊は一路北アフリカを目指した。


続く

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