第71話 強襲上陸の切り札【前】

 決まっていたことでも晴れて大将に昇進したニミッツ提督はアメリカ海軍ヨーロッパ方面軍司令官に就任する。アメリカ海軍はイギリス海軍及び日本海軍と協力して北アフリカ戦線に楔を打ち、ゆくゆくはフランスを解放してドイツ本土を踏みしめる大反撃の準備を進めた。現段階で東部戦線でソ連が踏ん張っている間に北アフリカ戦線の大反攻を開始するがこれはソ連から要請されて応えたのである。


 しかし、北アフリカ戦線の要衝はドイツ・イタリア軍が掌握した。トブルク要塞は健在でもそれ以外は握られている。敵地目前に上陸することは生半可なことではなく入念な準備が求められた。したがって、アメリカ海軍は新鋭戦艦サウスダコタ級を用意して巡洋艦と駆逐艦も揃えて艦砲射撃を行うこととする。制空と空襲については日英海軍に任せた。


 もっとも、単純な火力で押し通せば成功するというわけでもないだろう。上陸する兵士たちは丸腰ではなくとも猛烈な銃砲撃を受けるのが常時だった。艦砲射撃や空爆が全てを破壊するという保証は何処にもない。砂浜に降り立つ歩兵が安全に且つ円滑に上陸できる装備が欲せられると、アメリカは自慢の工業力を発揮して大量の上陸用舟艇を用意してみせた。


 ただ、ニミッツ提督はそれでも足りないと日本海軍より突きつけられる。


「君はどう思う?」


「敵地への強襲上陸作戦を幾度となく経験してきた日本軍の結晶です。はっきり言って、我が軍にこのような装備は無いため一刻も早くそろえなければなりません。水陸両用戦闘輸送車だけでなく、上陸作戦に特化した専用艦までもとは予想だにしていません」


「簡潔に言うと?」


「日本に出し抜かれました」


 ニミッツは気心の知れた参謀と共に眺めるのは日本海軍から寄せられた資料だった。そこには強襲上陸作戦に用いられる艦艇が綴られている。日米海軍が共同してドイツ・イタリア軍の陣地へ殴り込む以上はすり合わせは必須だった。具体的に見ると日本海軍は高速打撃艦隊と精鋭水雷戦隊が支援部隊を構成する。上陸部隊は陸軍と合同で創設された強襲上陸を専門とする精鋭軍団を投入することを明らかにした。


 前者については例の日仏艦隊のため省略させていただきたい。そして、後者は強襲上陸を専門とする精鋭部隊だが世にも珍しい陸海軍が協調して創設した。日本海軍にはアメリカ海軍の海兵隊を倣った陸戦隊が存在する。陸戦隊は陸軍より様々な作戦の指導を受けることで練度を増し、それから完成した最新鋭の艦を得て正真正銘の強襲上陸作戦のプロフェッショナルとなった。


「強襲上陸艦とは…日本の恐れるべきは我々には無い独自性ということだったか。やはり敵に回さずして良かったと」


「はい、長官のおっしゃる通りです」


「この艦だが、研究は進んでいるようだな」


「もちろんです。日本海軍と交渉して技術を得ることに成功しました。ただし、バーターとしてハワイ基地の無制限補給、艦載機を主とした航空機の無償譲渡などを約束しています。穏便に契約を締結しておりますので建造自体は直ぐにでも始められますが、上陸用の装備については日本から購入するかもしれません」


「時間がない以上はやむを得ない。上陸用舟艇とLVTを開発したが日本製には劣った」


 日本海軍は陸軍と協力して強襲上陸艦を建造している。強襲上陸艦は前身の『神州丸』という試作品が存在した。実戦の機会こそ無かったが高い輸送能力と揚陸能力が素晴らしい。この後継にして本命の原型となった『あきつ丸』で標準を整えた。本艦は空母として航空機を運用できる上に艦尾から上陸用舟艇を放出できる。味方艦の支援と護衛が必須であるが輸送船から乗り換える手間を省けることは魅力的にして強力だ。


 そして、起動艇と大発動艇の2種を上陸作戦に用いる。前者は舟艇の中でも大型の部類で主に中戦車・砲戦車の揚陸を想定した。ピーチング方式を採用して海岸に直接乗り上げて渡し板を降ろすことで戦車が直接上陸する。後者は数種類存在するが歩兵と軽戦車の揚陸を目的とし共通した。艦首が二段階で倒れるように板が渡されることで効率的な揚陸を可能とし、これは極めて画期的な工夫だと驚かれて後に世界標準となる。


 もちろん、アメリカ軍も上陸作戦用の舟艇を開発していた。起動艇は戦車揚陸艇(LST)となり大発動艇はヒギンズ・ボート(LCVP)となる。これらは大量生産されて各地への輸送任務で活躍した。これからは強襲上陸作戦で大々的に投入されることが決まる。


 更に両国は水陸両用輸送(戦闘)車を生み出した。車両内部に兵士や武器弾薬を収納し水上航行機能を有することで敢えて舟艇に乗る必要がない。直接砂浜に乗り上げると履帯の走行に切り替えて移動した。余裕があれば内部の兵士を降ろして戦闘に向かわせたり、戦闘中の兵士たちに武器弾薬を提供したりと痒い所に手が届く。


「カタパルトまで装備しているのか。どうりで戦闘機と爆撃機が併用できるわけだ。確かこれは…」


「イギリス海軍の油圧式カタパルトです。空母機動部隊で圧倒する日本海軍を頼り改良を続けて辛うじて使える物を作ったと聞いています。本当は蒸気式が好ましいのですが要求量が多く、母艦を動かす動力が枯渇するため難しいと判断されました」


「まったくもって、海軍は日本に任せるべしというのが私の持論である。コルセアの改良も彼らに依頼したことは正解だった。無論だが我が軍も新鋭戦艦に新鋭空母を多数建造させている。それでも質の高さ、練度の高さ、優れた独創性は簡単に勝てる相手ではなかった」


「先ほど申されましたが、敵でなくてよかったと思います」


 強襲上陸艦は軽空母程度の飛行甲板にカタパルトを装備した。カタパルトと聞けば水上機を射出する火薬式が有名どころである。しかし、火薬式は機体に多大な負荷をかけて空母艦載機に適さなかった。続いては油圧式となり負荷は弱い代わりに出力が低い。連続して射出することも難しい欠点を抱えて使い辛さが否めなかった。最後は蒸気式でそこそこの負担がかかっても出力は強くて連続射出も可能である。ただ、決定的な弱点が蒸気を使う都合で母艦の動力を食らいつくすことだ。蒸気で動く母艦の動力が無くなれば単なる鉄の塊と化してしまう。これはいただけなかった。


 そこでカタパルト開発を先進したイギリス海軍は中継ぎ投手で油圧式を選択する。実戦の場で満足に使えるまで改良するため日本を頼り共同開発した。そして、制約は残れど辛うじて使える改良型油圧式カタパルトを作りだす。空母建造に余裕がある日本は新鋭空母に全面採用しつつ強襲上陸艦にも与えた。


 この改良型油圧式カタパルトのおかげで軽空母程度の強襲上陸艦でも戦闘機と爆撃機の運用ができる。具体的な数値は1隻あたり艦戦15と襲撃機10の25機を想定した。あくまでも上陸作戦専門のため数は少なく母艦自衛と敵地襲撃に収まる。機数の少なさは強襲上陸艦が複数で行動すれば補えた。


「そう言えばですが、有馬提督より教えていただいたことが」


「なんだ?深刻ではなさそうか」


「はい。不明瞭な点があり信憑性に欠けてますので、お伝えしようか悩みました」


「申せ。口外しない」


 まさにそう言えばと気心の知れた参謀が思い出す。彼らは有馬正文中将と私的なパイプを繋いだ。日米海軍の連携を強化することに一役買っており様々な情報を水面下の動きで得ている。


「日本海軍は新鋭空母に装甲空母を建造していること。これはご存知だと思います」


「知っている。排水量3万トンの空母だと聞いて日米太平洋艦隊に参加するが」


「それは本当です。しかし、問題は彼らが当初ブラフで用いた超々弩級戦艦が再開したと教えられ」


「なんだと…戦艦を切り捨てた日本海軍がわざわざ戦艦を始動させた?」


「これもブラフだと思いましたが、あの有馬提督よりもたらされた情報なので…なんとも」


「そうだな…」


 いったい、何が起こっていると言うのだ。


続く

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