第70話 中戦闘機『飛燕』

 北アフリカ戦線の大反攻作戦発動前の総仕上げは制空権の絶対的な確保である。アメリカ本格参戦に伴い米陸軍が加わると、彼らの大量生産・大量消費の真髄を目の当たりにして日英軍は舌を巻いた。しかし、負けじと航空隊を連日のように出撃させている。そんな航空戦では海軍航空隊の零戦が新型メッサーに苦戦しているのに対し、あろうことか圧倒しているのが陸軍航空隊の新型戦闘機『飛燕』と見えた。


 日本陸軍は液冷エンジンを搭載した一撃離脱戦法重視の高速機志向が強い。イギリスのロールスロイス社から技術者を招致し、じっくりと時間をかけて国産へ移行したことで41年時点で純国産の大馬力液冷エンジンを確立させた。同時期には世界の傑作たる同社のマーリンエンジンが存在する。日本の愛知航空社は同じ流れを汲む和製マーリンとも言うべき1500馬力エンジンの開発に成功した。


 そうして心臓を鍛え上げた陸軍は外側も磨き上げて緒戦の零戦に代わってメッサーを叩きのめす飛燕を投入する。本日は敵飛行場襲撃任務のため30機少々の飛燕隊が出撃すると敵地上空の高度的有利を確保した。そして、迎撃に出たメッサーことドイツ空軍Bf-109F型戦闘機は鋭い機首を持った飛燕に驚いても仕方ない。なぜなら、飛燕隊は3機単位小隊ではなく2×2の4機単位小隊で迫ったからだ。


(なるほど、これなら後顧の憂いを断ち存分に仕掛けられる。いかにも良い戦術で、とてもありがたい)


「後ろは見張っている。行ってくれ」


「助かる!」


 飛燕隊は2×2の4機一単位で空戦を行う。海軍航空隊が3機一単位を固持するのに対して陸軍は柔軟に戦術を変えた。敵機と戦う最小単位は2機であり1機が戦闘を担ってもう1機は後方警戒に従事する。これによって、戦闘役は正面の敵機だけに意識を向ければよく戦いやかった。仮に後方から迫っても僚機が牽制して横槍を許さない。ただ、これだけでは不足が否めないためもう2機を追加した4機単位で行動した。


(このブローニングってのは当てやすくて気に入る)


 後方を相棒に任せて下手に上昇した敵機へ12.7mm弾を撃ち込む。メッサーの弱点はエンジンで優先的に狙った。そして、撃墜か撃破かを確認することなく加速して離脱する。表向きは中戦闘機のため決して機動性は悪くないが速度性能を活かした離脱に徹するのが吉だった。気持ちの良い速度に思わず軽い笑みがこぼれる。大馬力エンジンと洗練された本体設計が生み出す高速は病み付きになった。中には機動性を重視した格闘戦志向もおり零戦を欲しがる声は少なくない。それでも、例外として飛燕で高速機動戦を演じる猛者もいるため贅沢なことだ。


(頑丈な機体ってのも悪くない)


「上昇しても大丈夫か?」


「大丈夫そうだ。飯田小隊が引っ掻きまわしている」


「よし、上がるぞ」


 飛燕は中戦闘機という新しい区分に置かれている。軽戦闘機と重戦闘機の間に立つ中戦闘機は文字通りの意味だ。軽戦闘機の軽快な機動性と重戦闘機の高速を良いとこ取りしている。もっとも、これでは中途半端になる危険性を孕み開発は相応に注意が払われた。イギリス空軍のスピットファイアやアメリカ陸軍のP-39を参考にして慎重に進められる。結果的には高速・重武装・頑丈の三拍子揃った重戦闘機よりの機体となった。


 肝心のエンジンは愛知航空社のV型12気筒だが一段二速過給機で1600馬力を発揮する。馬力単体だけで見れば1800馬力の火星や2000馬力の中島・川西社新型に負けた。しかし、液冷のため機首を絞り込んで空気抵抗を大きく減じることが可能である。いいや、冷却のため結局は大きなラジエーターが必要となり機体本体の設計に影響を及ぼした。こちらは後に奇抜な設計で解決が図られ空気抵抗は多く減っている。過給機が一段二速であるのは低高度から中高度での戦闘を想定したからだ。高高度戦闘は別の局地戦闘機に任せる分業を敷いて飛燕には超万能は求めない。


 本体はエンジンを活かすべく絞り込まれた機首から風防も流線形を意識した形状だ。視界が限定される弱点を抱えたが高速性を得るためにはやむを得ない。胴体部は部品点数から接合を減らして生産性に配慮した設計がなされて強度が確保された。更に主翼も左右一体を採用することで極めて頑丈に作られる。胴体と主翼が組み合わせることで総じて頑丈を極めた。したがって、厳しい急降下を行っても機体はビクともせず空中分解の事故は一度も発生していない。


 さて、問題はラジエーターなのだ。液冷エンジンは冷却水を冷やす目的でラジエーターを装備する。このラジエーターは可能な限り小型化されるが外に出っ張った。何をどうしても大きな空気抵抗を生んで技術者は苦しまされる。後にアメリカの誇るP-51は機体後部に設置して構造も工夫することで大幅に減少させることに成功した。それでは飛燕も同じか似たような工夫かと思われたが、驚くべきことに機体全身くまなく見ても存在しない。


 なんと飛燕は翼面蒸気冷却方式を採用した。この方式のメカニズムについては省略させていただくが、ラジエーターを付けなくてよく40km/hの速度向上を果たしている。数値だけならば素晴らしいと思うが複雑な方式で重量も嵩むため決して最適とは言えなかった。速度を追い求めて機動性を犠牲にする選択でなければ不可能である上に生産も一筋縄ではいかない。飛燕は日本の技術者達の血の滲む不断の努力から得た結晶なのだ。


 そして、翼が冷却器となるため当然ながら被弾に弱い。いくら機体が頑丈でも主翼を撃ち抜かれては堪らなかった。まさか厚い装甲板で覆うわけにはいかない。とても難しい問題だが得られる高速性を鑑みてパイロットに一撃離脱戦法を徹底させた。危ない時は自慢の速度と急降下耐性を活かして逃げ回ることで一定の解決策にはなる。


 かくして、高速と頑丈を得た飛燕の仕上げは重武装で本機は機首7.7mmが2門と主翼12.7mmが4門の計6門とされた。安心と信頼の国産品で改良が練られた最新型である。しかし、何も7.7mmは持たず12.7mmだけにして軽量化した方が良いと指摘された。いやいや、7.7mmは細々とした目標を狙うのに丁度良いのである。弾が真っ直ぐ飛ぶため当てやすく、弾数も多いため総じて心配が少なかった。敵機のコックピットや燃料漏れなどピンポイントへの精密射撃に向く。他にも対人の機銃掃射でも12.7mmでは勿体無くて7.7mmで濁した。


「被られた!」


「任せろ!」


 混戦のためか僚機が被られてしまう。しかし、ここは冷静になってタッグを組む2機に警戒と牽制を依頼してから食らいついた。飛燕の性能は登場が遅れただけに磨き上げられてメッサーシュミットF型を圧倒する。敵機は母地上空のため残存燃料を気にすることなく戦える最高の状態でもマイナーチェンジでは焼け石に水だ。急上昇から反転して降下する飛燕に驚く間もなく12.7mmが襲いかかる。


(元がアメリカ製だけに良い威力に真っ直ぐ飛んでくれる。20mmも面白いが12.7mmで十分だな)


「すまん、助かった」


「気にするな。こんなぐっちゃぐちゃな戦場だと仕方ない。そんなことより、襲われている奴を助ける」


 僚機は厳しい角度の急降下で逃げたようで無事だった。頑丈過ぎる機体の急降下制限は870km/hとかなりの速度であり、恐らく戦闘機か爆撃機か問わず殆どの機体はついて行けない。下方から上昇して復帰する相棒を見て安心しながら他の味方機が襲われている様子を見て直ちに救援に向かった。


 鋭い機影が狙うはメッサーシュミットである。


続く

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