第69話 鉄壁の対空

 シチリア島への攻撃という性質上空襲を受ける危険性は極めて高く、水上機母艦は対空電探を張り巡らせて仙風水上戦闘機が哨戒した。すると、案の定というべきかイタリア空軍のお出ましである。電探に反応した数からして爆撃機隊と思われて哨戒機が確認するまでもなかった。その特徴的な見た目はイタリア空軍SM.79爆撃機と見える。マルタ島への強行輸送作戦ではイギリス海軍はスツーカとSM.79により大損害を被った。


 この機体は世にも奇妙な三発機である。普通の双発に機首にエンジンを加えた形で驚くが高速性と安定性に優れる傑作機だ。機動性も良好のためイタリア空軍は日本に次いで航空雷撃の道を選び、イギリス海軍の輸送船団への襲撃で大戦果を挙げている。したがって、今回も艦隊雷撃を担わせたが決定的なミスを犯した。彼らは護衛戦闘機を付けていないのである。丸腰の爆撃機が護衛戦闘機無しで艦隊襲撃を成功させられるはずがなかった。なお、日本海軍は局地紛争で爆撃機に護衛機を付けることの重要性を学んでいる。


 戦意に満ちた爆撃機に対しフランス空母ベアルンから零戦隊が発艦し迎撃に向かった。自由フランスの戦士たちは祖国解放のため獰猛な鷹となり、彼らは先手を打つことに成功する。航空戦は先手を打った方が勝つと言われるだけはあって高度有利を得て下を通過するSM.79爆撃隊をに覆い被さった。そして、一機あたり6門の7.7mm機銃がシャワーを浴びせる。


「あの調子では辿り着かんだろう」


「そうかもしれません。しかし、イタリア空軍は事実としてイギリス海軍を痛めつけました。もしかしたら、あれは劣りで本命が潜んでいるかもしれません。念のため、仙風隊は待機させていますが」


「ベアルンの戦闘機隊だけで食えるが用心するに越したことはない。本艦の電探も一瞬たりとも気を抜くでないぞ」


 イタリア空軍がこうも簡単に終わるわけがなかった。一応でもドイツ空軍と協力して戦い大戦果を挙げた実績がある。SM.79の雷撃だけで艦隊を殲滅できるとは思わないはずだが、日仏艦隊は対空電探を標準搭載しているため伏兵がいても素早く察知できた。


 日仏艦隊はベアルン零戦隊が撃ち漏らしたSM.79に猛烈な対空砲火を与える。戦艦には40mm/20mm/12.7mmと各種対空機関砲(銃)が満載されており濃密を以て歓迎した。フランス艦隊がハリネズミのように装備するボフォース40mmは射程距離も長くて雷撃体勢に入ろうとする機体を撃ち抜く。どれだけ頑丈な機体と雖も大口径機関砲の直撃には耐えられなかった。航空雷撃は一撃の破壊力では圧倒的である。しかし、相応に防御が脆いのは如何ともしがたい。精密な雷撃を行うためには敵艦まで単調な飛行で肉迫する必要があり、この間は回避機動を採れないため対空砲火に真っ正面から突っ込まざるを得なかった。爆撃機は高速で頑丈だから耐えられると判断しただろうが近づくと20mmと12.7mmも加わり苛烈を極める。


「これでは話にならんな。あれよあれよと散っていく」


 ベアルン零戦隊が浴びせた7.7mmのシャワーで撃墜されなくても傷ついた機体は対空砲火の餌食となった。三発機を活かして仮に1基が停止しても飛行できる強行を貫くも無茶が過ぎている。シチリア島から出撃した16機のSM.79は零戦隊に6機が食われた。残りの10機は対空砲火に突っ込んで火を噴くか、機体がバラバラになるか、飛行不能に陥り海に突っ込むか十人十色で撃墜される。


 しかし、フランス艦隊に派遣された日本士官が述べた懸念が的中した。


「水上戦闘機がスツーカを確認!」


「なに! レーダーはどうした!」


「雲に紛れてようです。雲に塗れればレーダーは通り辛いことが言われています」


 水上戦闘機が食らいついたのはドイツ空軍スツーカ爆撃機である。本来は対地攻撃の近接航空支援を担う急降下爆撃機だが対艦爆撃にも引っ張り出された。弱点である短い航続距離はシチリア島の前線飛行場により埋めている。そして、敵のレーダーから逃れるため雲を味方にして接近を図った。対空レーダーは性能向上が続くものの最初期であることに変わりない。まだまだ未熟な技術のため冷静な日本士官が言う通りで雲までも見透かすことは不可能なのだ。


「水上戦闘機には限界があります」


「わかっている。フランス艦隊は誤射に注意しながら猛烈な対空砲火をお届けしろ!」


 スツーカも旧式で鈍足機だが仙風も水上機のため団栗の背比べである。急降下爆撃の態勢に入られては手出しのしようが無かった。艦に近づき過ぎると誤射を受ける恐れもある。日仏艦隊は今や聞こえなくなったサイレンの音を懐かしむ暇も無く戦艦8隻は多種多様な弾を撃ち続けた。


 特に特徴的な音を発する金剛型戦艦の40mmポンポン砲が意外な活躍を見せつける。ボフォースに比べて射程距離と弾速に劣ったが口径は同じで威力は変わらない上に一斉射の投射量で上回った。重くて嵩張るボフォースと違いポンポン砲は軽量で多連装改造が容易い。金剛型は基本の4連装に加えて12連装と8連装を搭載して圧倒的な弾幕を形成した。ポンポン砲という名に恥じない射撃速度に対して腹に抱えた500kg爆弾のせいで動きが遅いスツーカは良い的になる。先のSM.79と違い非力な機体は防弾の術を持たなかった。


「な、なんだ!?」


「ご心配なく。あれは我が海軍の秘密兵器の一つ十六連装対空ロケット弾です。黄燐弾を詰め込んだロケット弾を発射し、敵機が飛ぶだろう空一帯に焼夷弾をばら撒くことで照準を狂わせます」


「そのような兵器があるのか。撃墜は狙っていないと」


「はい。機銃よりも精度が悪いロケット弾なので端から直撃に期待しておりませんでした。しかし、一度に投射できる量は全てを上回るため敵機のパイロットに大いなる動揺を誘うには丁度良く」


 金剛型が発射したのはポンポン砲に限らず秘密兵器の対空噴進弾もある。これは簡易的な多連装ロケットで炸薬の代わりに黄燐弾が詰められた。黄燐弾は1000度以上の灼熱を発揮し如何なる航空機は破壊されるだろう。対空ロケット弾として戦闘機が搭載する物を大型化して多連装に改良した。無誘導ロケット弾を正確に当てることは至難の業であり期待していない。発射する母数を稼ぐことにより下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを実現した。そして、ばら撒かれる黄燐弾に敵機は動揺して照準が狂う。


 辛うじて対空砲火を掻い潜ったスツーカは投下する前に黄燐弾のばら撒きに驚いた。それなりに実戦を経験しているため墜落や被弾は免れるも爆弾はあらぬ方向へ飛んでいく。


「逃がすな!」


 司令官エミールの激に呼応したのはブローニング機銃だった。ボフォースとイスパノにより補助役となったブローニングだが世界最強の機関銃の名に偽りは無い。対空用に連装となった12.7mmは優秀な弾道を誇りスツーカを穿った。


「我らに手を出したことを地獄で後悔するんだな」


 SM.79とスツーカの二段構えで日仏艦隊の殲滅を図ったイタリア空軍は鉄壁の防空の前に敢無く大半が撃墜された。空母を加えて防空能力を増した艦隊に生半可な空襲は通らない。護衛戦闘機を付けた上で攻撃隊の数を増やしリベンジを図ってもこちらは何ら構わなかった。もっとも、母地である航空基地や前線飛行場が戦略爆撃軍により破壊されないという保証は何処にも誰にもない。


 本日中に日仏艦隊は戦略爆撃軍に飛行場破壊を依頼してカウンター爆撃が行われた。アメリカ軍のB-17とB-24、イギリス軍のハリファックスとランカスターも加わった猛爆に耐えられるだろうか。いいや、耐えられるとは思わなかった。


続く

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